10 花に雪に月
文字数 3,174文字
あたいはまことに偶然の、有休つけての群馬温泉巡りだった。こいつらなどあたい一人で充分だが、あいにく人質が三人もいる。盾に使われたら分が悪い。
で、申し訳ないが連れが来るまで、あんたらを見捨てさせてもらった。
……だが、この子の必死な戦いっぷりを見て、お蘭様の義の心がむずむずしちまった
喋りっぷりは芸奴というより賭場の姐さんだが、彼女が危惧したとおり、コケライトたちはすでに人質のもとに集結していた。人々の首へと刀を向けている――。
眼鏡の女子高生とまた目が合った。彼女はなおも俺へと期待の目を向けている。立っているのが精一杯のスカシバレッドへと。
脳がさあっとするようなよろめきを耐えて、口に溜まる血を吐き捨てる。……しかし寒いよな。出血の仕業かも。
なおも立ち続けるお前さんには、あたいらの戦いを見せてやる。お勉強になるだろ。
そうは言ってもどうしたものかね。下手に動くと連中はあの人たちを傷つける。保護しちまえば、モスキャノンでさえ片を付けられるのにね
縛られた人質たちを憐れむように見つめる。
モスキャノンとはモスプレイに装備された唯一の武器だと、茜音から聞いている。威力がありすぎて扱いづらいとぼやいていた。
シンプルな白衣と緋袴。俺へと嫌悪の目(小猫みたいな吊り目だ)を向けているが、黒い長髪をシンプルに結んだこいつは清楚で綺麗だ。薄化粧にオーソドックスな巫女装束が似合いすぎている。抱きしめたくなる華奢さ加減で155センチぐらいの同年代。
無数の鈴の音と清廉なお香の香りに包まれながらようやく気づく。雪月花は本体も女だと……。
幻覚? 俺へと粉雪が降りそそいでいる。なのに暖かい。雪は俺を覆っていく。ひとつの巨大な結晶となる。
その中へと包みこまれる。
結晶の中は鏡だった。俺じゃない。スカシバレッドが写っている。水たまり以来出会えた彼女は、自分を呆けたように見ている。そんな顔も可愛すぎる。
強い目。なのに
髪の色は想像した通り赤だ。でもスパローピンクみたいにド派手な色をチョイスしていない。生まれついてのナチュラルな赤毛……。
彼女はなにも着ていなかった。俺は赤面しながら自分の体を隠す……。ちょっとぐらいならいいよね。
でも結晶は溶けていく――。
深雪は俺を抱いたまま布理冥尊たちを睨んでいる。
コケライトは私服姿の茂羅に戻って電話で話している。応対の様子からして、おそらく上司に指示を仰いでいる。
俺の体は完全回復していた。……また戦える。
体のラインを隠す巫女姿だが、抱えられているから分かる。深雪は痩せていてもしっかりしたバストの持ち主だ。だが、いつまでもそこを枕にしていられない。
俺は立ちあがる。
二人はジェットコースターが動きだす直前のような、スリルを待ち兼ねた顔になる。人質の命もかかっているのだぞ。
でも、その機会は来なかった。
林道を猛スピードで登るエンジン音がした。
深雪も見つめる林道の先にライトが現れる。荒れた道などお構いなく、大型バイクが広場に突入する。鋭角にターンして荒々しく止まる。
敵も味方も魅入ったように見つめる中、運転者はエンジンも止めずに座席から降りる。点けっぱなしのライトに照らされる。
夏のセーラー服。ヘルメットをはずす。赤茶色に染めた長髪が無造作に降りる。意志の強げな凛とした顔。
オーラを感じた。
また緑色の姿へと変身する。さらに
その姿に人の面影はない――巨大な芋虫。これでもかと光りだす。
縛られた女の子の絶叫が、緑色の光に包まれた森に吸われていく。
ピロリンと手首から音がした。モスウォッチまで復活していた。
識別が完了しましたと、余裕を取り戻したアメシロの声がする。
名称 コケライト
所属地位 温泉ランド管轄スカウト部長
特性 苔 慈
ライフ 76/76
コンディション 99%
レベル 75
ボーナスポイント 不明もしくは0
化け物になど興味ない。興味なきことは耳に入れない。俺はただ紅月という女を睨む。こいつはあの子と同じくらいかわいい。