45 夜空にこだました
文字数 3,527文字
クロ子に餌と水をあげながら思う。藍菜が俺にモスキャノンを放つ? あり得ない。中二病的世界における中二女子の中二病的発想なだけだ。
ハウンドピンクの姿をした千由奈がベッドに座る。
だったら多少は安心だ。藍菜にしろ茜音にしろ、二人を本部に渡すはずがない。むしろ夢月が抵抗してシルクやレインホワイトを倒す方が心配だ。ジジイ には月明かりだせると宣言していたし。どっちにしろ急がないとならない。
千由奈はうなずきかけて。
相生智太の口調になってしまっている。そりゃそうだ。俺はスカでもスカっちでもない。スカシバレッドでもない。相生智太なんだから。かぐや姫が竹生夢月であるように。
千由奈はあきらめたように普段着に戻り、俺のベッドに横たわるではないか。
置いていくぞと急かしたいけど、言えるはずない。
千由奈がうなずき目を閉じる。かわいい寝顔。あっという間に痩せちゃったな。やつれちゃったな。ダイエットしろなんて二度と言わない。
数分しか経っていないけど、熟睡したところで頬を叩く。
スカシバレッドな相生智太はハウンドピンクでない春木千由奈を抱いて、窓から練馬区の空へと出る。
大好きな柚香と姫である夢月を助けるために体に力を込める。再び龍と化す。
龍は音速をはるかに越える。人の目に視認できるはずない。
赤塚パーキングエリアの裏の裏で、千由奈がふらふらしながら言う。
龍はスカシバレッドに戻り、千由奈は千由奈のまま。夢月と柚香を探し歩く。真夏のコスプレでも意外と気にされない。むしろ顔を逸らしてくれる。寒い寒い。
女子トイレも探したけど……頼れる戦友と一緒だろ。取り乱すなよ、冷静になれよ、俺。
桜の花びらか。俺もやられたな。
そして問答無用でぶっ倒す。
千由奈がピンクのマントで体を覆う。精霊となり鼻をくんくんする。
そんなに鼻が良かったのか! どっちにしろ連絡は取れない。
やっぱりか。穂村は俺が闇に閉ざされても構わない口振りだった。実際に炎をだしまくった。それほどの俺への怒り……。決着をつけないとならないか。
千由奈本来の姿に戻り、サービスエリアの食堂のテーブルにうつ伏す。
この十四歳女子は心身ともにずたぼろなのに戦っている。そして殺される覚悟をしている。……賢くて一途。俺はこの子こそ好きだ。こいつが同年代の男だったら、友だちになれたかな? 頼れる友。
そしたらバトミントンでペアを組んでメダルを目指していたとか
だとしても熟睡したところで頬をやさしく叩く。
千由奈は寝ぼけながらも立ちあがる。
夜闇の結界に包まれながら、スカシバレッドは名古屋に入る。
腕の中のハウンドピンクが桜の枝で指す。
巨大都市の夜景に浮かぶ白い物体は、さすがに固有名詞は言えないけど、さきほど違うドームの名称を言ったかもしれないけど、某球場ですか。
ハウンドピンクから緊張が伝わる。
そこで龍を迎え撃つとは、まさに本部の皮肉、いや覚悟。
近づいて、ドームのてっぺんに立つ三つの人影が見えた。一人は女性。二人は男性。
夢月がいたら、やっていそうだな。
ドームからドームほどもある炎が飛んできた。名古屋の真ん中でフレイムオブカタストロフィ。炎が夜の地方都市を照らす……。
ハウンドピンクが俺の胸で桜の枝を揺らす。
この炎は十六夜よりでかくて破壊力あるけど多少のろい。スカシバレッドは炎の下をかいくぐる。すぐに上昇する。彼女はかなり本気と知った。
ハゲの住吉であるシャチの精霊は羽根を持っていたよな。なのに誰も空へと追ってこない。龍を恐れてか。ドームほどの炎も無駄撃ちはしないようだ。
俺の腕に気品ある犬が現れる。シャンプーの香り。
獅子を狩ったら合流しなおす。飛龍のごとく急降下を始める。風を切る。アフガンハウンドの毛並みが流れる。市街がどんどん近づく。
跳躍する赤い影。
ファイヤーダイヤソードを構えた博多出身京娘が一直線に向かってくる。
アフガンハウンドが暴れる。ここは、まだテレビ塔よりも高いだろ。
あれはたしか180メートルだ。……ドーム天井に落せばクッションになるかも。でもそこには本部の二人がいる。そもそも風船みたく膨らんでいるのではないかもしれない――
燃えながら飛んでくる斬撃。でかくて早くて渦巻いていて、柳のように何でもかわしたウィローブルーが喰らったものを避けられるか!
アフガンハウンドが名古屋上空で必死に吠える。
かすかな結界が炎をかろうじて弾く。なのに。
炎の渦の中から唐獅子浴衣女が現れる。燃えたぎる剣が一直線に俺の首へ向かう。
レイヴンレッドでさえ躊躇する部位への、クリティカル狙い。避けきれない。
アフガンハウンドが懸命に吠える。
半分以上切り裂かれた首が回復していく。
……この女の剣には、俺ほどに覚悟が込められている。さすが正義のレッドだ。
声涸れたピンクのアフガンハウンドが言う。
絶対に離さない。これで戦う。奴はどこだ。
上空から降ってきた。炎の剣が俺の両手を切断する。アフガンハウンドの顔面を蹴り飛ばす。
俺へと必死に叫びながら、俺の腕とともに、アフガンハウンドが落ちていく。ハゲと宗像が待つドームの天井へと。
怒り。だとしても戦友との誓い。俺は暴走しない。
レオフレイムは空中で二段ジャンプする。また俺より上空に跳ねる。
バイクの後ろに乗せて、一緒に水族館に行って、一緒にカップ麺を食べた黒目がちな女の子。
斬りおとされた手首からスピネルソードが生える。