13 非常事態ラッシュ

文字数 3,400文字

♪♪♪
 相生智太の姿のままで霞ケ浦のヘドロすくいを二時間ほどした。いい汗をかけた。
そんなものは夏目に押しつけておけ
 ボランティア中に岩飛の件を相談したら、アグルさんに即答された。

溜まっていた報酬は151ポイントだそうだ。君が変身して解除すると受けとれるらしい。


博士が君と喋りたいそうだ。換わってくれ

 端末を渡される。
もしもし
『これが相生の声か。予想以上に覇気がない。なおも熟睡』
…………。
 年老いた男性の声。いきなり意味不明。
『知りたかったことは以上だ』
 なんて言われるけど、せっかくの機会だ。念のためアグルさんに聞こえぬように小声で尋ねる。
俺の特性の陰。原理主義なんですよね? 俺はどうなるのですか?
『私は“陰”と名付けただけだよ。原理主義などと告げていない』
だったら俺は原理主義じゃない?
『まずは陰を考えなさい。パートナーの“惨”もだな。あの子は君以上に考えることが苦手だろう』
 ……夢月がパートナー。龍と鳳凰。陰と惨。陰惨なる聖獣……。
俺も馬鹿なんで分からな――
 すでに通信は切れていた。
スカシバレッド降臨!
解除!
ありがとうございました。
 帰り道はガレージへ一気に転送。そこでスカシバレッドに変身してすぐに解除した。これで報酬を受けとれたはず。
離脱すれば最後に寝た場所に移動する
 これはどのチームも共通のようだ。
今後もよろしく
 中指と人差し指をこめかみに当てて、アグルさんが先に消える。
……。
 
……!

 俺もボタンを押して、昨夜寝た自分のベッドに転送される。なんで靴を脱がなかった。


 リュックサックには札束。バイトの心配をしばらくしないで済む。学資金の返済はまだ考えない。テントを買い替える必要もないし、無駄遣いはやめておこう。


 性フェロモンがどの程度回復したかは後日確認でいいや。

お兄ちゃん! 今日はどんな正義の味方をしてきたの?

それよりヘドロ臭い。はやくシャワーを浴びなさい!

 そのまま昼寝していたら、桧にバスルームに追いやられる。もう夕方だ。
お兄ちゃん! リュックからアラームがうるさい。どんどん音が大きくなるし
アケルナヨ
 ドアの向こうで桧が負けじと叫ぶ。端末からだろうけど、たしかに近所迷惑レベルだ。
止めるからね。キャッ
……!
 すりガラス越しに桧のシルエットが倒れる。……仮面ネーチャーの端末は、第三者が触ると高圧電流が流れる。
桧!
 ドアを開けるとアラーム音が鼓膜を破壊しそうだ。二度タップしてとめる。妹は失神したまま。抱き起こすけど、
 
 呼吸していない!
救急車!

 母親へと怒鳴る。


 心臓マッサージ、人工呼吸を繰りかえす。またネーチャーのアラームが騒ぎだす。知ったことか。心臓マッサージ、人工呼吸……。AEDが欲しい。

 
桧! 桧! 桧!

 浴室での焦燥は二十五秒。

 須臾にして久遠――。

 唇を合わせた状態で。

げほげほ


お兄ちゃん、アラームがうるさい……

 桧の呼吸が戻る。
ガシ!
 虚ろな目の妹を抱きしめる。
救急車が来るまでに服を着て。……あなたは小さいときから
 背後で母が口ごもるけど。
他人にだけは危害を加えないで。お願いだから
 いつもの怯えたような目で続ける。
……。
 俺は小さい頃からまともに返事できない。そのままの姿で桧を抱いたまま、端末をまたタップする。画面を覗く。
『Aランクのスクランブル。至急ガレージへ』
 それは、ガイアさんもアグルさんも公務を投げだすほどの非常事態。いまだ涙目で震える妹から手を離す。
桧ごめんね。お兄ちゃんはちょっとでかけるから
……。
 母親に後を託し、パンツだけ履いて自室へ戻る。適当なシャツとデニムを着て、端末を操作する。
……。
 
 時空に呑みこまれる。
 埃ぽい薄暗い部屋。俺は手にする端末に念ずる。それは俺のどこかに消えるけど、大失態だった。二度と我が身から離さない。
あと一分で来なければ置いていくところだった
 ゴリラ体形のガイアさんに睨まれる。
スクランブルは何よりも優先。説明したばかりなのにな

 スポーツマン体系のアグルさんにも非難される。


 ガレージには大型バイクが三台。一台は先ほどはなかった新車。真紅のバイクとヘルメット。光度不足の蛍光灯が照らしている。

オレノ? カッコイイ


すみませんでした。何が起きたのですか?

