カバー下 正義の心
文字数 1,834文字
コートの襟を立てて二十三時に帰宅するなり、マンションの玄関で拉致された。俺は背丈も武道の心得もあるのに、まったく抵抗できなかった。
助手席には私服の男。車は首都高速に入る。
手錠をされた状態で考える。
猿ぐつわもされているので弁明できない。……目隠しはされていない。死人に口なしなんて言葉が浮かぶ。
大蛇のうねりのような光。ワンボックス車は乱暴に止まる。車内がきな臭い。男たちが外に出る。俺も引きずりだされる。
運転手が逃げ遅れた。直後に車は爆破炎上する。
その光に照らされて、4メートルほど上空に女が浮かぶのが見えた。
女は180センチメートルほどの背丈。ポニーテール。真冬なのに露出多めの紫色のコスチューム――。ライフル銃を持っている。
銃声もなく紫色の光が発せられる。
私服の男が巨大化していく。
女が銃を投げ捨てる。
地面に降りてきた女が俺の前でしゃがむ。
圧倒的美人。その手に注射器が現れる。
正義の心が発動した。
男として正義の発言。
俺に針を向けたまま、パープルバタフライの手がとまる。黒目がちな瞳が俺をにらむ。
私は中二から魔法少女をしている。高校時代までは違和感なかった。
だが……だったら『魔法女性』と呼びたいのか? ジェンダー差別だから『魔法使い』に統一しろというのか? それだって『二十歳を過ぎた女が魔法使いだって。くすくす』と影で笑われる。
ならば三十までは魔法少女を名乗らせろ!
彼女は俺を悪とみなしていない。それでも注射針を首の奥深くまで突き刺されそうだ。
そこまでの覚悟があるのならば、俺は義憤を捨てる。だが、じきにどこかの山村で風邪をひく。この人と二度と会えなくなる。記憶にも残らない。
露出した彼女に鳥肌が立っていることに気づく。自分のコートを彼女にかける。
パープルバタフライが俺を見あげる。自分より背高いことにようやく気づいたようだ。