42 閉宴

文字数 3,173文字

 寒い……、怖い……。



 寒くない! 怖くない!

夢月!


ウ…

 俺は起きあがろうとして、目がくらむ。体が震える。嘔吐しかけて何も出ない。
目が覚めた? でもまだ寝ていなよ、へへへ
 真っ暗な部屋。真横から柚香の声がした。柚香が手を伸ばし、俺をおのれに引き寄せる。人の肌のぬくもり。彼女は服を着ていない。
明かりはつけないよ。このまま朝までいよう。へへ……
……。
 俺は柚香にうずくまる。暗闇のなかの安堵。希望……。それでも怖い、寒い。
夢月は? 蘭さんは? あの兄妹は? みんなは?
奴から木畠に初めて連絡があったって。蘭は母子ともに無事。やっぱり強いね、赤ちゃんも。

重傷者はいない。会場はぐちゃぐちゃになったけど、智太君は心配しなくていいよ

……。
 柚香にしがみつきたい。俺は必死にこらえる。
俺は死んだんだね?
ハデスブラックもね。

しぼんだから、私がとどめを刺した

……。
 相討ち。一瞬だけの規格外。……黒岩は、今ごろ闇を揺り籠にすやすや寝ているのか?
奴は最後に命乞いした。魔女に無理やりだけど、欲望に呑みこまれたんだって。その姿で死んだならば肉体さえも閉ざされる。もう闇から抜けだせないらしいよ。

今度こそ奴の好きな闇に閉じこめられる。奴にとって最高の人生だ。ざまみやがれ



 寒い。怖い。母親の温もりが欲しい……寄らないで!



 おかしい、おかしい、あなたはおかしい。



 母は幼い俺を嫌っていた。



 気味悪いのよ!





 動物園にずっといたいな。





 やめてくれ。奥の奥に押し込んでいた記憶がよみがえる。外面(そとづら)を覆った精神が消え、あぶりだされるどん底。温もりが欲しい。

 だとしても。だからこそ。

夢月は?
休もうよ。私も疲れたんだ
夢月は?
……。
 柚香は答えない。俺を抱いてくれる。人肌の温もり。俺への愛を感じる。
夢月は?
 それでも尋ねる。心の底から寒い。外面などできない。
……連絡取れない。でも智太君は気にしなくていい。どうせ奴は寝ているだけだよ
……。
 俺は起きあがる。カーテンを閉めた部屋の中で、柚香の白い肌がかすかに見える。俺も服を着ていない。どうせ下着も汚しただろう。昨日まで賑やかだったこの家で、柚香は俺を一人で介抱してくれた。
百夜目鬼は本当の後継者を見つけた。だから夢月を殺した
 嘔吐をこらえて言う。
いまは休もう
後継者は相生桧。俺の妹だ。特性は月と哀
…………。

 柚香が黙りこむ。寒い。暗い。

 でも俺はベッドから出る。心に雪月花を思う。端末で夢月に連絡する。

智太君、朝まで一緒に寝よう
 白い下着姿の柚香がでてくる。
夢月は明日には何もなかったように笑ってくれる

 俺の背中を抱く。



 彼女の肌は温かくて優しい。夢月は応答してくれない。

俺は夢月を探しに行く。居場所は分かる
駄目だよ。鏡見てみなよ。青い顔だしやつれている。……清見さんみたい
俺は夢月を守りに行く
 柚香に告げないとならない。
俺が一番好きなのは竹生夢月だから。これからは彼女を守る
 そのために戦い続ける。戦いを終わらせる。
……まだ気が動転しているね

 柚香が俺の手を引っ張る。布団に導こうとする。小柄な華奢な体で懸命に、俺のために。

 俺だってそこに行きたい。俺を信じてくれる、この素敵な女の子に守られて眠りたい。

俺が誰よりも好きなのは竹生夢月。だから他の人とは寝てはいけない
 背後から抱えてくれる温かい肌が遠ざかる。

なにそれ? なに言っでいるの?


