狙われたのはローリエブルーだった。宙に浮かんでいた彼女は押されるように海中へと沈む。水中に穴が開くのを、モスの三人は見た。波しぶきは起きない。
スパローピンクが空へと怒鳴る。
なのに塞ぎかけた海の穴がまた広がる。横へと追尾する。
キラメキグリーンがぼそり言う。
コノハの後ろに乗ったシルクイエローは言葉を見つけられない。
口から血を垂らすレイヴンレッドが悪鬼の形相となる。
クロハネが浮かび上がる。闇の空を目指し、また沈む。
びしょ濡れのレイヴンレッドを乗せたクロハネがまた現れる。パックはもう乗っていない。
アメシロの冷静を装った声がモスウォッチから聞こえる。
三人の体が薄らいでいく。
キラメキグリーンがコノハへと飛び乗る。二人を抱える。
……そうだよ。まだ帰れない。千由奈ちゃんがここにいる。智太さんもここにいる。
病の発作に比べればはるかに耐えられる。スパローピンクが歯を食いしばる。
シルクイエローはあきらめる。消えかかる。でも……二人を置いて立ち去れない。
終われない!
帰京させる力が遠ざかる。三人はへとへとにコノハへ座りこむ。どうしていいのか分からぬままに。
嶺真さんか湖佳ちゃんの残滓を追える? それか桧ちゃんの
みんな死んだのか? どこにあるのかさえ分からない
何があったの?
しゃべる巨大ペンギンに乗った少女を見て腰を抜かしたけど、いまさら何でもあり。
……で、桧ちゃんは? 焼石さんは?
シルクイエローがハウンドピンクと南極トビーを見つめる。
伝えておきます。ローリエブルーとレイヴンレッドは叛逆者です。
私たちモスガールジャーが倒しました。
穴熊パックは彼女たちをかばおうとして巻き添えになりました
責任を藍菜ちゃんと茜音ちゃんだけに押しつけない。最年長のくせに後をついていくだけだった私にこそある。
春木千由奈であるハウンドピンクが動揺したのは数秒だけだった。
ホットレッドは怪獣を追跡した。負けるはずがない。片をつければモスプレイに戻るだろう。
あの人が終わらせるのを見届ける
岩飛は思う。この子はなおも一人しか信じてない。その人に委ねるのが正義と思っている。私の最後の役目は、この子のお守りを続けること。この子を死なせないこと。
だったら私たちも行きましょう。
私は沖縄から寝てないっすよ
精神の死は苦しいです。さらに苦しまされるかもしれません
ハウンドはスパローを見る。スパローはうなずきを返す。
ここでジジイとオウムをぶん殴るより、桧のもとへ行かないとならない。
スカシバレッドは素直に謝る。ほんとは怖がりの姫。もう怯えさせない。……もう一度かぐや姫を見たかったな。二度と見ることはないのかも。
与那国司令官が操縦席へと戻る。 アメシロがモニターを覗く。
違う。
地上へと引っ張られている……。ローリエブルーを視認
時速1200キロメートルで七秒後に米軍キャンプに衝突――加速している。四秒……すぐ! 全員身構えて!
とてつもなき衝撃。床に叩きつけられてバウンドして天井に当たる。また床、天井、床……。
精神エナジーだからまだ多少は平気だけど。
私だけだったら赦した。でも三人を倒したな。
強くないのに戦い続けた湖佳。
誰よりも正義だった焼石さん。
弱りきったあの人も……。
だから! 絶対に! 赦さない!
これは叫びなんかじゃない。哀しみを怒りに転じた心の猛びが響きまくる。
スカシバと深雪は迎撃。夢月――スーパームーンにも援護を依頼する
菜っ葉。私も戦う
ハッチが開く。キャンプのサイレンが聞こえる。
俺は考える。俺は死んだら永遠の闇だけ。でも夢月と柚香はどこに現れる? ここだ。モスプレイの中だ。でもこれが消滅すると、海の上。
死んだばかりの桧を倒せるはずないけど、スカシバレッドが真っ先に飛びだす。
またもモノローグ
裏切った焼石。原理主義を容認した焼石。妥協しまくっていた焼石。
……鬱憤晴らしのようにスカシバレッドだけボコった焼石。すなわち、スカシバレッドに甘えていた焼石!
抱きしめてあげるなんてできないけど。
ようやく分かる。焼石嶺真が求めていた正義の方向
青白い光に包まれたローリエブルーはメイド姿でなくなった。古代っぽい服装と髪型髪飾り。大昔の神様みたい。きれいだけど怖い。
お兄ちゃんもいたんだ。あの二人も
お兄ちゃんだけは何をしても赦す! だからそこをどきなさい!
夢月と柚香もモスプレイから出てきた。それぞれの精神エナジーの具現である魔法。なのに何も起きない。
異形になっての技がかき消されたのを見て、柚香は人の姿に戻る。俺と夢月のどちらにと一瞬悩み、紅いスク水の背中に張りつく。
あなたたちの本物の体は死なない。だったら、みんなと同じ仕打ちを受けなさい!
桧が矛を振るう。消えゆく者への哀しみを込めた青白い光。
気が付けば澄んだ冬の青。夢月が沖縄の広い空を目いっぱいに抱きかかえる。その腕を振りおろす。水平に解き放つ。
かき消されない滅びの光。
青い光と紅い光。惑星同士が衝突したかのような大爆発。
俺も夢月も柚香も吹っ飛ぶ。モスプレイへと食いこむほどに衝突して、地面に落ちる。
なおも立つ妹の手には青龍偃月刀。桧の光が勝った……。
青い光を多少なりとも浴びた。俺たちは立ちあがれない。
米軍はやってこない。遠巻きに化け物どもの戦いを見ているのだろう。
横倒しになった漆黒の機体からレインホワイトが浮かび上がる。純白のコスチュームを俺は地に伏しながら見る。
桧が矛を振るおうとして吹っ飛ばされる。
音もなく真横から波動が発せられた。超至近からのモスキャノンの直撃……。
頭から血を流した夢月が俺へと手を伸ばしている。光の衝突のダメージをまともに受けて、スク水姿のかぐや姫はもう立ち上がれない。
守られるんじゃない。守らないとならない。
なのに青白い光に包まれた古代神が、山原の森から戻ってくる。
藍菜である与那国司令官の声が茜音のモスウォッチから聞こえた。その意味は更なるモスキャノンの照射。
弱った桧へと。
妹は二度目の死を迎えるだろう。俺の妹だから、ただで死ぬはずない。藍菜も茜音も柚香も巻き添えに消滅する。
夢月さえも。
シルクイエローの雄叫びが聞こえた。
近づく青白い光さえも静止した。
米軍キャンプで大きい声を出してごめんなさい。
でも、みんな無事です。
魔女も生きています。あのお婆さんは、うちの子二人が看ています。
もう戦いは終わりにしなさい!
茜音っちさあ、夢月さあ、柚香さあ、……相生智太だっけ?
俺はそのメッセージを受け取る。でも最後に残ったふたつの正義の耳には届かない。
青白い光が高速で近づきだす。それに包まれた妹は、真なる滅びの光を飛ばすだろう。
藍菜も滅びの波動を発するだろう。果てなき憎しみの連鎖の序章。あらたなる布理冥尊とテロリストの誕生。
だから。だからこそ。
俺とスカシバレッドは体に力を込める。
横たわるお姫様。俺のお姫様。夢月だけを見ながら龍になる。
いつか見た夢月の笑みを焼きつける。俺にはもったいないほどの宝を護るために。
その巨体で滅びの光と波動を受けとめる。
血の色の龍が消滅する。