38 秋深まる
文字数 2,299文字
翌日。清見さんはまだ眠り続けている。でも顔色は良くなっている。
櫛引博士が彼の瞼を広げたあとに言った。
茜音や藍菜までいるから部屋が窮屈なぐらいだ。
初めて見舞いに来た紗助君が卑屈に笑った。
博士の言葉に安堵した柚香はもう清見さんの手を握らない。俺の手だけを握る。
見舞いの帰りに柚香が見上げる。
十一月になってしまった。さすがにテントだと明け方寒い。
火曜日に蘭さんから連絡が来た。
夢月の着ていく服選びに付き合ったのを思いだす。俺のスマホで写した彼女の二枚は、背景が歪むほどに勝手に盛りやがって劣化している。……渋谷でフォーを食わなければ、彼女は単身果し合いに向かっていた。一人で端から倒したかもしれないけど。生身で十五夜だされたら、リーガルエボニーでも打つ手がない。
あの二人も偽名ということか。用心棒ぐらいいくらでもしてやる。布理冥尊で残るは百夜目鬼と焼石……。一般人だらけのパーティーを襲うのだろうか? でも胡蝶蘭は何かを感じている。
つまり披露宴が終わるまでは一段落つけない。
そうだった。パーティーは正午から。
中二女子たちはしっかりしすぎている。すでにテレビも冷蔵庫も洗濯機もあるらしいし、それで家賃が電熱費水道代管理費込みで月五万円とは、絶対に裏がある。というか藍菜が花鳥風樹にやらせたいことは知っているし。俺はソルジャーだから口出ししない。話を聞いた彼女たちが決断すればいいだけだ。
自室だった部屋を久しぶりに覗く。岩飛の私物は皆無といってよかった。ここに来てから買い足した衣類や下着ぐらいらしい。
岩飛は藍菜から支給されたスマホの設定をいじっていた。
古巣のアジトから思わせぶりな態度で立ち去った岩飛は、湘南新宿ライン経由でこの家に戻った。スカシバレッドは少し感傷的になっていた。彼女は明日から『昼は蝶』で働く。こっちは一段落だ。
木曜日、俺は都庁近くの高級そうなホテルに行く。高級そうな部屋で、本部の連中が三人待っていた。
喚問の際に中央で威張っていた五十ぐらいの男が言う。
五十ぐらいの女が醒めた目で言う。
四十ぐらいの几帳面そうな眼鏡の男が言う。
先回りされてしまった。四人掛けテーブルの残った椅子を勧められる。会釈して座る。
警戒露わに来たのに、早々に食いついてしまった。
……筒抜け。何のことだか分かりませんと答えるべきか。
怖くて試していないけど、女性の敵フェロモンもだいぶ減っただろう。
隣の部屋から五十近いハゲが現れた。
201だと? ぎりぎりレベルオーバーじゃないか? そりゃ偉そうな態度は取れない。だとしても。
俺は立ちあがる。
怒鳴ってしまったが、かろうじて敬語に戻せた。
諏訪が呆れ顔を向けやがる。
断言できる。まったく感づいていな……同じ土から育った敵味方。
ハゲも俺をにらみながら言う。
俺は部屋を出る。一段落はまだ遠い。