16 湯煙血煙

文字数 4,466文字

 なんだか予感がする。やっぱり帰るべきだ。みんなと一緒にいるべきだ。
先生!
 相生桧は手をあげて席を立つ。男子全員が私を見る。お兄ちゃんと違う目線。
生理がきついので早退します!






 

ポチポチ

『みんなはどう?』

 端末で千由奈に連絡する。
『全員分、昼飯を買ってきて』
……。
 みんな疲れたままだ。私だけが平気な顔でいてはいけない。





 なんだか予感がする。授業なんかしている場合ではない。
先生
 壬生隼斗が席を立つ。女子の視線が集中する。伸ばした前髪をかき上げる。
腹が痛いのでトイレに行きます。そのまま帰宅するかもしれません
 お腹を押さえて教室を出る。……千由奈ちゃんも今日は待機だよな。今日は会えないかな。……戦いに明け暮れたから、千由奈ちゃんはちょっと痩せすぎかも。もう少しぽっちゃりすれば、もっとかわいくなるのに。
 誰もいない廊下。頭上に白い渦が現れる。
ほらね
 壬生隼斗は微笑みながら上履きを脱ぐ。お腹に力を込める。
『やっぱり総力戦だ!』
 司令官が雄叫びをあげた。
夢月ちゃん!
ひどい、ひどすぎる
……布理冥尊め
……。
スカシバレッド、
端から倒そう!
 湯煙を断ち切って、スパローピンクまでもが現れる。
……。
……。
 化け物が潜んでいる。弱い蛾は群れで戦うしかない。そしてエリーナブルーの分まで戦う。
チラッ
アア…
……。

そいつは悪だ。何人も倒して苦しめできた

おのれも苦しんで当然だ
 野原宏が金色の光に包まれる。鬼気迫る顔のセイントアローが現れる。
……。
……。
……。
 布理冥尊たちの手には黒いマント。さらに体に力を込める。
モー
モー
カランカラン
 和牛と乳牛と赤べこの牛づくし精霊三体が現れる。どいつがどれだか分からないけど、こいつらが北温泉ランド、チベットランド、ハワイアンランドの支部長たち……。
『機体損傷により敵の識別は不完全。名称不明。レベルは122、111、109、112。

……122が死んだばかりのセイントアローと思われる』

 そんなはずはない。計測器の故障だ。どこかに怪物がいる。すぐそこにいるはずだ。


『やった!』
 与那国司令官が藍菜のように叫んだ。
『モスキャノンを魔女に直撃成功……レイヴンレッド発見。アジトへと向かっている。二分後に到達予想……白い光が飛んで来た!

菜っ葉、避けろ、上に逃げろ!』

……。
 敵も味方もいずれもが修羅場。化け物が現れるまえに、まずはこの四人を倒す。
俺が巫女倒す。おめらはモス女どご倒せ……
 セイントアローが浮かび上がろうとして地面に落ちる。……こいつは変身が解除されるのに堪えている。戦える体であるはずない。支部長どもにしても100越えぐらいでは――
おう
 二本足で立つ牛三体が手をつなぎあう。
行くぜ、東北!
 三体がミルキーな光に包まれて……
……。

 15メートルを超す巨大な牛が現れる!

 どす黒い肌。手には棍棒。これはゲームで見たことがある。ミノタウロスだ。

モー
 でかい声でモーと鳴く。
『そんな……。三体が合体してレベル……計測不能……250オーバー』
 マジかよ。夢月より上じゃないか。
『巨大な敵だからモスキャノンを使いたいが、本機は魔女に追われている』
『トリオス聞いて! あんたらを誰も追っていないから布理冥尊アジトに直行して。規格外がいる。レイヴンレッドも向かっている』
『了解!

