23 青い月赤い月
文字数 2,571文字
私は体に力を込める。メイド姿から変わらない。なのに力がみなぎりまくる。かってに体が浮かぶ。青く光る。
それを浴びたスキンヘッドたちが溶けていく。
諏訪とかいう男が睨む。その手にレモンカラーのマントが現れる。
熱田とかいう女の手にもダークグレーのマントが現れる。
湖佳と岩飛さんに言い、手に矛を現す。
諏訪が瑞々しい半裸になる。その体に力を込める。
熱田がダークグレーのドレス姿になる。その体に力を込める。
ビキニの岩飛さんがアナグマを抱える。
ベランダに向かい、飛んできた汁に足を滑らす。
音楽室の肖像画みたいな白いカツラをかぶった黄色いオットセイが現れる。顔は諏訪のまま。
巨大なダンゴムシの化け物も現れる。触手みたいな足がうにょうにょ。
おぞましすぎる姿。桧は卒倒しかける。でも……私はローリエブルーだ!
ローリエブルーが青龍偃月刀を振るう。青い三日月を幾多も飛ばす。
アツアツダンゴが背中を向ける。斬撃はすべて弾かれ落ちる。その背中が燃えだす。
アツアツダンゴが丸くなる。そのまま後転してジャンプして、ローリエブルーに向かってくる。
ローリエブルーは青龍偃月刀で迎え撃つ――
レモン汁が飛んできた。浴びた矛が溶けていく。
目のまえには燃えたおっきなダンゴムシ……。
ローリエブルーはバウンドして天井を突き破る。
トドほどもあるオットセイがヒレのような手を向ける。
ローリエブルーの体が引っ張られ、テーブルを破壊して床に押さえつけられる、ひれ伏すように。
火傷した。背中もおなかも滅茶苦茶に痛い。立ち上がれない。立ち上がりたくない。仰向けになるのが精いっぱい……。
燃えるダンゴムシがジャンプした。真上で静止して回転速度を増している。じきに私へ思いきり落ちてきそう。
巨大なイワトビペンギンが、突き破った天井から見おろす。くちばしから雪をたっぷり飛ばした。ダンゴムシに当たって弾かれて、じゅうじゅう溶ける。
ダンゴムシは燃えたまま。私の動体視力でも視認できないほど回転していく。
立たないとだめ。
負けたら負けだ!
立ち上がれ!
ローリエブルーの手に再び矛が現れる。燃えるダンゴムシをにらみながら立ち――。
海獣の声とともに、体が床へ大の字にへばりつく。
燃える巨大ダンゴムシが私へと――
紅色の光が通勤準急みたいに横たわる私の上を通過していく。
部屋がなくなった。ダンゴムシも。
夢月さんは制服姿でへたりこんでいた。生身で月明かりをだした? 彼女は立ちあがる。レモン色の海獣を睨む。
カツラをかぶったオットセイが夢月さんと向かい合う。
夢月さんが必死に叫ぼうが、私は横たわるだけ。……何なの私?
一度聞いただけでは覚えられない名前のオットセイが、夢月さんに這っていく。私は床に打ちつけられたまま。蒼白の顔の夢月さんはにらむまま。……この人はさっきまでベッドでうなされていた。そんな体でなおも戦っている。私よりずっと苦しいはずだ!
立ち上がれ、私!
なのに体が動かない。
ペンギンから黒ビキニに戻った岩飛さんがつぶやくけど、それって何?
夢月さんはキッチンへと後ずさりする。いまにも崩れそうな足取り。私は見ているだけ。岩飛さんがやってきた。
ダメだよ。言いたいのに口が開かない。
岩飛さんが涙を流しながら私を抱こうとする。
夢月さんの怯えた涙声。追いつめられている。
私のせいだ。弱い私が化け物を怒らせて、みんなを道連れにした。
起きあがれ! 立ち上がれ! 刺し違えてでも、化け物を殺せ!
心があがいても体は動かない。悔し涙も流せない。