第1話 帝都襲撃 Ⅴ

文字数 3,228文字

 皇帝の寝室で、最後まで忠義に生きた騎士が、すべて魔女に斬り殺された。
「愚かな。立ち向かってこなければ、見逃してやったものを……」
 魔女は血塗られた剣を鞘に戻しながら、皇帝に殉じた騎士たちを嫌悪した。
 そこへ、何者かが近づく足音がする。部屋の前で止まると、ドアが開いた。
「なんだ。やっぱり、ファストラーデが一番か……」
 入ってきたのは、左目に銀の眼帯をつけた斧と楯を装備した少女だった。
 市中での戦闘はほぼ終わっていた。騎士団は壊滅し、巻き添えをくって息絶えた市民の遺体の上を、目覚めたばかりのカラスが飛び交っていた。
 銀の胸甲の魔女は振り返って答える。
「リントガルトか。一足遅かったな。お前は二番だ」
「違うよ。三番目だよ」
 眼帯の少女が否定して指をさすと、胸甲の魔女は差された方向へ顔を向けた。
「……シュティルフリーダ、いつからそこにいた?」
 寝室の隅に、銀のマスクをつけた背の高い女が立っていた。
 マスクの女は答えず、静かに佇んでいる。
「相変わらず無口だね。それより他のみんなは?」
 眼帯の少女が訊ねた。
「まだ来ていないが、戦闘はあらかた終わっている。間もなく集まるだろう」
 胸甲の魔女が答えると、眼帯の魔女は「ふーん」と答え、椅子の上で亡くなっている男に視線を向けた。
「そこで死んでるのが皇帝?」
「そうだ」
「へー……皇帝って、こんな奴だったんだ。もっと、レムベルトみたいなひ弱な奴を想像してたのに」
 魔女はジークブレヒトの顔を覗き込むと、白けたように呟いた。そこへ、寝室の窓が外から開けられた。
「あれ、もう終わっちゃったの?」
 背中の白い翼を折りたたみ、銀の糸を織り込んだ衣をまとった幼顔の少女が入ってくる。
「スヴァンブルク、ご苦労だった。お前が外の兵隊を引きつけていてくれたおかげで簡単に侵入できた。怪我はしなかったか?」
「うん。大丈夫」
 胸甲の魔女が労った。銀糸の幼女は小さく頷いた。
「これで四人か。五番目は誰かな?」
「わらわじゃ」
 眼帯の少女に答えたのは、銀の指環をはめた魔女だった。遅くなったことを省みる素振りもなく、部屋へ入ってくる。
「ずいぶん手こずってたみたいだね、ラウンヒルト。あんなに自分が一番だって言い張ってたのに」
「手こずってなどおらぬ。頑迷な兵士の口を割らせるのに時間がかかっただけじゃ。兵士を殺した数なら、わらわが一番じゃ」
 ムキになったように言い返した。
 さらに、廊下に車輪の転がる音がする。
「ハァ、やっと着きましたわ……あら、みなさんお揃いでしたの?」
 銀の靴を履いた少女が、車椅子に乗ってやってくる。胸甲の魔女は、彼女に謝罪した。
「済まなかった、ヴィルルーン。車椅子のお前には、少しルールが厳しかったようだ」
「そんなこと、ありませんわ。帝都の舞台で存分に踊れたのですもの。わたくしは満足していますわ」
 銀の靴の少女は澄まして答えた。銀のマスクの女が、車椅子を押してやる。
「これで六人そろったね。っていうか最後はやっぱりあいつか」
 最初から想像していたように眼帯の少女がいった。
「リッヒモーディスのことだ。ここまで来ずに、途中で飽きて帰ったかも知れんな」
 胸甲の魔女がいうと、隣室に繋がる扉が開いて、金の頭髪に銀の髪飾りをつけた女が姿を現した。
「あいにくだが、ここにいる。お前たちのくだらん競争になど、付き合ってられるか」
 つんとした表情で答えた。胸甲の魔女は苦笑する。
「ともかく、全員無事に皇帝の部屋へたどり着けたか。我らの力を試すうえでも、充分な成果を上げることができた。みんな、よくやってくれた」
 魔女たちは顔を見合せて、互いを認め合った。
「じゃが、わらわらの目的は、皇帝の命を奪うことだけでなく、もう一つあったはずじゃが?」
 指環の魔女がいった。
