16 湯煙血煙
文字数 4,466文字
なんだか予感がする。やっぱり帰るべきだ。みんなと一緒にいるべきだ。
相生桧は手をあげて席を立つ。男子全員が私を見る。お兄ちゃんと違う目線。
端末で千由奈に連絡する。
みんな疲れたままだ。私だけが平気な顔でいてはいけない。
なんだか予感がする。授業なんかしている場合ではない。
壬生隼斗が席を立つ。女子の視線が集中する。伸ばした前髪をかき上げる。
お腹を押さえて教室を出る。……千由奈ちゃんも今日は待機だよな。今日は会えないかな。……戦いに明け暮れたから、千由奈ちゃんはちょっと痩せすぎかも。もう少しぽっちゃりすれば、もっとかわいくなるのに。
誰もいない廊下。頭上に白い渦が現れる。
壬生隼斗は微笑みながら上履きを脱ぐ。お腹に力を込める。
司令官が雄叫びをあげた。
湯煙を断ち切って、スパローピンクまでもが現れる。
化け物が潜んでいる。弱い蛾は群れで戦うしかない。そしてエリーナブルーの分まで戦う。
野原宏が金色の光に包まれる。鬼気迫る顔のセイントアローが現れる。
布理冥尊たちの手には黒いマント。さらに体に力を込める。
和牛と乳牛と赤べこの牛づくし精霊三体が現れる。どいつがどれだか分からないけど、こいつらが北温泉ランド、チベットランド、ハワイアンランドの支部長たち……。
そんなはずはない。計測器の故障だ。どこかに怪物がいる。すぐそこにいるはずだ。
与那国司令官が藍菜のように叫んだ。
敵も味方もいずれもが修羅場。化け物が現れるまえに、まずはこの四人を倒す。
セイントアローが浮かび上がろうとして地面に落ちる。……こいつは変身が解除されるのに堪えている。戦える体であるはずない。支部長どもにしても100越えぐらいでは――
二本足で立つ牛三体が手をつなぎあう。
三体がミルキーな光に包まれて……
15メートルを超す巨大な牛が現れる!
どす黒い肌。手には棍棒。これはゲームで見たことがある。ミノタウロスだ。
でかい声でモーと鳴く。
マジかよ。夢月より上じゃないか。
絶妙なハモりだが、標準語で喋ってくれた。
などと感心すべきではない。
キラメキとスパローが俺の手を握っているではないか。語り合うにはお前らは赦すまじきことをした。殺し合いの始まりだ。
深雪と会話中のミノタウロスの脇腹に当てる。
ミノタウロスがよろめく。俺もよろめく。牛が露天風呂を水たまりみたいに渡りだす。棍棒を振りあげる。
急いでスパローピンクをセンターにする。
ピンクの胸もとから赤緑桃の螺旋が発せられる。
巨大な牛は避けることもできずに受けまくる。のけぞりまくる。でも確実に寄ってくる。
キラメキグリーンがセンターになる。直立不動。
キラメキの胸の谷間からの残酷な螺旋。新規格でも規格外が後ろに倒れる。湯が飛ぶ。
キラメキグリーンも倒れかける。牛は起きあがろうとする。
エリーナブルーみたいに、スカシバレッドはグリーンの手を引く。俺だってピンクだってボロボロだけど。
湯煙を挟みセイントアローと向かい合う巫女を呼ぶ。彼女は黒い光に包まれながら飛んでくる。黒神子の右手をスカシバレッドが握る――柚香の手の感触。俺の右手をシルクが握る。深雪の左にスパローとキラメキが並ぶ。
五人の心が一つになり、同時に叫ぶ。
黒神子の胸もとから五色の螺旋が発せられる。
立ちあがったミノタウロスの腹を突き抜ける。レベル250オーバーが消滅、しないだと?
深雪とピンクとグリーンがしゃがみこむ。俺は倒れない。
深雪へと矢がよろよろと飛んできた。スカシバレッドは手で叩き落とす。俺はまだ倒れない。
牛の化け物が血走った目でブナの木より太い棍棒を振り上げる。俺は避けられる。でも誰かやられる。一撃で死ぬ。
……夢月がいる。彼女のが苦しんでいる。なによりレイヴンレッドが来る。はやく終わらせないと。
俺が終わらせる。
駆けだしかけた俺を、シルクイエローが背後から抱く。
アッシュグレーの美女が俺たちの前に立つ。ミノタウロスと対峙する。
スカシバレッドは歯を食いしばりリベンジグレイの右手を握る。シルクイエローがその左手を握る。
同時に叫ぶ。
美麗な女戦士の胸もとからの赤黄灰の螺旋を受けて、今度こそ巨大な牛が消滅する。
蒼白な顔のリベンジグレイが転送される。精霊のくせに酒臭かった。
夢月はまだ白い光に舐めまわされている。苦痛の声を漏らす。……抹殺の第二ラウンドが始まる。そのために邪魔者を消さないとならない。
俺はなおも浮かびあがる。何度でも倒す。なおも両手にスピネルソードが現れる。
深雪もエナジーがすかすかで白巫女に戻っていた。
よろよろのセイントアローは俺を見ない。拳を握って深雪へと歩くだけ。
ならばなおさらお前を倒す。
姫を守るソードを交差させる。
深雪が駆ける。セイントアローの盾になろうとする。
シルクイエローが押しのける。
赤い十字を背中に受ける。
シルクイエローが抱きしめる。
その胸の中でセイントアローは野原宏に戻る。
近くの森から盛大な火柱が立った。
夢月はなおも白い炎の中で殺されることなく苦しんでいる。怒りがエナジーに変わる。
そうだった。だとしてもモスプレイも相応のダメージがあるし、どのみちレイヴンレッドのが一枚上手だ。
深雪は立ちあがろうとして起きあがれない。その横で野原宏は気を失っている。
アメシロである木畠茜音の言葉に、深雪である陸奥柚香がうつむく。
俺の十字を受けとめたシルクイエローがモスプレイへと転送される。連日エナジーを使い果たしたキラメキグリーンと学校を抜けだしたスパローピンクも消える。
深雪は横たわったままの野原宏を見る。光に包まれたままの夢月を見る。スカシバレッドを見あげる。
言い残して、白滝深雪も消える。
いまは何も考えない。
スカシバレッドは相生智太に戻る。よろめいたりしない。
夢月へと歩む。白い光が腕のように伸びてくる。俺を絡めようとするから遠巻きにしかできない。
弄ばれる惨めな彼女を直視できない。魔女への怒りだけが湧く。
夢月が俺へと手を伸ばす。それさえも嗜虐な白い光に包まれる。
その手に紅いマントが現れる。
仮面ネーチャーの一員として戦おうと思っていた。でも夢月専用のマント。俺たち二人はパートナーだから、それを使えば俺も精霊になれると感じる。夢月がこれで戦えというのならば……。
地面に落ちたマントは風もないのに俺のもとへ飛んでくる。拾いあげる。
夢月に背中を向ける。無力な俺の手でマントは勝手に消える。
野原宏を抱えあげる。筋肉質じゃないか。見た目以上に重いから引きずってしまう。脱衣所に入れてタオルをたっぷりかける。ドアを閉めて外にでる。
ちょうどサント号が現れた。その上でスカシバイクが待っている。