あれが顔だけなんて、智太君が一番知っているよね? 馬鹿だし幼稚だし力だけの化け物だよ。智太君は混乱しているだけだよ

 分かっている。何度も呆れて、何度も一目惚れした。
ごめん
 言わないとならない。
俺は柚香より夢月が好きだった。最初からだし、付き合いが深まるほど好きになった
ふざげんな!
 半裸の柚香が俺の前にまわりこむ。暗闇のなか、俺の顔を見上げる。
君が夢月のが好きなんて初めから分がっている。でも、そでよりも私のがずっと智太君が好きだ! どんどんどんどん好ぎになった。あんな大学だろうが関係ねぇ。

……清見さんの件でぎくしゃくしたよね。そのせい? あの人を考えたら智太君と仲良くなんかできなかった。これからだって……、でも分がってよ

……。
 分かっている。誰よりも真面目で俺にだけ性格いい、不器用で素敵な女の子。身勝手な俺を信じてくれた女の子。なのに俺はなにも言えない。
なにか言ってよ。……レベルがまた逆転するよね。それでも馬鹿になんかできない。今日だって守られた。これがらは私が智太君を守るって気を引き締めた。私が守れるって嬉しがったんだよ!

いまだって、またフェロモンがマイナスになったって全然平気なままだ!

 正面から抱きついてくる。
ごめん
 俺はそれしか言えない。
いやだ

 柚香はそれしか言わない。涙声。




 俺は心に仮面ネーチャーを思う。端末。赤い光に包まれる。

……なして?
 巻き込まれかけて俺から離れる。支えがなくなり、スカはよろめいてしまう。

あなたのおかげで力がよみがえりました。ありがとう。

私は相生智太が愛する人を救いに行きます

 スカは泣かない。虚勢だけを張る。
…………。

 柚香はベッドに座りこむ。嗚咽しだす。

 コールドレッドなスカはカーテンを開ける。やっぱりすでに夜だった。窓も開ける。

ありがとう

 もう一度だけ言って、スカはよろよろと空に飛びだす。身を隠す祓いを受けることもなく、むき出しのまま夜空を飛ぶ。

 月は浮かんでいなかった。

……。

 空で何度も気を失いかける。

 夢月の高校。場所も含めて、ネットで何度かチェックしていた。彼女はそこで八時間寝て、週末は一睡もしていない。


 真っ暗な校舎。壁がベニヤ板で補修された教室があった。スカシバレッドはドロップキックで突き破る。なかに転がりこみ、大の字になる。

ウウ…
 かってに変身が解除される。怖い、寒い、このまま寝たい。……柚香の肌の温もり、柚香の吐息。もう二度と感じることはできない。
夢月
 俺は立ちあがる。
夢月?
 教壇の真ん前の席に、机にうつ伏した人影があった。こんな場所で一日中寝られるのか? 教師も起こさないのか?
ウーン
 披露宴のままの白シャツとベージュのスカート。かわいい寝顔が非常灯に照らされる。机によだれが溜まっている。


 彼女の肩を揺する。

……夢月
きゃあ!
 彼女が跳ね起きる。椅子から転がり落ちて。
二十三夜!
 怯えた顔で、俺へと手のひらを向ける。なのに何も発せられない。
智太君? うっ
 そのまま吐瀉する。激しく吐いて震えだす。
……いやだ。怖い
 震えながら泣きだす。
大丈夫
 俺はしゃがんで彼女の肩を抱える。
もう大丈夫
 夢月は俺の中で震えている。月は照らさない。
私死んじゃったの? やばいよ。弱くなったら本部にも殺される
俺が守るから大丈夫
 俺だって崩れ落ちそうだけど、この人の前では虚勢を張る。
俺も死んだ。でもこれからは一番大好きな竹生夢月を守る
 彼女を俺へと向けさせる。間近で向き合う。赤茶色に戻った髪。互いにすえた匂い。敗者の俺たちにお似合いの匂い。
……。
夢月が岩飛にかけた言葉。飾りもなく素敵だった。なおさら好きになれた
 俺は本心を言い、正面から抱きしめる。
……私は最初から大好きでした

 夢月は抱き返さない。俺に身を預ける。



 弱くなった二人。生き延びている強敵ども。

 知ったことじゃない。

 鳳凰は虚勢のために隠していた心のやさしさ、心の清さ、心の弱さを、弱い人のために見せて、おのれはまじに弱くなって、俺を目覚めさせた。レベルなんて目安だ。関係ない。じきに二人は以前より強くなる。

何度も言いたい。俺は竹生夢月が大好きだ。顔も中身もだ
うん……
 夢月が俺にうずくまる。俺は寄りかかるように押し倒す。

 新月の夜。すえた匂い。ベニヤ板の張られた教室。

 俺たちは互いに望み望まれるまま、これ以上ないほどに人肌を重ね合わせる。






第四部完
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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