10 花に雪に月

文字数 3,174文字

もうじき深雪(みゆき)が来る。それまで耐えな
……。
 花魁は俺へと言い、シャリンシャリンとブルーのもとへ向かう。紫色が基調の絢爛過ぎる衣装。香り立つほどに手間がかかった化粧。背高い下駄や飛び出たいくつもの(かんざし)を差し引いても背丈は180センチ以上ある。ある意味ごつい。
う、うう……
シルクはもたなそうだね。エリーナよ、与那国の旦那は雲の上かい? 人質はあたいらに任せて、シルクを連れて撤収しな
お蘭さん。あなたたちが来るのは、まだ二十分も先のはずでは?
全員揃うのがね。

あたいはまことに偶然の、有休つけての群馬温泉巡りだった。こいつらなどあたい一人で充分だが、あいにく人質が三人もいる。盾に使われたら分が悪い。

で、申し訳ないが連れが来るまで、あんたらを見捨てさせてもらった。


……だが、この子の必死な戦いっぷりを見て、お蘭様の義の心がむずむずしちまった

……。

 喋りっぷりは芸奴というより賭場の姐さんだが、彼女が危惧したとおり、コケライトたちはすでに人質のもとに集結していた。人々の首へと刀を向けている――。

……。
……。

 眼鏡の女子高生とまた目が合った。彼女はなおも俺へと期待の目を向けている。立っているのが精一杯のスカシバレッドへと。

 脳がさあっとするようなよろめきを耐えて、口に溜まる血を吐き捨てる。……しかし寒いよな。出血の仕業かも。

レッドをよろしくお願いします
 ブルーがイエローを抱えてよろよろと上空へ飛ぶ。落とさないようにと祈るそばから、淡緑の光が彼女たちへと飛んでいく。
チンケな真似をするんじゃないよ
 お蘭さんの簪から発した紫色のビームが光弾をかき消す。
……。

なおも立ち続けるお前さんには、あたいらの戦いを見せてやる。お勉強になるだろ。


そうは言ってもどうしたものかね。下手に動くと連中はあの人たちを傷つける。保護しちまえば、モスキャノンでさえ片を付けられるのにね

 縛られた人質たちを憐れむように見つめる。


 モスキャノンとはモスプレイに装備された唯一の武器だと、茜音から聞いている。威力がありすぎて扱いづらいとぼやいていた。

しかし昨夜に輪をかけて重すぎる任務。

本部が意図的に……

……?

 ひんやりとした風が吹いた。
ヒュ~
お待たせです。彼女がレッドですか?

……やっぱり擬態した雄?

 北風のように、俺たちの前に巫女が現れた。
…カワイイカモ

 シンプルな白衣と緋袴。俺へと嫌悪の目(小猫みたいな吊り目だ)を向けているが、黒い長髪をシンプルに結んだこいつは清楚で綺麗だ。薄化粧にオーソドックスな巫女装束が似合いすぎている。抱きしめたくなる華奢さ加減で155センチぐらいの同年代。

そう言うなって。

青モスから聞いたが、私がたまたま近場にいなくても、じきに集結できる予測みたいだが

それは紅月(こうづき)の行動パターンからの推測ですね。また奴は個人プレイです。私みたいに魔法を使って集いませんよ
仕方ねえな。

新入り赤のコードネームを聞いてなかったな。深雪も来たから自己紹介しろ

……。
 満身創痍の俺に命令するなよ……。やばい、目が霞んできた。
ひどい傷。こんなにも戦ってきたのね
 巫女に受けとめられる。その手に神楽鈴が現れる。
私は雪月花の雪である白滝深雪(しらたきみゆき)。女の皮を(かぶ)った浅ましい男であろうと、あなたを全力でフォローします

 無数の鈴の音と清廉なお香の香りに包まれながらようやく気づく。雪月花は本体も女だと……。




 幻覚? 俺へと粉雪が降りそそいでいる。なのに暖かい。雪は俺を覆っていく。ひとつの巨大な結晶となる。

 その中へと包みこまれる。

……?

