40 魔宴

文字数 3,217文字

蘭!
……。
 柚香が花嫁へと駆け寄る。雪月花の端末を手に現し、司会席を睨む。
竹生夢月さん。余興の時間はまだですよ。それと、土の中奥深くからつけ狙う闇にも気を配るべきでしたね。

……雪月花の雪。二度食べ損ねました。また逃げますか?

 黒岩がマイク越しに笑う。座ったままの俺を見る。
……。
コールドレッド。関東の破壊集団の主たる実行犯が勢ぞろいとは。

皆さん、先日の小田原城天守閣を破壊したのも都庁を攻撃したのも、この会場に場違いなこの子どもたちです

 俺は茜音に連絡する――。電波が歪められている。
守るぞ
ええ

 仮面ネーチャーの端末を手に、柚香の隣へと歩む。蘭さんの盾になる。

 二人の前に吉原さんが立つ。

皆さん、トラブルが発生したようです。落ち着いて部屋から退避してください

ウワッ

あなたも逃げて
 吉原さんの襟を蘭さんがつかみ、後ろに引きずる。
全員座っていろ
 黒岩が命ずる。その手に闇のようなマントが現れる。
ふふふ
ふふふ

 髪型がツーブロックと化し、黒尽くめのスーツ姿になる。フロアが絶望の闇に包まれて、悲鳴がいくつも上がる。

貴様らに教えてや――
せいや!
 再びの紅色の光。これぞ余興みたいなお祭り娘が現れる。
二十六夜!
ビュンビュン!
怖い怖い
 黒岩の体がフロアの底に沈んでいく。三日月状の光が床を削り消滅する……。
……。
 えーと。終わったらみんなの記憶を消すこと。それより、ハデスブラックは闇に閉ざされたのではなかったか? 何より変身!
スカシバレッド降臨!
早く逃げなさい
 柚香が叫ぶ。その体が装束に包まれて、白巫女が現れる。黒い光。黒神子と化す。
私たちは正義の味方です。あなたたちを守るから信じなさい
うわああ
きゃああ
 人々が殺到した入口に、フロアから巨大な牙が生える。また悲鳴。
二十六夜!
 三日月状の光が人々の間を縫う。牙だけを分断して消滅させる。
スカ、ぼーとしているな、蘭を守れ!

深雪はみんなをはやく逃がせ。

ハデスブラック、私とだけ勝負しろ!

清め賜へ、包み賜へ

 深雪が御幣で祓いながら人々を誘導する。


 気配!

スカシバーニングデストロイ!

 スカシバレッドの全身から発する神々しいほどの破壊の光が、フロアから生えかけた牙を軒並み消滅させる。絶望の闇さえも消滅させる。

うわあ、どけ!
わ、きゃっ
 人々がパニック状態で室外へ逃げる。深雪がもみくちゃになる。
急いで
気をつけて
ええ……



あぶない!


 俺はウエディングドレス姿の蘭さんと吉原さんを外に導く。蘭さんが何かに気づき立ちどまる。

うう、お父さん……
お兄ち、きゃああ

 小学生の兄妹がしゃがみこんで泣いていた……。妹が逃げる大人に蹴られて転がる。

 蘭さんが吉原さんの手を振りほどき、二人のもとに走る。

愚かだな
ああ…
野郎!

 白い花嫁衣装が、巨大な黒い手に捕まる。

 スカシバレッドも追おうとして。

お前たちを律する
!!!
 声へと振り返る。
え?
ヘヘ…

 やつれ果てた真壁律がいた。深雪が由香に戻るのが見えた。

 でも俺はスカシバレッドのまま。

黒岩さん。いまの僕で通じたのは雪だけだった。


いまの僕でも、生身を傷つけるぐらいはできる

……。

 真壁律が柚香へと歩む。

 その手にはナイフがあった。


 魔法を使えぬ生身の柚香は強くはない。限りなく華奢なただの女の子――。

邪魔するな!
ひっ

 銃声。真壁律が倒れる。さらに銃声。

 柚香の手にエナジー銃があった。

レベル190近いくせに、そんなものを持ち歩くのかよ……
……。

 精霊の盾を失った真壁律が消滅する。

 白い光。深雪が再び現れる。

執務室長は完全に廃品か。挽回のチャンスはもうないな
 巨大な悪魔がフロアから顔を半分だけ出す。
俺にソードを向けたら花を握り潰す。光を向けてもだ
スーパームーン、朔だ!
うん。朔!
うう
 蘭さんが闇に消えかけて、悪魔の手で苦しそうに呻く。
蘭!

