31 本宮は地獄の上に
文字数 3,651文字
ふわふわのベッドの上に転送される。八畳ほどのピンク色の部屋。窓には桜色のカーテン。クマのぬいぐるみ。ニンテンドウなスイッチが机の上に……。
ハウンドピンクが俺を見つめる。
夜桜には性フェロモンが効かないから、アンチ性フェロモンも効かないと思うけど、念のため生身になるなよ。
ツインテールの女の子がふいに目をはずす。備えつけのクローゼットを開ける。
中から包みをだす。
お前が来なければ、私はこの部屋をでなかったと思う。
威勢良いことを言っても、泣いて過ごすだけだった。
本宮付き親衛隊のフロアは二つ下。私はお前に脅されて案内する。お前は私を脅して兄の形見を奪った。これに着替えろ
包みからは、緑色の迷彩服。エリート戦闘員のコスチューム。
言われたとおりにする。そもそも誰とも廊下で会わない……。ここは陸ではない。神奈川県ならば相模湖もあり得るが、おそらくは港に浮かぶ大型客船。謎に包まれていた本宮が明かされた。
狭い階段で二階下まで降りる。ドアが並びビジネスホテルのよう。初めて人に会う。私服の若い痩せた男だ。
ハウンドピンクは俺が変身できないことを知らないまま部屋に入る。
相生智太であるエリート戦闘員は、緊張しながらドアの前で警護する。……兄の形見と言ったな。誰に倒された? 生身の体もか?
彼女たちはどうしただろう。俺は心に雪月花を思う。端末には通知も着信もなかった。というか圏外。覚悟はしていたけど、助けは来ないし呼べない。
男たちがとぼとぼと戻っていく。
一人が立ちどまる。
現れたのはグレネードランチャーだった!
バゴーン!
反動はないけど、ド派手な音が廊下に反響する。
一人の顔面にクリティカルに直撃して消滅する。残りの二人の手にマントが現れる。
バゴーン! バゴーン!
連射機能の意味もなく、今度は思いきり外してしまった。天井に当たった弾は吸われたように消滅する……。二人はさらに体に力を込める。
ハウンドピンクに続いて部屋に入る。
窓もない殺風景な狭い部屋。机には『導きの経典』とかいうタイトルの本が一冊。それと写真立てがあるだけ。今よりもう少し幼い与謝倉と諭湖が海外らしき観光地で並んで笑っている。口を開けて笑っている。
よいしょと持ち上げようとしたら、軽々運べた。さすがエリート戦闘員な俺。
諭湖を抱えたままで言う。
ハウンドピンクがあんぐりと口を開ける。
兄の形見を受け取った与謝倉が言う。
つまり……柚香が変身するのに便乗して茜音も転生した方法。俺も経験あるけど。
俺は優しく彼女を背中から抱く。目はつぶり忘れたけど――。
桜色の光に包まれる。
などとソルジャーな俺は考えない。任務はあくまでも奪還。
つまり大分県。九州から飛んで帰るのはスカシバレッドでも自信がない。……おもいきりイレギュラーな変身だが解除できるのか? 相生智太に戻っても所持品は何もないぞ。
雪月花の端末があった。ミカヅキリムジンで快適に帰れる。安全なランドマークを確保したら連絡しよう。
最後に振りかえる。
ハウンドピンクは背を向ける。
スカシバレッドも背を向ける。眠る諭湖を抱え、別府温泉地獄めぐりへと降下する。ワニを見ていく時間はないけど。