 結晶の中は鏡だった。俺じゃない。スカシバレッドが写っている。水たまり以来出会えた彼女は、自分を呆けたように見ている。そんな顔も可愛すぎる。

 強い目。なのに目力(めぢから)はない。むしろ優しい目。……はは、小鼻に小さなホクロ。女の子も笑い返す。

 髪の色は想像した通り赤だ。でもスパローピンクみたいにド派手な色をチョイスしていない。生まれついてのナチュラルな赤毛……。

……!

 彼女はなにも着ていなかった。俺は赤面しながら自分の体を隠す……。ちょっとぐらいならいいよね。

 でも結晶は溶けていく――。

もう回復したのかよ。精神エナジーが高すぎじゃないか?
それより人質です。囚われが三人だと失敗の可能性を捨てきれませんが、じきに奴らは見せしめに耳を削ぎますよ

 深雪は俺を抱いたまま布理冥尊たちを睨んでいる。

うっきっき!
静かにできぬ奴は殺すぞ!
膠着状態に飽きて戦闘員(サルども)が踊りだしては、二人のエリートに怒鳴られる。
はい、はい。……はあ?

 コケライトは私服姿の茂羅に戻って電話で話している。応対の様子からして、おそらく上司に指示を仰いでいる。


 俺の体は完全回復していた。……また戦える。

 体のラインを隠す巫女姿だが、抱えられているから分かる。深雪は痩せていてもしっかりしたバストの持ち主だ。だが、いつまでもそこを枕にしていられない。

 俺は立ちあがる。

私の名はスカシバレッド。この国の平和を守るため転生してきた
 彼女ならば礼もそこそこに、そう言うに決まっている。そして、こう続けるだろう。
すぐに救出しましょう。私が(おとり)になります
 呆れ顔を向けた二人が、俺の目を見て、強くうなずく。
あんたのハートを見せてもらおうか
もちろんフォローはします

 二人はジェットコースターが動きだす直前のような、スリルを待ち兼ねた顔になる。人質の命もかかっているのだぞ。



 でも、その機会は来なかった。

ブオオン

 林道を猛スピードで登るエンジン音がした。

魔法を使わずバイクでだと? だとしたら早過ぎだ。あいつ、無免許でなおかつ高速道路を使ったな
道案内の必要なし……。榛名山付近としか知らないのに、どうやれば自力で来れる?

 深雪も見つめる林道の先にライトが現れる。荒れた道などお構いなく、大型バイクが広場に突入する。鋭角にターンして荒々しく止まる。

……。
……。

 敵も味方も魅入ったように見つめる中、運転者はエンジンも止めずに座席から降りる。点けっぱなしのライトに照らされる。

……。

 夏のセーラー服。ヘルメットをはずす。赤茶色に染めた長髪が無造作に降りる。意志の強げな凛とした顔。

 オーラを感じた。


新入りでも聞いたことあります? あれが雪月花の月。私たちの、いや我が組織のエース。ホコラシゲ

200段階のレベル分けだと評価不能。絶対的レッドの紅月照宵(こうづきてるよ)

遅えんだよ。エンジンを止めろ
……!
 紅月が振り向く。その目線で、バイクが静まり闇に戻る。またこちらへとゆっくり歩きだす。抱えたヘルメットが消える。
……これまでだな。猿からやり直しだ
聞こえますか? 聞こえ……歪められたか
バサッ
人質がいるからな

また緑色の姿へと変身する。さらに変化(へんげ)する。身体中に光る苔を生やして、肉食獣のような牙。3メートルをゆうに超える肉体へとなる。

 その姿に人の面影はない――巨大な芋虫。これでもかと光りだす。

きゃー……

 縛られた女の子の絶叫が、緑色の光に包まれた森に吸われていく。


 ピロリンと手首から音がした。モスウォッチまで復活していた。

 識別が完了しましたと、余裕を取り戻したアメシロの声がする。


 名称       コケライト

 所属地位     温泉ランド管轄スカウト部長

 特性       苔 慈

 ライフ      76/76

 コンディション  99%

 レベル      75

 ボーナスポイント 不明もしくは0

……。

 化け物になど興味ない。興味なきことは耳に入れない。俺はただ紅月という女を睨む。こいつはあの子と同じくらいかわいい。嫉妬(しっと)さえ覚える。

……!
 こいつは俺の視線を感じとる。
私もレッドだよ
 にっこりと会釈しやがる。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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