傭兵八名が殺された

残り二名が追跡されて生身で捕まった。

そいつらが、俺たちの情報をどれくらい知っているか分からない。だが奪還しにいく。九州管轄の二の舞にならないようにだ

 あのチームが全滅だと? たしかに無茶はする。でも高感度のエナジーセンサーを所持しているから、強い敵が到着する前に撤退完了する人たちだ。

彼らは生身の体にGPSを仕込んであるから捕捉できた。場所は北餃子ランドにある温泉郷。傭兵たちのアジトのひとつだが、幸いにも彼らの拠点はすべてマーキングしてある。


……グルカ兵が死ぬ直前に布理冥尊の情報を本部に伝えた。敵は囮の戦闘員十数名、ウィローブルーとお付きの親衛隊。そしてハウンドピンク。そのお付きの穴熊パック

 ガイアさんがバイクにまたがる。エンジンを起動させる。

 五人衆二人と親衛隊が相手では、俺たちだけであるはずない。

召集メンバーは?
トリオスが来る。僕の後ろに乗れ。急いで二輪の免許を取れよ

 アグルさんもエンジンをかける。どこかに存在する狭いガレージが排気ガスで充満される。


 トリオザスーパースター。略してトリオス。

 関西Aチームが呼ばれるほどの事態。俺がまたがるなり、二人はアクセルをフルスロットルする。光に包まれてバイクごと転送される。


……。
 免許関係なくね?

 正直に言うと、モスガールジャーが召集されなくて安堵した。桧がリアルに死んで生き返ったばかりなうえに、あの五人と一緒に強敵と戦うなんて心配事のパレードになる。

 穴熊パック……。さっそく修羅場で再会。あの子を倒せるはずないけど、あの子は俺をどう扱う?

いずれこの日は来ると思っていた。

言っちゃ悪いが、もはやレベル100以下を前線にだしてはいけない

……。

 営業しているホテルの屋上で、バイクにまたがったままガイアさんが言う。

 動的亀甲隊、エリーナブルー、シルクイエロー、キラメキグリーンも当てはまる。でも戦わないと強くなれない。亀甲隊は平均年齢が二十代後半になって、レベルアップもおぼつかないらしいけど。


 向かいには廃墟のホテル群。その一つが傭兵たちのアジト。捕らわれた捕虜たちはまだそこにいる。

トリオスは十分ほどで到着。待たずに俺たちは突入する。


不測の事態に備えて、月が待機している。ハデスブラックや門番どもが現れた時のためにな。

……あの子を早めに投入すると、連中は捕虜を消すかもしれない

 ガイアさんがまたフルフェイスのヘルメットをかぶる。
門番?
百夜目鬼大司祭長の用心棒たちだ。今後は前線に現れることを想定する

 布理冥尊は追いつめられている。歩兵も桂馬も奪われ、王将は裸になりつつある。だとしても魔女と呼ばれる存在。百夜目鬼の力を俺が知るはずない。

アグル行くぞ!
おう! 変身!
 ガイアさんとアグルさんが光に包まれる。
仮面ガイア!
仮面アグル!
!!!

 全身がタイトなパワースーツに包まれ、顔が鬼神をイメージしたマスクに覆われる。イメージカラーは仮面ガイアが茶、仮面アグルが青色。

 文句なしに格好いい。子供の頃の日曜朝を思いだす。

スカシバレッド続け!

 二人は、一般道を走れないほどに格好よくなったオートバイをふかす。たとえば十二気筒。向かいの廃墟の温泉旅館へと数十メートルをジャンプする。


 仮面ガイアはレベル102。特性は“地鳴”と“凸”。

 仮面アグルがレベル101。特性は“海鳴”と“凹”。


 非番の日しか戦えない短所が無ければBランク以上の評価である二人組の戦いを、ついに見られる。

 でも俺は、彼らがいなくなったところでスマホを取りだす。

桧は?

……よかった。俺はまだ帰れないから、隣にいてください。

……どこにいるかは言えない。何をしているかは、妹は知っている

 母との電話を簡潔に済まし、廃墟が目立つ川沿いの温泉街を見わたす。平日だからか、営業している宿の明かりも少ない。
 俺の手に端末が現れる。
トオ!

 同時に夜空へと体を投げだす。

 
スカシバレッド、降臨!
 正義の美女へと変身する。







※イラストはI様の作品を使用させていただきました。足跡を残していませんが、ありがとうございました。

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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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