健全な恋人同士である二人は四時過ぎに待ちあわせる。雪月花の端末は使わない。ちなみに笹塚は柚香の最寄り駅だ。
俺も柚香も学生らしいカジュアルなシャツとパンツ。彼女が先行。軽い玉。腕にはおしゃれなモスウォッチ。綺麗なフォーム。いきなりストライク。
俺は真ん中はずして二投目もはずして3ピン残した。柚香は次もストライク。雪国育ちだから屋内スポーツが得意なのか?
俺の二投目は2ピン残しからのスペア。コツを思いだせた。柚香は1ピン残しからスペア。
でも二試合目は俺がストライクを九回続けて(一試合目からならば十四回連続)圧勝した。ギャラリーが増えたから、目立たぬように最後は1ピン残した。
やっぱり智太君すごいね。一番重い玉であんなスピードで、ピンが壊れるかと思った。
へへへ
駅前のカフェで向かいあって柚香が笑う。夕方だからミルクレープは頼んでいない。
山梨出身の奴がさ、雪が1メートル越えたことあるって騒いでさ。秋田じゃ10メートルオーバーがざらなのにね。私が子どものときは30メートル――
第一希望は柚香の部屋で一緒に食べたい。第二希望は一緒に焼き肉屋に行きたいが、匂いが染みつくと俺だけいいものを食べたが女子たちにばれる。
野菜がいっぱいあるから、一緒に料理作ろう。
私は掃除しておくから、好きなお肉を買って十分後に来て
タッタッタ…
いよいよだ。緊張してきたぞ。最低でもキス、そこからは進めるところまで進もう。もちろん用意してあるし。ポケットに移動しておこう。
でも、ボーリング場から始まって、彼女からよそよそしさを感じる。原因は決まっている。小さなテーブルで向かいあって食事しても、それは消えないだろう。
だから俺から切りだす。
サー
“やめよう。奴は常識外だよ。智太君が殺されるかもしれない”
たしかに生身で月明かりをだせるようになった。だとしても。
“だとしてもだとしても、愛し合う二人が悩み苦しむ必要はない”
“智太君。そんなに私のことを。
ウルウル
ちょうどそこにベッドがあるね。へへへ”
そこまでうまくいかないかもしれないけど、そのために乗り越える壁があるのは確かだ。ついに二股男も一股になれる。
無難に豚小間を買って、アパートのチャイムを鳴らす。
ベッドと机と本棚だけの部屋。前に来た時よりも、インテリアが増えている。三匹の子豚のフィギアとか、花のカレンダーとか。清潔感にあふれる部屋。
本棚に、ちいさなフラワーアレンジメントも飾ってあった。ピンク色の花。
あるはずないでしょ。……豚肉が好きなんだ。ほんとに肉だけ買ったんだ。おろし生姜のチューブがあるから、生姜焼きにしよう。へへへ
何だっていい。キッチンは狭いから、柚香が一人で作ることになる。 ベッドはシングルサイズ。
二人でも窮屈なのに、夢月は意地でもぐりこんできたよな。……手持ち無沙汰だ。スマホをいじるのも失礼だし、テレビがないのはきつい。本も教科書と参考書ぐらい。
なので、柚香のスカイブルーのエプロン姿を見ている。背後から抱きつきたくなる。
へへへ。今まで細かい動作が運動不足だったかも。もう慣れてきた。たまに冷蔵庫から冷茶をだそうとしたりしちゃうけど。
……あんな仕打ちで済まされちゃったって感じがする
ザクザク…
私と夢月が喧嘩状態なのは智太君のせいじゃないよ
柚香がキャベツをぶつ切りにしながら話しだす。想定より早くこの話題になってしまった。
この間、夢を見た。……またあの化け物に襲われて、私は助けを求めた。
でも夢月が現れなくて……私は悲鳴をあげて起きた
二度も襲われたハデスブラックのことだろう。夢の中だと、俺じゃなくて夢月にスクランブルか。
無理だよ。黒岩はどんどん強くなっている。蒼柳が言っていたらしい……。化け物に勝てるのは化け物だけだよ
俺も化け物だけどな。柚香を守るためなら怒りに震える血の色の龍になってもいい。
ふいに柚香が俺に顔を向ける。頭を下げる。
ごめんなさい。私は夢月と仲直りしたい。また夢月に守ってもらいたい。
すごくずるい考えだけど、すべての戦いが終わるまでは、三人で仲よくしていたい。
……二人で会うのは今日までにしよう
究極なまでの想定外。
俺のまわりの正義の味方に聖人君主はいない。俺も含めて。
俺が守るよなんて、責任なき言葉を言えない。チームが違えば、同じ時間に別の場所で戦うかもしれない。
……それも嫌なんだ。私はモスのエースだよ。戦闘力も守備力も低いかもしれないけど、それを補うレアな魔法をたくさん持っている。対等に扱ってよ。
……そうしないと、私は戦えなくなる。智太君に甘えて、みんなを守れなくなる
この女の言い分は、俺は柚香と同程度。私を守れるのは夢月だけ。だから、こいつと別れて、あの女の機嫌を取ろう。
だったら、俺と夢月がくっついてもいいのか?
精いっぱいの嫌味は通じただろうか。
柚香は首を横に振る。
ザクザク
智太君は私を何度も守ってくれた。これからも守ってくれると思う。
グス
私こそチームのエースだから、みんなを守らないとならない。……夢でも私がまた最後の一人だった。私と智太君だけでは、また守られる立場
そんな意味か。一人だけ生き延びた彼女は、今度こそモスガールジャー全てを守ろうとしている。でも、ちっぽけな二人では、なおも生き延びている強敵相手には……。
お肉が少ないから、夢月呼ぶのは次にしよう。もうすぐ出来るよ。へへへ
ただただ戦いたい。すべてをはやく終わらせたい。
などと思ったためか、
柚香のモスウォッチがピピピと鳴る。豚肉におろしチューブをかける手が止まる。戦士の顔つきになる。
かわいい横顔が端麗な横顔になる。
雪だ。…………了解。
木畠から。召集だって。あと一時間で集合だから急いで食べよう
俺は心に仮面ネーチャーの端末を思う。手にしても通信は来ていない。
みたいだね。都内の小さなアジトを潰す。本来なら傭兵たちがするような任務
今話したばかりじゃない。
夢月がワイルドカードで待機している。モスガールジャーを守るのは智太君じゃない。……私でもない
俺と柚香は夕方六時半に、小さなテーブルで生姜焼きを黙々と食べる。味付けはよろしくない。柚香が作ってくれたのだから全部平らげる。キャベツの芯も。
狭いキッチンに二人は並んで食器を片づける。
さみしげな笑みに見送られて、俺は部屋をでる。
彼女はもう少ししたら白い渦に迎えられて、戦地へと向かう。
『今のところはないよ! でも待機は忘れずに!!!』
ひたすら戦って、俺も規格外になりたい。もっと化け物になりたい。