不快です! この男を帰らせてください。さもなければ――
出雲と呼ばれた三十半ばの女が立ちあがる。その手に端末が現れる。
落ち着いてくれ。
……この後は別室で食事会の予定だったが残念だ。相生君ならばこの仕打ちを誤解することはあるまい。あらためて君と親睦を深める機会を設けよう
お前は好きにしていいが顔色が悪いぞ。
今後はその姿で精神エナジーを高位エナジーに転換できないから、気を引き締めるようにな。戦いも夏目司令官のもと、変身でなく転生だ
女性店員に見送られる……。
エレベーターの前で肩が触れる。
柚香が口もとを押さえる。……魔法で染めた髪が黒く戻っている。二度殺される代わりのペナルティが、こちらも早々に現れている。
俺はようやく声をだす。
俺だって、なんてことになってしまった。もう大学にも行けない。岩飛とも湖佳とも同室にいられない。会える女性は、母親、赤ちゃん、お婆さん、夢月、藍菜、蘭さん、千由奈、桧ぐらい、それと芹澤か……。
大丈夫。私は負けないから。私の特性が雪割草と蝙蝠なんてちっぽけだからだ。……生身で魔法が使えなくなったって平気だ
柚香は必死に笑いかけようとして、壁にもたれる。その手にスタンガンはもう二度と現れない。
駅前で竹槍を持った女たちに囲まれる。さすが東上線。池袋線沿線では考えられない。
あなたたちは勘違いしています。この人は誰よりも優しくて強くて頼りになる人。他人よりもおのれを犠牲にする人です
し、しっかりと目を見れば分かります。私が証拠を見せます
よくない。……ここで離れたら、もっと弱くなった私は、もう二度と智太君と顔を合わせられない。夢月に取られる。
そんたのは嫌だ!
槍ぶすまの中、ぐしゃぐしゃの柚香が俺の胸にもたれる。必死に俺の目を見て、背伸びする。目を閉じて、彼女の唇と俺のが重なる。
彼女が目を開ける。俺をじっと見て、
これが証拠だ! 人の内面を見る心があれば、その人に唇を許せる。体だって許せる。
欺瞞しか見れない連中は立ち去れ!
初めて会ったころより、ずっと格好よくなったよ。中も外も素敵だ。へへへ
俺の目を見つめながら笑う。
彼女は俺を信じている……。
蘭からメッセージが来た。この処分で済んだのだから感謝しろだって。蘭も魔法はもう使わないって
彼女がへこたれない目を向ける。その手に雪月花の端末が現れる。
これは持ち続けろだって。だから私は変身も転生もできる。ざま見ろ!
“真壁の特性は、“
城壁”と“
鉄槌”と“
律”。その一文字は原理主義ではない。でも精神エナジーを律する。
精霊の盾も変身も自在に解除できる。
敵を離脱させることなく生身で目の前に晒せられる。今までは、大司祭長は傍らから離れさせなかったけど”
柚香はエナジー銃を受けとる。高圧電流が流れなくてよかった。
手を振る柚香が駅構内に消える。俺は申し訳ない心いっぱいで駐車場へ向かう。
不穏な空気。赤い大型バイクの横に黒い大型バイク。
不穏な空気。誰もがそわそわしている。みんながちらちら見る先に、フルフェイスのヘルメットを抱えた竹生夢月が電柱にもたれていた。紅色のポロシャツに白いチノパン。赤茶色のストレートロング。
新宿の十三夜を怒っていた? 蘭から聞いたけど、怪我人は布理冥尊だけだから大丈夫だよね?
俺の言葉に夢月はちょっとだけ安堵する。でもまだ緊張したままだ。
何か言いたげに、夢月が黒いバイクにまたがる。赤いヘルメット。
二人は連なり発進する。
どちらも無免許運転。悪かもしれないけど、それはそれに従う人から見ればだ。
俺たちは人のため身を削る戦士なのだから、おのれの正義を貫くならば、それが正しいと信じるならば、ちっぽけなルールなど守る必要ない。おおきな囲いに覆われる必要もないかもしれない。
春木千由奈のように。
肯定などしないけど、くそ本部を捨てた焼石嶺真のように。
二台は都心を縦断して蒲田の町へと入る。
二人は歓楽街のホテルの前に立つ。柚香への申し訳ない心でいっぱいだ。
夢月は青白い顔でうつむくだけだ。ふだんは大口を叩くのに、いざその時になれば度胸がない。
暗証番号式のルームキーで開錠される。俺も初めてだけど、想像より落ち着きすぎている部屋。つないだ手越しに、夢月の怯えた鼓動を感じる。
車椅子の初老の男が待っていた。パリッとしたシャツ。白髪で小柄。手にした本を閉じ、眼鏡の奥から鋭く俺たちを見る。