50 雪月龍
文字数 3,865文字
初めて精神エナジーの死を体験した桑原保は思う。
レアシルバーである亀田元毅とは連絡が取れない。穂村利里とも。
桑原はにやける。溜まったゼミのレポートのためにパソコンを立ち上げる。
俺は覚悟する。でかすぎるブラックホールへと向きを変える。龍になれと言われた。だからならない。スカシバレッドのままで飛びこむ。もしかしたらホワイトホールから脱出できるかも。
なのに北風が吹いた。
それどころか上空から聞こえた。
十五夜!
巨大な紅色の光が空から飛んでくる。俺は自発的にブラックホウルスの口に飛びこむ。
虚空のごとき闇なのに、紅色に揺れる。吐きだされかけて牙に必死にしがみつく。手が滑って外に出る。
……太平洋の海底が見えた。
巨大な津波が日南海岸に向かっている。
そんな技もあったのか。などと思うまもなく、
巨大津波が紅色の光の津波に押されて、太平洋へと戻ってきた。俺とブラックホウルスを飲みこむ。
深海魚と目が合った。
俺とブラックホウルスは海上を目指す。
紅いスクール水着の夢月がいた。なぜに精霊? 最後の戦いは俺の関われぬ場所で進行している……。空に浮かぶセンスも色気もなく嘘っぽい胸の水着姿は、深雪ではないか。
怒鳴られてしまう。
ブラックホウルスがスク水へと口を開く。
夢月を吸いこもうとする。
馬鹿め。
開いた口へと巨大な紅色の光が飛んでいく。さらに。
滅びの光も連発できたのか。原理を授かった化け物が消滅、しないだと?
でもよろよろだ。
夢月が俺の左隣に来る。
柚香が右隣に来る。
二人が俺の手を握る。
夢月と柚香と手のひらの温かさ。理屈も何もなくても出せるに決まっている。
そんな言葉をだしそうになる。
二人の手を握り返す。
俺のエナジーが彼女たちへと流れて、数百倍になって逆流して、さらに数百万倍へと化す。
同時に叫ぶ。
熊本まで照らしそうな赤紅白の光を浴びて、最後の原理主義が消滅する。
そう、俺と夢月は原理主義なんかじゃない。櫛引が名づけた嘘っぱちだ。俺たちは単なる正義だ。
巨大なイワトビペンギンに乗ったハウンドピンクがいた。気を失った少年を抱いている。
吹雪が音をたてて壁に当たっている。三人は明るい部屋に送りこまれた。
ここは研究室……。
柚香が夢月に抱きつく。紅色のマント。紅い光。白い光。
レトロ水着の深雪が何よりも唱える。
櫛引博士だけがいた。車椅子から鋭い目を向ける。
深雪が夢月を見る。その目に涙が浮かびだす。
まだ終わってないだろ!
博士は動じない。鋭い目で俺たちを見る。冷ややかな目。
スカシバレッドはなおも尋ねる。
この人の話が正しいはずない。すでに精神エナジーのベテランの俺ならば分かる。
紅月がとんでもないことを宣 いながら割り込む。
それどころか両手で丸を描くではないか。俺も深雪も反応できぬうちに。
紅色の月明かりが博士を突き抜ける。
紅月である夢月が得意げな顔を向ける。
外見が変わらぬままで櫛引博士が嘆息する。
深雪が御幣を祓う。水着姿でもだせるのか。
結界に閉ざされた櫛引博士を暗い靄が包んでいく。
俺はなにもしてない気もするが気にしない。とにかく終わりだ。ほぼ終わりだ。あとは弱った魔女に俺を俺に戻してもらう。そして東京に帰る。夢月と……。
桧は?
俺たちはどこかの北国から時空移動する。藍菜がモスプレイを解除していたらどこかの空に現れるが、全員飛べるから心配ない。というか、しっかりと慣れ親しんだ機内へと現れた。
与那国司令官とアメシロしかいなかった。三人を見てぎょっとする。
不吉すぎる予感がした。
えーと。だからこそ、夏目藍菜に従ってきたわけだけど。
みんなのために俺は真心こめて言う。司令官は振り返らない。
俺の嘆願に、与那国司令官が振り返る。
夏目藍菜である与那国司令官がぽつり言う。
与那国司令官がモスキャノンのボタンを押す。