25 空の上のモス

文字数 2,969文字

…ハアハア
 スカシバレッドの顔からゴーグルが消える。青い空。白い雲。腹から緑色の体液を垂らしたマンティスグリーンが浮かんでいた。
痛すぎるぞ……。


俺は逃げねえ。俺はメインランド(東京のことだ)の、戦闘員があふれ出るハチ公区の統括部長だ!

蛾などに負けるかよ!

カマキリなどに負けると思って?

 スカシバレッドは不敵に笑う。足はかくかく。

……俺はオーガイエローたちと合流する。てめえらも来い。果し合いだ!

 マンティスグリーンが飛んでいく。

……ヘニャヘニャ

 見届けて、座りこむ。……際どかった。

 俺のどこかの端末から柚香の涙声がする。だからすぐに立ち上がる。カマキリを追わないと。

『あらたな作戦行動を伝える』

『ブルーは人質の救出。レッドは伊良賀紗助(ターゲット)の連行。

ターゲットは何日も熟睡してないから、その場で生身に戻ったと思われる。本機はステルスを弱めるから、騒ぎになる前に来て。

残りの二名は残存戦闘員の掃討。その三体の位置は本機より伝える』

 高度50メートルに、漆黒の機体が陽炎のように現れる。
目覚めるなよ
ウーン

 ブルーが女の子を抱えて飛んでいく。

 指令を優先せざるを得ない。

……。
ウウ……

 スカシバレッドは実体に戻った伊良賀紗助を抱えて、よろよろと空を飛ぶ。

 ……こいつは隼斗を守ろうとした。あれがなければ、もう一発マンティスグリーンに当てて、俺はエナジーがゼロになって地面に転がった。それでも戦い続けたに決まっているけど。

『相生、相生、なして返事してくれないの。……生ぎているよね』
 柚香の嗄れた声。彼女は泣き喚めいていたけど、それどころではなかった。
元気だよ。もうすぐ向かえるから頑張って

『松の結界を三層に張って閉じごもっている。


紅月は幻影に十三夜をえっぺ撃って消えた。布理冥尊は今までで一番不気味。怖い。気持ち悪い。それがおでを探している。

おでを食うって言っていた。もうじき見づけられる。

東京に来でから強い敵ばかりと戦わされる。んだのに蘭も夢月もいない……。


白いカマギリが飛んできた。もう嫌だ。国に帰りたい』

すぐに行くから

 弱すぎる柚香との通信を終える。夢月とも連絡取りたいけど両手がふさがっている。伊良賀をおろさないと、端末を呼びだせない。

うわ! あああ……
ウッ
 四回目の死を経験した伊良賀紗助が、スカシバレッドの腕のなかで目覚める。暴れるので強く抑える。すえた匂い。こんなの嗅いでいたらエナジーが回復しない。脂汗で手が滑りそうになる。
もう許して……。お、俺はどこへ連れていかれる
私はレジスタンス。あなたは本部に連行される
や、やめ……。

だったら布理冥尊に喰われたほうがましだ。あいつらはここまで放し飼いにしてくれた。お前らが俺を追わなければ、今日だってなかった。俺を入信させて幹部にしようとするだけだった。

俺を脅すために、俺の前で生け贄を食おうとなどしなかった!

 スカシバレッドには興味ない話だ。目のまえの悪を倒すだけ。守るべき人のもとへ行くだけ。

 でも。

あなたは三回死んだと聞いている。だとしても、なんで戦いから逃げたの? 召集されても現れなかったの?
 病室に隼斗がいたのに。なぜに彼を守ろうとしなかった。

……ふ、ふははは


呼ばれても行けなかったんだよ。転生しなかったんだよ!

死にまくった俺は怯えて、強き心はどんどん消えた。……正義の味方ではなくなった。ただの卑屈な人間になったのさ!

