芦ノ湖海賊船サイズが、ゆっくり孤島と愛媛の間を通過している。アメシロがいたならばカウントダウンを始めただろう。
紅月が躊躇した。
気づかれている? 待ち構えている? 目覚めた俺の野生の感――を凌駕する野獣!
スカシバレッドは尻に直撃を喰らう。夢月のジャージにでかい穴が。
紅月が手のひらを光に向ける。ひとつの赤を霧散させるけど。
赤い髪。漆黒のドレス。妖艶な瞳。クロハネに乗ったレイヴンレッドが、二人の前へと挑発的に現れやがった。獣人にもならずに……、こいつは本部と組んだのか?
宙に浮かんだ姫が両手を掲げると同時に、クロハネが突進する。
すれ違いざまに、レッドタイガーソードが姫のがら空きのおなかを一文字にざっくり。
至近からの赤いXを、レイヴンレッドはソードではじく。スカシバレッドへと一直線に斬りこんでくる。
爪先かけてサーフボードを立たせるみたいに、クロハネを盾にした。しかも、消えゆくそれを、レッドタイガーソードが突き破る。
クリティカルすぎる。涙があふれる。ソードを抜かれると同時に血もあふれだす。エナジーがこぼれていく。消失していく。
精神エナジーだろうが泣き喚くがいい。なにしろ死ねば永遠の闇だものな
消滅したクロハネの向こうにレイヴンレッドが浮かんでいた。スカシバレッドの赤髪を握られる。首へとソードを当てられる。
……重複だろうが完膚なきまでの完敗。俺は目覚めたと、ついさっき大口を叩いたばかりなのに。だとしても。
と思うと同時に、あごの下へレッドタイガーソードが食いこむ。かなり食いこむ。
戦おうとするな。
テロリストに引き渡すわけではないから案ずるな。クロハネ!
瞬く間に復活した漆黒のエアサーフボードへ引きずられる。
スカシバレッドはかすむ目で暗い海原を見る。
小島の狭い海岸にクロハネは着地する。スカシバレッドは乱暴に突き落とされる。浮かべない。
私のレベルは194しかない。お前もレッドならば分かるよな。レベルなど目安にすらならない。実力と心の強い者が勝つ。
私はモスの連中を皆殺しにした憎むべき敵だろ? なのに、いまのお前は憎めない。心が足りないから、刺し違えるのが怖いからだ。
そしてお前は、おのれを攻撃されたぐらいでは
微睡むままだ。私が夢月に殺意を向けない限り龍にはなれない。このようにな
グサ
ぺらぺらうるさいワタリガラスにソードで太ももを抉られる。……死ねば永遠の闇。どこかで震えていたのを観察された。だから、かぐや姫への人質にされた。
レイヴンレッドが空を見上げる。
痛みに強くライフ値と守備力が尋常でないから、守りがおろそかになる。おかげで、倒せなくても足止めできる。
ようやく、ひよこが助けに来たぞ
図星か。……夢月は甘える。つまりお前と組むかぎり、永遠に鳳凰になれない。惨めな雛のままだ
何を言いやがる。俺が大人にする。中身もだ――。レイヴンレッドが俺を片手で持ちあげる。お約束的に紅月からの盾とする。また首もとにレッドタイガーソードを当てられる。
……たしかに龍になれないみたい。護るべきものに守られそうな状況でなれるはずない。目覚め方に失敗したかも……違った。だからレイヴンレッドは夢月に殺意を向けられない。俺をいたぶるだけだ。つまりスカシバレッドの勝ちではないか。
紅色の光をまとったお祭り娘なお姫様がおりてきた。胴体を分断されるような一撃のダメージを感じられない。
スカっちだと?
……島の反対側に村落があるからな。そもそも死んだら終わりのこいつを殺さない。だがな、お前と違いコールドレッドはライフ値を回復できない。生身に戻ってリセットもできない。傷を癒せるのは深雪とハウンドだけだ。分かるよな?
紅月も砂浜に降りる。
遠くに街の明かりがぼやけて見える。俺の目がかすんでいる。
ライオンはもはや敵だろ?
……本物の月から教えてもらった。お前たちは深雪を裏切ったらしいな。ハウンドもいない。
この男女を誰が回復してくれる? お前らに捕らえられ消息不明のコケライトを探してみるか? そんな状況で戦い続けるのか?
おっと、龍が目覚めかけたぞ。怖い怖い。
案ずるな。彼女はあの方の看病をしている。やはり後継者だ。素晴らしい御心だ
監禁されていない。……本物の月は闇を照らす。偽物のようにおのれのライフ値だけを回復するのでなく、その光はまわりの傷こそ癒してくれる。意味が分かるか?
意味は分かった。さすがローリエブルー。相生桧。……兄が年寄りを痛めつけたから、代わりに介護する。桧の論理ならあり得る。だから立ち去らないだけだ。魔女の後継者だからでは断じてない。
お祭り娘モードの紅月はレイヴンレッドをひたすらにらんでいる。
瀬戸内の小島の静寂は三十秒。
そもそも私の話を聞いてないのか?
もはや、こいつの傷を治せるのは、こいつの妹だけだ。
二人ともあの方のもとに来い。あの方はすべてを許してくれる。私からも頼んでやる
紅月さえもぽかんとした。
この虎カラスは、俺たちを、死に体の布理冥尊に勧誘しやがった。
断ったら殺されるとしても。
会うなり倒してよいならば行く。それと深雪は来てくれる。呼ばないだけ
それは言っておく。スクランブルモードで呼べばきっと現れる。
魔女は私を精霊にさせようと苦しめた。代わりに智太君がやられた。あいつは敵だ
柚香は、お前の欺瞞の魅力にまだ囚われているのか?
彼女は利己的だぞ。大事なのは自分のレベルを上げること。それと、一度死んでからは自分の命。
二人だけで本部に反乱を起こした馬鹿に付き合うと思うか? この期に及んで三馬鹿になりたいと思うか?
さすがに観察している。でも柚香は現れる。だから呼びたくない。
お喋りカラスはなおも続ける。
お前たちこそ我々を散々苦しめた。戦いだから否定しない。だが敗れたならば報いを受けるは当然だ。
……それにな、いやまだ告げない。行く当てのないお前たちは、私たちのもとに来い。それが最善だ
そうだ! いっぱい傷つけてふざけんな!
すぐに桧ちゃんを連れてこい! スカっちの傷を治させろ!
でも智太君は私の彼だ! 妹ちゃんには絶対に絶対に返さないからね!
だからやっぱり呼ばない! いつか柚香に治してもらう
いつかって、いつだろう。
レイヴンレッドがふっと息を漏らす。
脅しが通用しないか。愛すべきほどに馬鹿な二人だな。
ならば腹を割ろう
その手からレッドタイガーソードが消える。 スカシバレッドは砂浜に落とされる。
うわあ、真っ暗闇だし。夢月さあ、もっと近くに寄って照らしてよお