06 お見舞いで「初めまして」
文字数 2,835文字
参謀である同窓生と話しても、夢でなかったことが確定しただけだ。いまの自分の身になんら変化がないので現実感ないのは当たり前だが、それより報酬ってなんだろう? それを受け取れたら一気にリアルになるのに。やっぱり現金が嬉しいよなって思う程度の正義の味方だ。
学校では、同じクラスの女にいきなり話しかけられた。昨日の今日だからさすがに怪しすぎる。完全に無視しておいた。昼飯も自腹で済ますことにした。
俺の学生生活で起きることなんてこれくらいだ。
茜音は西新宿の地下鉄改札で待っていた。紙箱を持っている。
俺は彼女の前にまわりこむ。
聞いた話と違う。それだと危険すぎる。もしレッドが死んだら死ぬのか?
私たちと違い、向こうの幹部クラスは生身の姿でも精神エナジーを鎧としてまとっている。『精霊の盾』と呼ばれている。大型トラックで轢いたり銃口をくわえさせて撃ったぐらいでは死なない。騒ぎにならぬように幻覚を見させるだけ。身体能力は人のままで特殊攻撃も出来ないけど、隠し持つマントで体を覆えばいつでも変身できる。
だから一般人の姿で現れる敵には注意して
彼女は慣れた動作で受付を済まし、エレベーターの階ボタンを押す。何度も来ている感じだ。
エレベーターには人がたっぷりと乗りこんだので会話はしない。……緊張してきた。数分間だけ死線を共にした女の子の、本当の姿との初対面が病室へのお見舞いなんて。
小児病棟の階で止まり、俺たちだけが降りる。
幼い笑い声がどこからか聞こえる。咳きこむ声も聞こえる。
部屋には『
パジャマ姿の男の子がベッドで漫画を読んでいた。中学二年生と聞いていたけどそれでも小柄だ。
スパローピンクみたいに微笑む。
隼斗からの質問に一つ一つ答える。広がりのある話がない。どこかで子供の泣き声がする。
俺から聞くことなんて……。
「いつから病気なの? 重い病気なの? ずっと病室なの? ……スパローピンクになんかなって大丈夫なの?」
山ほどあるけど、痩せて青白い子に質問できない。
うん。昔みたいに強い敵を倒せば、また退院できるかも。
僕は子どもの頃から血液の病気なんだ。去年の夏に重くなったけど、たまたまモスガールジャーに召集された。
僕への報酬は“健康”。勝ち続ければ、この姿もスパローピンクぐらい元気になれるかも
町田さんとは専属看護師の名前だ。彼女には、隼斗が夜にいきなり外出することを、金を握らせて口止めさせてあるそうだ。彼女とシフトを組むもう一人の看護師にも。
五時から主治医と三人で面談というので退室する。町田さんは部屋のすぐ外で待機していた。
お辞儀を繰りかえす母親に見送られる。
思わず彼女に顔を寄せてしまう。ここまでの事情を説明もせずに連れて来るなんて悪趣味すぎる。
それには気づいていた。あの子は自分の病気を多く語らなかった。ただ、今まで経験した戦いを、目を輝かせながら語りだそうとした。そのたび茜音に止められた。
壬生隼斗はスパローピンクこそ本当の自分と願っているのかも。
ドアが開いた。密室で顔を寄せあう若い男女を見て、看護師が何事だという顔をする。俺たちは無言で横をすり抜ける。
茜音が鼻をすする。エレベーターに乗りこむ。
俺はなにも言えない。覚悟が深まるだけだ。
職員は三階で降りて二人だけになる。なのにどちらも口を開かない。
茜音が天井を見つめる。白い光が渦巻いていた。
召集だ。
光はあっという間に俺たちを包む。俺を心配そうに見る茜音が薄らいでいく。おそらく俺も。
さっそく呼ばれて感謝する。俺こそ向かいたかったところだ。おそらくスパローピンクは現れないし、来るまえにスカシバレッドが終わらせてやる。