レオちゃん、聞いてましたか? 返事してー』

……そんな姿になれたの。私がいたときは見せなかった
「「「我々もテロリストも根は同じだからだ。殺し合うべきではないからだ。若いお前は気づけなかった。……お前が去って、セイントアローはようやく気づいてくれた」」」
 絶妙なハモりだが、標準語で喋ってくれた。


 などと感心すべきではない。

……。
……。
 キラメキとスパローが俺の手を握っているではないか。語り合うにはお前らは赦すまじきことをした。殺し合いの始まりだ。
 深雪と会話中のミノタウロスの脇腹に当てる。
ぬお
ウウ
 ミノタウロスがよろめく。俺もよろめく。牛が露天風呂を水たまりみたいに渡りだす。棍棒を振りあげる。
交代して
 急いでスパローピンクをセンターにする。
 ピンクの胸もとから赤緑桃の螺旋が発せられる。
! ! ! 
くっ
 巨大な牛は避けることもできずに受けまくる。のけぞりまくる。でも確実に寄ってくる。
効かない?
それくらいでいい
 キラメキグリーンがセンターになる。直立不動。
瞬間の煌めき(シャインアットモーメント) そして、
んがっ
 キラメキの胸の谷間からの残酷な螺旋。新規格でも規格外が後ろに倒れる。湯が飛ぶ。
ああ……
 キラメキグリーンも倒れかける。牛は起きあがろうとする。
耐えて
は、はい
 エリーナブルーみたいに、スカシバレッドはグリーンの手を引く。俺だってピンクだってボロボロだけど。
深雪!
!!!
フワ
待で
 湯煙を挟みセイントアローと向かい合う巫女を呼ぶ。彼女は黒い光に包まれながら飛んでくる。黒神子の右手をスカシバレッドが握る――柚香の手の感触。俺の右手をシルクが握る。深雪の左にスパローとキラメキが並ぶ。
 五人の心が一つになり、同時に叫ぶ。
ぐわああ

 黒神子の胸もとから五色の螺旋が発せられる。

 立ちあがったミノタウロスの腹を突き抜ける。レベル250オーバーが消滅、しないだと?

弱くてごめん……
レッド、面目ない……
スカシバ、どうにかしてよ……
ハアハア…
 深雪とピンクとグリーンがしゃがみこむ。俺は倒れない。
ヨロヨロ
ちっ
 深雪へと矢がよろよろと飛んできた。スカシバレッドは手で叩き落とす。俺はまだ倒れない。
……。
……。
 牛の化け物が血走った目でブナの木より太い棍棒を振り上げる。俺は避けられる。でも誰かやられる。一撃で死ぬ。
トモタク…
……。

 ……夢月がいる。彼女のが苦しんでいる。なによりレイヴンレッドが来る。はやく終わらせないと。

 俺が終わらせる。

だめ!
 駆けだしかけた俺を、シルクイエローが背後から抱く。
『召集!』
 
リベンジグレイ見参!
……。
 アッシュグレーの美女が俺たちの前に立つ。ミノタウロスと対峙する。
スカシバレッドとシルクイエロー。私の手を握りなさい
……。
お願いします

 スカシバレッドは歯を食いしばりリベンジグレイの右手を握る。シルクイエローがその左手を握る。

 同時に叫ぶ。
くそ……
……。
 
 美麗な女戦士の胸もとからの赤黄灰の螺旋を受けて、今度こそ巨大な牛が消滅する。




仮面の二人は誰も戦わすなと言ったが、やはり仲間こそ大事。どうせ彼らも同じことをする。さもないと君はまた刺し違える。

……引退宣言したのに呼びだされるとは思わなかった。心構えはしていたがな。後は任せた

 
……。
 蒼白な顔のリベンジグレイが転送される。精霊のくせに酒臭かった。






ああ!
ビク
夢月ちゃん耐えて……
……。
深雪……
……。
 夢月はまだ白い光に舐めまわされている。苦痛の声を漏らす。……抹殺の第二ラウンドが始まる。そのために邪魔者を消さないとならない。
シルクは月を守って
 俺はなおも浮かびあがる。何度でも倒す。なおも両手にスピネルソードが現れる。
先輩、降伏して。廃人になっちゃうよ
 深雪もエナジーがすかすかで白巫女に戻っていた。
おめを倒すまでは去らね

 よろよろのセイントアローは俺を見ない。拳を握って深雪へと歩くだけ。

 ならばなおさらお前を倒す。

アルティメットクロス!
 姫を守るソードを交差させる。
ビュン
だめ!