こ、来ないで。

この子たちが助けてくれるから、あなたも逃げて、お願い

朔!
無駄だよ。私は冥王星だ。闇こそが本性だ。月なき夜は我が配下だ。


貴様に殺されて、私の精神は閉ざされた。その闇は、揺りかごのように安らぎを与えてくれた。

ご覧の通り、いまだ私は闇の力に溢れている

ざけんな、朔――
私じゃない! 月はその兄妹を守れ!
……朔!
うわーん
 
ひっくひっく
 
蘭……
 

 泣きじゃくる小学生の男の子と女の子が消える。吉原さんも――。

 気配!

スカシバーニングデストロイ!
 フロアに戻ってきた深雪へと伸びかけた牙を消す。
ありがとう。“忘れ賜へ”で全員の記憶を消して、“眠り賜へ”をした。松の結界で五重に包んでおいた
 黒神子が隣に来る。憂いはひとつだけ消えた。
深雪、どうするの?
すべては冥王が決める。
 巨大な悪魔が顔をすべて出す。
竹生夢月よ。紫苑太夫を食われたくなければ、みずから首を斬って死ね
え?
ふざけんな!
 レベルオーバーのスカシバレッドが浮かび上がる。
コールドレッドも死ね。俺が食い殺してもいいけどな
 悪魔が蘭さんを突きだしてくる。

二人とも信じるなよ……。

お前らが死んだ後に、こいつは私と深雪を食べる。ウッ

 身重な蘭さんは辛そうだ。躊躇などしていられるか。

私が犠牲になろう。

だから彼女を解放しなさい

 スカシバレッドは手からソードを消す。
ならば私の口に飛びこむがいい
……。
 悪魔がでかい口を開く。でかい牙がずらり……。牙に守られたひ弱な口腔が見えた。でも、まだその時ではない。
蘭さんを解放するのが先よ
 そしたら約束など反故にして三人でぼこぼこにしてやる。
五秒だけ待つ。二人は自ら命を断て。私は殺されても揺り籠に戻るだけだ。

はっはっは

 人の話を聞かない悪魔がでかい声で笑う――。

 野生の感を、はるかに凌駕する野獣。

焼石!
ビュン!
うぐっ
 振り向くなり、スピネルソードが緋色の三本の爪に飛ばされる。
……。
ザクリ

 三メートルほどの獣人であるレイヴンレッドが俺へと左手を掲げる。

 ざくりと斬られる。

ぐああっ
もっとわめけ!
ザクリ
うぐっ
 またもおまけみたいに裂かれる。
焼石め、二十三夜!
グルングルン!
ここで放つな!
 獣人であるレイヴンレッドが紅色の半月を避ける。月明かりを浴びた壁に穴が開く。通路を抜けて窓ガラスを溶かし外へと消える。
月明かり強すぎだ
ご免つかまつる
智太君!
 粉雪が降りだした。俺は温かい雪に包まれて結晶の中へと。鏡には生まれたままの姿のスカシバレッド――。
ふん!
 結晶をはじき飛ばす。休んでいられるか。
……すごいね。表面の傷はもう消えた
 白い深雪が黒い深雪に戻る。
レイヴンレッド、お前がなんで来る? お前の任務は――
ええ、私の任務は大司祭長の護衛です

スタスタ

 レイヴンレッドは俺たちに背を向けたまま悪魔へと歩む。
それに変更ありません。つまり、あの方はここにいらっしゃる


トオ!

 レイヴンレッドが跳躍する。悪魔に飛びかかり、その手首を切断する。
ぐおおおお!
ああっ
 悪魔が絶叫する。蘭さんが地面に落ちてうずくまる。
蘭!
 紅月は素早い。瞬時に彼女のもとに飛んで抱きかかえる。
この野郎!
ぐおお……
 駄賃みたいに悪魔の鼻を削ぐ。黒い血が噴出する。悪魔は再び絶叫する。床に潜っていく。





ハデスブラック逃げられませんよ。やはり私を裏切りましたね
 ホールに女性が入ってきた。
……。
……。

 七十歳ぐらいだろうか。背高い。百六十センチ後半はある。薄手のベージュのコート。白シャツと赤い宝石のネックレス。灰色のだぼっとしたパンツ。手にはハンドバッグ。

 淡い茶色に染めたミドルヘア。皺が目立つけど、それ以上に若々しい目鼻が存在している。上品なメイク。綺麗な顔。優しそうな顔――。こいつが百夜目鬼。

う、裏切るなど、私はあなた様のためにより力を高めようと――

お黙りなさい!

ビク
 百夜目鬼が片手を上げる。
ならば望みどおりに力を差し上げます。原理を授けましょう。永遠に精霊の姿で過ごしなさい
そ、それだけは……
原理を()の身に
あ、ああ……
 ハデスブラックの絶望の声が地に響いた。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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