……。
 伊良賀紗助が嗚咽する。俺と入れ替わりにブルーがハッチからでる。
ターゲット確保。光学迷彩(ステルス)を再開します
 アメシロの冷静を装った声。
……。
 伊良賀紗助はモスプレイの中を見る。
“みんなで力合わせよ!”
う、ううう……
しゃがみこみまた嗚咽しだす。
ウーン……
 女の子は毛布にくるまり眠っている。あの時のように。
スカシバ君ご苦労であった。

ブルーは、任務完了したイエローとピンクの収容に向かった。へとへとの君にも彼らの運搬を頼まなければならない。エリーナ君は早い者勝ちでピンクを連れてくるだろう。


本機は700メートルまで上昇し、そこで待機する手筈だが

 司令官が操縦席で言う。

本部からのメッセージを君にも告げる。


紫苑太夫は再三に渡る五人衆撃退の指令を拒否した。なので本部は、雪月花残り二名を見捨てることを我々に指示した。

原理主義のことは、君も知っているな。本部の言い分を要約すればこうだ。


月は逃げるだろう。彼女が無事ならば充分。花への腹いせに、雪は喰われてもやむなし

……。
 怒りがエナジーと化す。
俺が助けにいく
 相生智太なら、そう言うに決まっている。五人衆など親衛隊など端から倒す。夢月は逃げられるなら、ただただ柚香を守る。



 俺を見つめながら与那国司令官が立ちあがる。スカシバレッドへと歩む。

君ならそう答えるな。だが、それは違う。

……。
モスガールジャーが助けにいく
くそ月レッドも二十五歳も腐れ巫女も生意気で傲慢なくそだ。だが本部こそ糞くらえだ
……。
 与那国司令官がスカシバレッドをやさしく抱く。

私の数少ない技だ。有り余る夏目藍菜のエナジーを分けてやる

……!!!!!
 ……毛穴という毛穴からあふれそう。スカシバレッドは鼻血がでるほどに精神エナジーを授けられる。
……。
フニャリ
 与那国三志郎が霞んでいき、夏目藍菜が現れる。そのままふにゃりと座りこむ。
……藍菜。済まなかった。ほんとうにごめんなさい。戻ってきてしまい、ゆるしてください。でも日本が恋しく……
 伊良賀紗助が嗚咽しながら土下座する。

紗助君やめとこ。


……茜音っち、作戦を変更するよ。五人衆二体、ついでに親衛隊と大幹部も成敗する。下にいる三人はその援護。つまり背後から闇討ちの機会を狙え。


スカシバレッド何してる。お前は単独で雪月花の女騎士(ナイト)だ。早く行きやがれ

……。
私はいまので理不尽にも死亡扱いだ。ペナルティが待っている。

……どうせ理不尽な事故に遭うのならば、徹底的に喰らってやる

 自嘲しながら大の字になる。アメシロがその胸にとまる。
ガンバレ

 その頬をつつく。


 俺だってすぐに行きたいけど。

大丈夫か?
 白いオウムに伊良賀を目くばせする。藍菜を襲った前科がある男を残すことになる。
問題ないと思う。そもそも私がいるし

 アメシロが言うのならば、いや、茜音が言うのならば大丈夫だろう。それに……中井草のカフェでなんか聞いたような気もする。聞き流していたけど。


 それに……。まだいいや。戦いが終わってからだ。



 スカシバレッドは開いたままのハッチに向かう。司令官から授かったおかげで、今のエナジーは120%だ。マジで。

 柚香が待っているけど、スカシバレッドは嗚咽し続ける弱い男を見る。

私はスカシバレッド。チームのエース。

モネログリーン。あなたに正義の心が戻るのを待つ。ともに戦いたい

……。
 伊良賀紗助が顔をあげる。スカシバレッドは背を向ける。守られるものが見あげる、華奢だけど強い背中を見せる。
くそも腐れも生きて返せ。

私のエナジーはじきに回復する。そしたら、そこから総力戦だ。布理冥尊精鋭に地獄を見せてやる

コクリ

 司令官の声にうなずき、スカシバレッドは空にでる……。

……。

 俺が降りてから700メートルまで上昇しろよ。

 八月午後の快晴のもと、緑の山に囲まれた狭い盆地を見おろす。
はげ山もあった。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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