落窪一朗太が落ちくぼんだ目で安堵する。レジスタンス出身の本部の方々は相生たちを許してくれる。指令に従わぬ夏目も許される。怒りに任せて宗像に従い、城やドームを破壊した穂村という女の子さえも。
『霧島は俺より後輩だからな。あれは天罰だと言ってやった。ほかの人にはさすがに言えないが、まあ納得してくれた。……納得するしかないけどな。
後腐れない連中だから案ずるなよ』
『俺とアグルは相生を信じている。あのぼーとした面こそが正義だ。
……亀の隊長から端末が消えたと連絡があった。俺もアグルもだ。つまりもうすぐだ。もうすぐ相生が終わらせてくれる。
そしたら落窪さんに俺の本名を教えられる。三人で都内で飲もう。相生は抜きだ。シルクイエローもな』
落窪一朗太は広尾に一人でいる。あの方が戻ってきたのを見届けたら、私の役目は終わりだ。思い浮かべていたのと違う結末……自分のみそぎは終わらない。これからは彼女に頼らず償いを始める。……徒歩での四国霊場巡りなんていいかな。春には一周を終えるかな? 大塚美術館、土佐のカツオ、道後温泉、うどん……。
宮崎沖に漂う巨大ペンギンは結界に守られている。遠くに灯台が見える。あの下で野生馬たちは眠っているのだろうか……。
あの兄妹は、戦闘力の低い私たちを置き去りに怪獣と追いかけっこを始めやがった。
夜闇の結界がサーモンピンクの光線を弾く。これ以上近づけない。
宗像め、その色は私と隼斗君の色なんだよ!
当然だろ?
結局お前がワイルドカードだった。お前を手にしたものが勝者だった
兄を盾にするピンク色のカピバラは、私たちよりいなくなった二人を気にしていた。それ以上に空を気にしていた。モスキャノンを…………
青白い光が戻ってきて、ハウンドピンクは脱力しかけてしまう。
ブルーが来たらハウンド様の力はかき消されますよね? だったら私たちは立てこもるだけですか?
ハウンドは足もとをにらむ。特殊攻撃系の宿命。強い敵には無力で、仲間を回復するだけの存在に落ちる。
援軍は必ず来る。それまでローリエが耐えれば、私たちの出番もある。
機会を待とう。それまで耐えよう
湖佳の意見に従いたいけど、おのれの築いた夜闇の結界が薄らいでいくのが分かる。宗像の光線は結界を齧る。じきに晒される。
私は待たない。
トビー、海に潜れ。水中からブルーを援護する
そうだね。お兄さんを奪還しよう。そうすればローリエは心置きなく刀を振るえる。
私に任せて
参謀がさりげなく作戦をアレンジする。 ハウンドは信頼をシンプルな言葉にする。
もしここが宮崎沖だったら、あの灯台は都井岬かな。俺は現実逃避的に考える。
振り返ればブラックホール。吸われまいと必死に飛ぶ。
海竜は全長二百メートルを超えた。龍になった俺よりでかい。原理を授かったハデスブラックが一口サイズといえば分かりやすいかも。しかも海竜のくせに空を飛ぶ。
でかいは強い。龍は圧倒的な体格の違いで、敵を圧倒してきた。圧倒が重なろうが二重表現だなんて思わないし、奴を倒さないとならない。なのに体に力を込めようとする途端に暗黒に吸われる。俺のが早いのに、すでに背後10メートルに追いつかれている。
浮かぶ巨大カピバラのレーザー光線を受けて、ローリエブルーは叫んでしまう。
こいつは強いな。そのくせ人質を盾にする。千由奈の兄さえいなくなれば……。同年代の男子が私へすがる目を向けてくる。さっきまでは殺してくれと絶望の顔だったのに。
私は闇を照らすために現れた。終わらせるために現れた。布理冥尊の後継者なんかじゃない。すべてを終わらせる! だから待つ……でも待つのは苦手だ。 だから試しに叫んでみる。
精霊の名前も人の名前も忘れたけど! 人質を解放して私と一対一で勝負しなさい!