 深雪が駆ける。セイントアローの盾になろうとする。

 シルクイエローが押しのける。

うっ
 赤い十字を背中に受ける。
シルク……
なして守る?
あなたではない。深雪ちゃんを守ったのです
そうか
終わりにしなさい
 シルクイエローが抱きしめる。
……だな
 その胸の中でセイントアローは野原宏に戻る。
……。
 近くの森から盛大な火柱が立った。
『トリオス到着。彼ら三人ならば巨大化したレイヴンレッドにも太刀打ちできる。……魔女の気配はない。そちらに現れる可能性を加味して』
『モスガールジャーの諸君。規格外を倒してくれて私も鼻が高い。四名は疲労困憊だから離脱させるが、スカシバ君はどうするかね?』
……。
 夢月はなおも白い炎の中で殺されることなく苦しんでいる。怒りがエナジーに変わる。
もちろん残ります。戦うと暑いので防寒具を解除……この場で転生を解除してください
『……なるほど。モスウォッチもなくなるがいいのだね』
 そうだった。だとしてもモスプレイも相応のダメージがあるし、どのみちレイヴンレッドのが一枚上手だ。
不要です
『了解した。健闘を祈る』
私も残る。

先輩を本部に送らないでほしい

ヨロ

 深雪は立ちあがろうとして起きあがれない。その横で野原宏は気を失っている。
『両方却下。セイントアローは保護しない』
なっ……
『そいつは月が苦しむのを当然と言っただろ。連中が来るまで寒空に捨てておけ』
……了解。でも私はここで夢月を守る
……。
陸奥、休みなよ。相生たちに任せよう
……。
 アメシロである木畠茜音の言葉に、深雪である陸奥柚香がうつむく。






弱いイエローは夢月ちゃんをレッドに任せます
 
 俺の十字を受けとめたシルクイエローがモスプレイへと転送される。連日エナジーを使い果たしたキラメキグリーンと学校を抜けだしたスパローピンクも消える。
……。
 深雪は横たわったままの野原宏を見る。光に包まれたままの夢月を見る。スカシバレッドを見あげる。
……。
夢月にも言ったけど、化け物になっちゃ……龍になっちゃダメだよ。じゃあね
 
 言い残して、白滝深雪も消える。
……。
 いまは何も考えない。
 
……。
 スカシバレッドは相生智太に戻る。よろめいたりしない。
 夢月へと歩む。白い光が腕のように伸びてくる。俺を絡めようとするから遠巻きにしかできない。
夢月。守れなくてごめん
 弄ばれる惨めな彼女を直視できない。魔女への怒りだけが湧く。
智太君……
 夢月が俺へと手を伸ばす。それさえも嗜虐な白い光に包まれる。
 
 その手に紅いマントが現れる。
……。
 仮面ネーチャーの一員として戦おうと思っていた。でも夢月専用のマント。俺たち二人はパートナーだから、それを使えば俺も精霊になれると感じる。夢月がこれで戦えというのならば……。
“龍になっちゃダメだよ”
……。
フワッ
 地面に落ちたマントは風もないのに俺のもとへ飛んでくる。拾いあげる。
……もう少し我慢してね
だ、だめ……
 夢月に背中を向ける。無力な俺の手でマントは勝手に消える。




ウウ…
 野原宏を抱えあげる。筋肉質じゃないか。見た目以上に重いから引きずってしまう。脱衣所に入れてタオルをたっぷりかける。ドアを閉めて外にでる。
 ちょうどサント号が現れた。その上でスカシバイクが待っている。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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