09 冷血、狂血、紅蓮
文字数 4,651文字
さすがに泣かれたら殺せない。でも捕捉具を転送してもらえない。
女エリートが慌てて立ちあがる。
雨は小降りになっている。傘をさす人も、信号待ちの車の運転手も、俺たちに興味を示さない。ここは外からは見えず、中からは逃れられぬ檻の中。
俺の前を手をあげて歩きながら、佐井木のおばちゃんは喋りつづける。
幹部は殺されると精霊の力が失われる。一兵卒になってしまう。レベル100を越えていれば近衛エリートや幹部補ぐらいにはなれるが、それとて見てのとおりにコマ扱いだ。
ここから力を取りもどすのは容易ではない。だから私らは基本逃げる。無理ならば降伏する。
しかしあなた様は、ここまで誰も捕虜にしてないよね。たこ焼きランドの噂も流れている。だから、血も涙もないコールドレッドと呼ばれだした。
私を二度も殺さないよね。おそらく今度は中級だ。下手すりゃ精霊の記憶もない猿になる。
心を入れ替えるから、私もテロリストに加担するから助けておくれ
上級戦闘員以上を連行してもポイントに変わりないのは知っているけど、中級以下の戦闘員は倒されると悪しき心が消滅するのだろ? 本部で再教育されて善の心を芽生えさせるより手っ取り早いだろ? 感謝されてもいい話なのに、それをコールドレッドとは……。
スカシバレッドを冷血扱いしやがって。
シルクイエローは深雪によりすでに復活していた。近衛エリート二人が手を首のうしろで縛られてうつ伏せにされている。
巨乳イエローが微笑む。モスウォッチと通信を始める。やっぱりこの人は強い。
一段落して思えば、昨日から雪と月と一気に近づいたよな。ついに雪とはともに戦ったわけだし。白巫女と黒神子それぞれの写真を撮らせてと言えるほどの仲ではないけど。
昨日の朝までの俺の脳内において女の子が占める割合は。
スカシバかわいい 50%
柚香かわいい 10%
深雪かわいい 15%
夢月かわいい 15%
桧の将来の彼氏が心配 10%
スカシバかわいいけど俺だし40%
柚香こそかわいい 30%
深雪かわいい 15%
夢月かわいい 5%
桧の将来の彼氏が心配 10%
スカシバかわいいけど俺だし40%
柚香こそかわいい 35%
深雪は柚香に統一 一%
夢月なんだかんだかわいい 35%
桧の将来の彼氏が心配 10%
と、まさかの120%になってしまった。
それが今は。
スカシバ、ちゃんと聞いていますか?
三体とも本部に連行することになりました。屋上からモスプレイに乗せます。ブルーは忙しいようで召集しても現れません。なのでレッドは、私を運ぶのを含めて四往復しないとなりません
……地面からの声。アスファルトが盛りあがり――爆発する。
ドガアアアアン
軽自動車も高級外車もみんな吹っ飛ぶ。俺も吹っ飛ぶ。
地面の穴には闇がとぐろを巻いていて、バットの太さもある白い牙がいくつも生えてきた。スカシバレッドを狙ってくる。七本!
深雪の悲鳴のような声。
本当の悲鳴は瞬時に途絶える。
ビルが崩れかけている? とてつもない粉塵の向こうにも、極太の竹のような白い牙が生えていた。その先に腹を貫かれた深雪が見えた。
また一本が深雪に突き刺さる。
牙は彼女を刺したまま地中に戻ろうとする。
ただただ忿怒。
俺は降りそそぐ瓦礫の中を飛ぶ。牙へとソードを交差する。飛ぶ斬撃は跳ねかえされる。
別の牙が俺へと地中から生える。蹴り飛ばす。
深雪が地面にと、口を開けた闇へと飲まれかける。彼女を引きずりだす。宙に戻る。
蒼白な深雪を抱え地面をにらむ。……禍々しい気配が地中深くから噴きあがる。
野生の感が訴える。こいつは戦ってはいけない奴だ。
柚香を連れて逃げろ!
雨あがりの空へと飛ぶ。マンションが20度ほど傾いている。
スカシバレッドは闇に押し戻される。……これは暗闇の檻。閉じこめられている。
暗黒から真っ黒の大蛇が現れる。三頭。
空飛ぶ蛇が俺へと口をひろげる。スカシバレッドはたやすく避けるけど、腕に痛みを感じる。真っ黒な小蛇が噛んでいた――。痛!
後頭部に鈍器に殴られた衝撃。
浮かぶ大蛇と無数の蛇。飛びまわる亀……。
深雪を抱えたままエナジーを放つ。でかぶつ以外の爬虫類どもが消滅する。……体がしびれてきた。さっきのは毒蛇かよ。
彼女が目を閉じる。スカシバレッドは地面を見る。闇が渦巻いていた。牙がいくつも待ちかまえている。
毒がまわって手に力が入らない。それでも抱えてやる!
スカシバレッドは消えそうな深雪を叱咤する。
スカシバレッドは深雪へと顔を寄せる。彼女へと唇を合わせる。
柚香の八重歯。
深雪はあの子の毒を消す。代わりにあの子のエナジーを吸いとる。毒が抜けても力が抜ける。それでも俺は戦える。
柚香を守る!
なのに闇の檻は狭まっていく。
四頭目が足もとに現れる。暗闇に押されて逃れられない。蛇は俺をくわえて、地上の暗黒へとうねる。主のもとへ。
俺だけじゃなく柚香も一緒に。
残りの蛇が寄ってくる。
空の闇に押される。地面の闇に吸いこまれる。そこへと身構える。
スカシバレッドは覚悟する。刺し違える。
柚香だけは生かす。
スピネルソードが魂のように燃える。
エナジーソードか、恐ろしいことだ。足半分を喰いちぎられ、なおも紅蓮の炎を燃やせるとは、もはや
二人ともいただきたいが、闇の結界を割られた。私はまだ紅月照宵に勝てない。
はやくお前を食いたいな。
あの娘を一気に追いこせる。ふふふ……。
地面からの笑い声が遠ざかる――。
世界が明るくなる。雨あがりの空気がよみがえる。
灼熱のごとき怒りを感じた。
俺は空を見上げる。太陽を浴びた紅月がミカヅキに乗っていた。かぐや姫の姿。
その黒髪へと唇を当てる。
深雪が消える。お蘭は俺を見る。
紅月、地面にまで追うな! それより、人々の記憶をまとめて消せ。加減してな……やっぱり私がする。
代わりに電波を盛大に歪ませろ。撮影している奴のデータを壊せ。スマホを弄るのは得意だろ
スカシバレッド、気を抜くな!
お蘭がさらに強く俺を抱く。
この子のぼろぼろの体が裸になり胸がなくなり、相生智太の服に包まれる。力が抜けて、背後の深川蘭に寄りかかる。いつもはベッドに直行なのに……。
蘭さんは言うけど意味不明だ。眠いというか横になりたい……。
忘れていた。というか、柚香しか考えていなかった。