11 広尾で知る内実
文字数 3,623文字
それとも、智太君は私や柚香やスカじゃなくて……。そんなことないよね?』
梨をむいていた桧がエプロン姿で振り返る。
お兄ちゃんは夢月さんが大好きなんだね。……あのかわいさは異常だけど、そのためだけじゃない。
お兄ちゃんの目を見たら分かった。誰よりも守ろうとする存在……。
でもね。犠牲にしちゃだめだよ。自分も周りも。
約束しなさい!
柚香は、頭で記憶して履歴を消去することを条件に電話番号を教えてくれた。でもショートメールは不可、SNSは拒否された。なおも慎重すぎる。
雪月花端末の通信内容は蘭さんがいまだ管理しているだろうけど、そちらに謝罪のメッセージを残しておいた。既読になっていた。通信は遮断に戻っているが悪くない兆候だ。許してくれそう。
七時半に家をでる。練馬区から世田谷区への移動なのに駅までも含めて一時間かかる。
柚香は昨夜エナジーをたっぷり吸った。疲れるどころか元気満点かも。『今から行く』と念押ししておく。
目薬をさそうとして、バクサーに報酬を奪われたことを思いだす。夢月や桧は、そもそも性フェロモンが効かないから参考にならない。
サングラスと目薬は携帯するだけにして様子を見よう。
バスは立っている人が数人の混み具合で、乗りこんだ俺に注目が集まる。女から。十代から三十代の女性からだけ。
彼女たちが俺をにらむ。若いお母さんが子どもを抱える。
サングラスをかける。
性フェロモンが減ったどころか、女性から嫌悪される存在になっている。不審者犯罪者を見る目を向けられた。理不尽な女性の敵と化した。
幸いにもサングラスをしている分には大丈夫なようだけど、これでは柚香に会えない。彼女や茜音はいわゆる相生ウイルスを跳ねかえせられない。しかも、今回はその逆バージョン……。嫌悪されるどころか、深雪に変身されて成敗されるかもしれない。
やっぱり行けなくなったと、端末に打ち込む。なんてことだ。
エプロン姿の落窪さんに言われるけど、捕虜の件は後回し。まずは性フェロモンの奪還。二学期が始まる。サングラスをして講義を受けるわけにはいかない。
それと柚香のこと。それより……。
落窪さんがリビングへと去っていく。
スカシバレッドは靴のまま上がる。貞操シールドが足もとにも発動して脱げないのだ。ピュアな女戦士だ。
あれはペラペラしゃべるけど、でまかせばかり。スマホには素人レベルのトラップが仕掛けてあった。
落窪さんの話だと、あの女は舌先三寸で親衛隊にのし上がったらしい。そんで愛嬌の特性のおかげで、一部の敵が攻撃をためらう。
スカシバレッドは見事に術中に嵌まったね
コアラやパンダの精霊が現れたらなんて思ってないだろうね。
彼女は大事な情報を何も知らない。ヴァルタン征爾の秘書だったなんて言うけど、実際はおそらく色。特性のおかげで実力以上に出世してきた。台風の有明での戦いで埼玉支部が壊滅したら、混乱状態の茨城支部へどさくさに異動。
そういうカスは本部で再教育を受けるのがベストだと思う
スカシバレッドは一兵卒だ。そこから先の判断は上層部に任せる。でも。
俺はうなずき、落窪さんから岩飛のスマホを受け取る。黒いマントは処分済とのこと。
司令官はパソコン作業を続ける。もう俺はいないかのようだ。
シュウチュウシテ、カケナイ
巫女のエナジー消費は想像以上だった。複数のメンバーをまとめるのは彼女に負担がありすぎるかも。なので、今後は落窪さんも前線にだす機会を増やしたいと、本部に交渉中。
落窪さんは日によっては正義の心が十数分も上回るのだから、すでにくそ以上――な、なんでもない
藍菜が画面に顔を戻す。い、忙しい忙しいとキーボードを乱打しだす。
この女がどもる時は不吉。夢月が善悪の境界線上にいるとでも?
何を今さら。善悪に関係なく夢月こそが絶対的正義だろ。そんなことより聞くべきことは。
あの子は、いわゆる不良高校で浮いている。当然だけどいじめは受けない。でも誰も口をきいてくれない。融通が利かない独自の理論で動くから、中学時代も似たようなものだった。
それでも毎週何人もから……、老若男女すべてから告白を受けて、端から断る。もしくは逃げる。
ああ見えて人付き合いが下手。気にいられている茜音っちが辟易とするほど。
……蘭と柚香。それと相生智太だけが友だちであって仲間
想像を越えない話。俺と柚香と夢月で組むのがベストじゃないかと思う。そして、その日はいずれ現れる。最強最悪の敵を倒すために。
でもファイナルはみな打ちのめされて……
そんな不吉がちらりとした。