カピバラの口からレーザー光線が飛んでくる。ローリエブルーは刀を振るい打ち消す。やっぱり無理か。……もう待てないよ。
猟犬がいるから離脱できない。お前は兄を助けに行くべきではないか? あの子は強いぞ
あの子は博士が作りあげた存在だ。精神エナジーを用いれば、新たな生命体さえ作れる。
……博士は私を選んだ。私が裏から世界を制する
いきなり声が聞こえて、ピンクのカピバラもローリエブルーものけぞってしまう。
……パックか。斥候しかできぬお前は焼石とともに大司祭長の看病をしていろ。
当初の精神エナジーは闇に閉ざされた原理主義からいただいた。……永遠の闇から抜けだせたのだから感謝されるべきだ。奴らは実体が朽ちようが永久に苦しまないとならなかった
あなたから虚勢を感じます。
追いつめられたのが分かっているならば、降伏しなさい。廃人にまで追い込みません
それはお前たちだろ。いずれブラックホウルスが戻ってくる。
だが、お前はうるさいから消す
海から夜が飛びだした。まとわれた夜闇の結界がレッドタイガーソードで切り裂かれる。クロハネが現れる。
レイヴンレッドがカピバラの腕を斬るなり、兄を奪還して空を目指す。
敵に背中を向ける無謀な作戦。想像していたこの人の戦いぶりと違う。
カピバラの口からレーザー!
クロハネを突き抜け、レイヴンレッドをも貫く。
浮上したペンギンが叫ぶ。
その背でハウンドピンクが叫ぶ。
両親が授けてくれた動体視力。ローリエブルーはそのすべてをかわす。
至近へ飛び、哀しみを帯びた青龍偃月刀で、カピバラを一刀両断に――。
海に落ちかけてその首をつかまれる。鵺であるカピバラに掲げられる。
ハウンドがお兄さんの確保に成功。……どうする?
奴は私たちがローリエブルーを撃てないと思っている
(まだだな。もっと弱まれ。エナジーを放出してからだ。
状況打破に歩を進めるか)
さっきの話を聞いてないのかよ。全員150未満だぞ。即座に死ぬぞ
……木畠と司令官ごめんね。やっぱり私はモスガールジャーじゃない。雪月花だ!
陸奥が夢月へと抱きつく。二人は裸になって、夢月が紅いスク水と変わる。陸奥も――白黒モノトーンの水着姿になる。
脇も太ももも露出されない超越レトロスタイル。嘘丸出しに盛った乳カップ。頭には水泳キャップ。
かわいいよ。深雪に似合っている。じゃあミカヅキ! 月の引力!
ちょーちょー待って。ハッチを開けるから、ほら開けた
レトロ水着女とスク水女が紅色のエアサーフィンボードに乗り宮崎沖へと飛んでいく。
(ほら茜音っち。歩を動かしたら飛車角が飛んでいったよ。あの二人が、フィナーレにケツを向けるはずない)
(いつまでも月と雪にいられるのは面倒だったからね)
なんだあのピンクの光は……。か弱き正義をかき消す邪悪な光。スカシバレッドは慄然としてしまう。
兄であるスカシバレッドは、仲間を守るために全身全霊で叫ぶ。
すぐ後ろで化け物の声がした。
お兄ちゃんの声が聞こえた!
だから全身全霊でかき消してやる! 捕まっていようが、敵のレベルいくつであろうが、かき消してやる!
ローリエブルーの発光が都井岬さえも青く浮かびだす。野生馬たちの嘶きが聞こえた。
至近の光に目を焼かれたフライングオークローズナイトがローリエブルーを手放す。
邪悪なピンクが消え、モスの三人が合流する。
光線に体を貫かれ波間に浮かんでいたレイヴンレッドが顔をあげる。
レイヴンレッドが自力で空へ浮かぶ。
獣人と化し、宗像の精霊へと向かう。
スパイラルレインボー!
スパイラルレインボー!
スパイラルレインボー!
レベル250越えにはか弱い光。カピバラが三人へと口を開く。
だとしても。
獣人であるレイヴンレッドがその前に立つ。赤い大きな爪でカピバラの顔を切り裂く。
カピバラが海面に落ちる。
レーザーを全身で受けとめたレイヴンレッドが空を見上げる。かすむ目で月を探す。
違うけど、体を張ったこの人のために、相生桧は青龍偃月刀を振るう。
私には分かる。焼石さんこそ善だ。布理冥尊だろうが善だ。……最強の女子五人。なにかが違ったらこの五人でチームを組んでいた。そしたら岩飛さんを雪にして、花鳥風月雪とか……語呂が合わないよ。だからやっぱり私はただの相生桧だ。だからだから。
哀しみを帯びた青白い光で両断されて、鬼天竺鼠であるフライングオークローズナイトが消滅する。その精神エナジーも微塵も残さず消滅する。