04 ちっぽけな二人が選ぶ道

文字数 3,252文字

気晴らそう
『じゃあ笹塚でボーリングしよ』
 健全な恋人同士である二人は四時過ぎに待ちあわせる。雪月花の端末は使わない。ちなみに笹塚は柚香の最寄り駅だ。
デデンドドン、デデンドドン
えい♪
 俺も柚香も学生らしいカジュアルなシャツとパンツ。彼女が先行。軽い玉。腕にはおしゃれなモスウォッチ。綺麗なフォーム。いきなりストライク。
よっ
 俺は真ん中はずして二投目もはずして3ピン残した。柚香は次もストライク。雪国育ちだから屋内スポーツが得意なのか?
俺は高校以来だから
私も高一以来だよ
……。


とおっ

 俺の二投目は2ピン残しからのスペア。コツを思いだせた。柚香は1ピン残しからスペア。
 一試合目は追い上げ実らず柚香の勝ち。
 でも二試合目は俺がストライクを九回続けて(一試合目からならば十四回連続)圧勝した。ギャラリーが増えたから、目立たぬように最後は1ピン残した。
やっぱり智太君すごいね。一番重い玉であんなスピードで、ピンが壊れるかと思った。

へへへ

ドヤ
……。
 駅前のカフェで向かいあって柚香が笑う。夕方だからミルクレープは頼んでいない。
山梨出身の奴がさ、雪が1メートル越えたことあるって騒いでさ。秋田じゃ10メートルオーバーがざらなのにね。私が子どものときは30メートル――
……。
……。
……?
 二十分ほど豪雪自慢を聞かされて店をでる。
夕食どうする?
……。
 第一希望は柚香の部屋で一緒に食べたい。第二希望は一緒に焼き肉屋に行きたいが、匂いが染みつくと俺だけいいものを食べたが女子たちにばれる。
柚香の部屋で食べたい
無理だよ、汚れているし
俺は平気だけど、じゃあ豪快なラーメン食べよう
……。
……。
 並んで歩く沈黙は十秒弱。俺を見あげて。
野菜がいっぱいあるから、一緒に料理作ろう。

私は掃除しておくから、好きなお肉を買って十分後に来て

タッタッタ…

 柚香が駆けていく。快活な後ろ姿……。
……ギュッ

 いよいよだ。緊張してきたぞ。最低でもキス、そこからは進めるところまで進もう。もちろん用意してあるし。ポケットに移動しておこう。

 でも、ボーリング場から始まって、彼女からよそよそしさを感じる。原因は決まっている。小さなテーブルで向かいあって食事しても、それは消えないだろう。


 だから俺から切りだす。

“俺は柚香しか見えていない。夢月にはっきり言う”
サー

“やめよう。奴は常識外だよ。智太君が殺されるかもしれない”


 たしかに生身で月明かりをだせるようになった。だとしても。
“だとしてもだとしても、愛し合う二人が悩み苦しむ必要はない”

“智太君。そんなに私のことを。

ウルウル

ちょうどそこにベッドがあるね。へへへ”

 そこまでうまくいかないかもしれないけど、そのために乗り越える壁があるのは確かだ。ついに二股男も一股になれる。
ピンポーン
 無難に豚小間を買って、アパートのチャイムを鳴らす。
いらっしゃいませ、へへへ
…………。

 ベッドと机と本棚だけの部屋。前に来た時よりも、インテリアが増えている。三匹の子豚のフィギアとか、花のカレンダーとか。清潔感にあふれる部屋。

 本棚に、ちいさなフラワーアレンジメントも飾ってあった。ピンク色の花。

これって雪割草?
そう。ネットで衝動買いしちゃった
コウモリのフィギアは?
あるはずないでしょ。……豚肉が好きなんだ。ほんとに肉だけ買ったんだ。おろし生姜のチューブがあるから、生姜焼きにしよう。へへへ
 何だっていい。キッチンは狭いから、柚香が一人で作ることになる。

 ベッドはシングルサイズ。

ザーザー
“柚香ばかりずるいから”
二人でも窮屈なのに、夢月は意地でもぐりこんできたよな。……手持ち無沙汰だ。スマホをいじるのも失礼だし、テレビがないのはきつい。本も教科書と参考書ぐらい。
♪♪♪

