柚香が花嫁へと駆け寄る。雪月花の端末を手に現し、司会席を睨む。
竹生夢月さん。余興の時間はまだですよ。それと、土の中奥深くからつけ狙う闇にも気を配るべきでしたね。
……雪月花の雪。二度食べ損ねました。また逃げますか?
コールドレッド。関東の破壊集団の主たる実行犯が勢ぞろいとは。
皆さん、先日の小田原城天守閣を破壊したのも都庁を攻撃したのも、この会場に場違いなこの子どもたちです
仮面ネーチャーの端末を手に、柚香の隣へと歩む。蘭さんの盾になる。
二人の前に吉原さんが立つ。
皆さん、トラブルが発生したようです。落ち着いて部屋から退避してください
ウワッ
髪型がツーブロックと化し、黒尽くめのスーツ姿になる。フロアが絶望の闇に包まれて、悲鳴がいくつも上がる。
再びの紅色の光。これぞ余興みたいなお祭り娘が現れる。
黒岩の体がフロアの底に沈んでいく。三日月状の光が床を削り消滅する……。
えーと。終わったらみんなの記憶を消すこと。それより、ハデスブラックは闇に閉ざされたのではなかったか? 何より変身!
柚香が叫ぶ。その体が装束に包まれて、白巫女が現れる。黒い光。黒神子と化す。
私たちは正義の味方です。あなたたちを守るから信じなさい
人々が殺到した入口に、フロアから巨大な牙が生える。また悲鳴。
三日月状の光が人々の間を縫う。牙だけを分断して消滅させる。
スカ、ぼーとしているな、蘭を守れ!
深雪はみんなをはやく逃がせ。
ハデスブラック、私とだけ勝負しろ!
スカシバレッドの全身から発する神々しいほどの破壊の光が、フロアから生えかけた牙を軒並み消滅させる。絶望の闇さえも消滅させる。
人々がパニック状態で室外へ逃げる。深雪がもみくちゃになる。
俺はウエディングドレス姿の蘭さんと吉原さんを外に導く。蘭さんが何かに気づき立ちどまる。
小学生の兄妹がしゃがみこんで泣いていた……。妹が逃げる大人に蹴られて転がる。
蘭さんが吉原さんの手を振りほどき、二人のもとに走る。
白い花嫁衣装が、巨大な黒い手に捕まる。
スカシバレッドも追おうとして。
やつれ果てた真壁律がいた。深雪が由香に戻るのが見えた。
でも俺はスカシバレッドのまま。
黒岩さん。いまの僕で通じたのは雪だけだった。
いまの僕でも、生身を傷つけるぐらいはできる
真壁律が柚香へと歩む。
その手にはナイフがあった。
魔法を使えぬ生身の柚香は強くはない。限りなく華奢なただの女の子――。
銃声。真壁律が倒れる。さらに銃声。
柚香の手にエナジー銃があった。
レベル190近いくせに、そんなものを持ち歩くのかよ……
精霊の盾を失った真壁律が消滅する。
白い光。深雪が再び現れる。
執務室長は完全に廃品か。挽回のチャンスはもうないな
蘭さんが闇に消えかけて、悪魔の手で苦しそうに呻く。
こ、来ないで。
この子たちが助けてくれるから、あなたも逃げて、お願い
無駄だよ。私は冥王星だ。闇こそが本性だ。月なき夜は我が配下だ。
貴様に殺されて、私の精神は閉ざされた。その闇は、揺りかごのように安らぎを与えてくれた。
ご覧の通り、いまだ私は闇の力に溢れている
泣きじゃくる小学生の男の子と女の子が消える。吉原さんも――。
気配!
ありがとう。“忘れ賜へ”で全員の記憶を消して、“眠り賜へ”をした。松の結界で五重に包んでおいた
竹生夢月よ。紫苑太夫を食われたくなければ、みずから首を斬って死ね
二人とも信じるなよ……。
お前らが死んだ後に、こいつは私と深雪を食べる。ウッ
悪魔がでかい口を開く。でかい牙がずらり……。牙に守られたひ弱な口腔が見えた。でも、まだその時ではない。
そしたら約束など反故にして三人でぼこぼこにしてやる。
五秒だけ待つ。二人は自ら命を断て。私は殺されても揺り籠に戻るだけだ。
はっはっは
人の話を聞かない悪魔がでかい声で笑う――。
野生の感を、はるかに凌駕する野獣。
振り向くなり、スピネルソードが緋色の三本の爪に飛ばされる。
三メートルほどの獣人であるレイヴンレッドが俺へと左手を掲げる。
ざくりと斬られる。
獣人であるレイヴンレッドが紅色の半月を避ける。月明かりを浴びた壁に穴が開く。通路を抜けて窓ガラスを溶かし外へと消える。
粉雪が降りだした。俺は温かい雪に包まれて結晶の中へと。鏡には生まれたままの姿のスカシバレッド――。
レイヴンレッド、お前がなんで来る? お前の任務は――
レイヴンレッドは俺たちに背を向けたまま悪魔へと歩む。
それに変更ありません。つまり、あの方はここにいらっしゃる
トオ!
レイヴンレッドが跳躍する。悪魔に飛びかかり、その手首を切断する。
紅月は素早い。瞬時に彼女のもとに飛んで抱きかかえる。
駄賃みたいに悪魔の鼻を削ぐ。黒い血が噴出する。悪魔は再び絶叫する。床に潜っていく。
ハデスブラック逃げられませんよ。やはり私を裏切りましたね
七十歳ぐらいだろうか。背高い。百六十センチ後半はある。薄手のベージュのコート。白シャツと赤い宝石のネックレス。灰色のだぼっとしたパンツ。手にはハンドバッグ。
淡い茶色に染めたミドルヘア。皺が目立つけど、それ以上に若々しい目鼻が存在している。上品なメイク。綺麗な顔。優しそうな顔――。こいつが百夜目鬼。
う、裏切るなど、私はあなた様のためにより力を高めようと――
ならば望みどおりに力を差し上げます。原理を授けましょう。永遠に精霊の姿で過ごしなさい