ザクザク

…………。
 なので、柚香のスカイブルーのエプロン姿を見ている。背後から抱きつきたくなる。
魔法が使えなくなって不便?
 さすがに襲えないから話題を振る。
へへへ。今まで細かい動作が運動不足だったかも。もう慣れてきた。たまに冷蔵庫から冷茶をだそうとしたりしちゃうけど。


……あんな仕打ちで済まされちゃったって感じがする

ふうん


……。

……。
……。
 続かない。話術が欲しい。
ザクザク…

私と夢月が喧嘩状態なのは智太君のせいじゃないよ

 柚香がキャベツをぶつ切りにしながら話しだす。想定より早くこの話題になってしまった。
この間、夢を見た。……またあの化け物に襲われて、私は助けを求めた。

でも夢月が現れなくて……私は悲鳴をあげて起きた

……。
 二度も襲われたハデスブラックのことだろう。夢の中だと、俺じゃなくて夢月にスクランブルか。
もう襲われることはない。俺も守る
無理だよ。黒岩はどんどん強くなっている。蒼柳が言っていたらしい……。化け物に勝てるのは化け物だけだよ
……。
布理冥尊め!
“ひいい……”

 俺も化け物だけどな。柚香を守るためなら怒りに震える血の色の龍になってもいい。

 ふいに柚香が俺に顔を向ける。頭を下げる。

ごめんなさい。私は夢月と仲直りしたい。また夢月に守ってもらいたい。

すごくずるい考えだけど、すべての戦いが終わるまでは、三人で仲よくしていたい。


……二人で会うのは今日までにしよう

……………………。

 究極なまでの想定外。

 俺のまわりの正義の味方に聖人君主はいない。俺も含めて。

 俺が守るよなんて、責任なき言葉を言えない。チームが違えば、同じ時間に別の場所で戦うかもしれない。

俺が柚香を守る
 それでも言ってしまう。
……それも嫌なんだ。私はモスのエースだよ。戦闘力も守備力も低いかもしれないけど、それを補うレアな魔法をたくさん持っている。対等に扱ってよ。


……そうしないと、私は戦えなくなる。智太君に甘えて、みんなを守れなくなる

夢月にだったら甘えていいのかよ
……。

 この女の言い分は、(こいつ)柚香()と同程度。私を守れるのは夢月(あの女)だけ。だから、こいつと別れて、あの女の機嫌を取ろう。


 だったら、俺と夢月がくっついてもいいのか?

ハッ
 さすがにそれは言えないけど。
三人一緒がいいのなら、今ここに呼ぼうか?

 精いっぱいの嫌味は通じただろうか。


 柚香は首を横に振る。

ザクザク

智太君は私を何度も守ってくれた。これからも守ってくれると思う。

グス

私こそチームのエースだから、みんなを守らないとならない。……夢でも私がまた最後の一人だった。私と智太君だけでは、また守られる立場

……。
 そんな意味か。一人だけ生き延びた彼女は、今度こそモスガールジャー全てを守ろうとしている。でも、ちっぽけな二人では、なおも生き延びている強敵相手には……。
お肉が少ないから、夢月呼ぶのは次にしよう。もうすぐ出来るよ。へへへ

 ただただ戦いたい。すべてをはやく終わらせたい。

 などと思ったためか、

 柚香のモスウォッチがピピピと鳴る。豚肉におろしチューブをかける手が止まる。戦士の顔つきになる。

 かわいい横顔が端麗な横顔になる。

雪だ。…………了解。


木畠から。召集だって。あと一時間で集合だから急いで食べよう

 俺は心に仮面ネーチャーの端末を思う。手にしても通信は来ていない。
モスだけ?
みたいだね。都内の小さなアジトを潰す。本来なら傭兵たちがするような任務
俺も行こうか

今話したばかりじゃない。


夢月がワイルドカードで待機している。モスガールジャーを守るのは智太君じゃない。……私でもない

……。
……。

 俺と柚香は夕方六時半に、小さなテーブルで生姜焼きを黙々と食べる。味付けはよろしくない。柚香が作ってくれたのだから全部平らげる。キャベツの芯も。

 狭いキッチンに二人は並んで食器を片づける。

じゃあね

 さみしげな笑みに見送られて、俺は部屋をでる。

 彼女はもう少ししたら白い渦に迎えられて、戦地へと向かう。

『今夜は作戦有りますか?』
 ネーチャーの端末に送る。
『今のところはないよ! でも待機は忘れずに!!!』
チッ
 ひたすら戦って、俺も規格外になりたい。もっと化け物になりたい。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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