「そうだ。レムベルトが持っていた剣を探すんじゃなかったの?」
 眼帯の魔女がいうと、胸甲の魔女は手に持った剣を六人に見せた。
「それならここにある」
「えー、剣も、ファストラーデが見つけちゃったの?」
 不満そうに眼帯の魔女がいった。胸甲の魔女は否定する。
「いや、これはレプリカだ。皇帝が持っていたが本物ではない。こんな物で、わたしを脅そうとした」
「じゃあ、本物はまだ見つかってないんだね。今度こそ、ボクが最初に手に入れるよ」
 眼帯の少女がいって部屋を飛び出そうとした。胸甲の魔女がそれを止める。
「待て、わたしが考えるに、恐らく剣はここにはない」
「どうしてさ?」
「あればこんな物を使わず、本物を使ってわたしに挑んだはずだ」
「……そっか。じゃあ、本物のレムベルトの剣はどこに?」
「それはわたしにも分からない」
「殺す前に、訊かなかったのか?」
 金髪の魔女が訊ねた。
「訊ねはしたが、口を割るような男ではなかった」
「術を用いればよかったのではありませんか?」
 車椅子の少女がいった。
「それも考えたが、皇帝陛下に対して礼を失するようなこともできまい」
「殺す相手にそんな気遣いをしてどうする」
 呆れたように金髪の魔女が続けた。
「その時は、みんなで探せば見つかると思ったんだが……」
「相変わらず、行き当たりばったりですわね」
 車椅子の少女がいった。
「でも、ファストラーデらしい」
 窓枠に腰かけた翼の幼女が呟いた。
「じゃあ、どうするの? もう見つけられないの?」
「それを皆で話し合おうと思ったのだがな……」
 眼帯の少女の問いかけに、胸甲の魔女はさすがにまずかったかなと自省する。
「待たれよ。皇帝には皇后と内親王の小娘がおったはずじゃ。その二人なら、知っておるかも知れぬ。ただし、誰も害しておらねばじゃが?」
 指環の魔女がいった。
「ボクは殺してないよ」
 すぐに眼帯の魔女が答えた。
「わたくしも見ていませんわ」
 車椅子の少女がいった。
「空を飛んでたから、あたしも知らない」
 翼の幼女がいった。
「あたしも知らないねぇ」
 金髪の魔女が気だるそうに頭を掻きながら答えた。
「わたしもだ」
 胸甲の魔女がいった。
 六人の視線がマスクの魔女に集まる。口を閉ざしたまま、ゆっくりと首を振った。
「ということは、まだ二人は生きているということか」
 胸甲の魔女がいった。
「レムベルト皇太子の剣を持って隠れているのかもしれませんわね」
 車椅子の少女が答えた。
「じゃあ、もう一回競争だね。その二人を見つけた人が勝ちでいいよね」
 眼帯の魔女がいった。
「くだらん。これ以上、そんな遊びに付き合ってられるか」
 金髪の魔女は断った。
「わたくしも、もう踊りつかれましたわ」
 車椅子の少女も眠たそうに呟いた。
「どうするのじゃ?」
 指環の魔女が訊ねた。
「わたしはリントガルトと二人を捜す。他の者は好きにしろ。これは、我らに皇帝を殺めるよう命じたあの男の意志ではない。わたしの個人的な希望だ。皆に無理強いすることはできない」
「そうか。だったら、あたしは帰らせてもらう」
「わたくしとシュティルフリーダも遠慮させてもらいますわ。さすがに、少し眠くなってきましたので……」
 金髪の魔女と、車椅子の魔女と、マスクの魔女は辞退した。
「わらわは付き合うぞえ」
「じゃあ、あたしも……」
「なら四人で競争だね」
 指環の魔女と、翼の魔女と、眼帯の魔女は参加し、皇帝の妃と姫を見つける競争を始めた。


 かつて呪いの魔女に勝利した偉大な帝国の都は、再び現れたたった七人の魔女によって滅ぼされた。
 精鋭を誇った騎士たちは魔女に対して為す術もなく、英雄の孫である皇帝は殺害され、皇后と皇女は行方不明となった。
 夜が明けた時、人々を見守るはずの英雄像の瞳からは涙のような朝露が流れ落ちた。ルーム帝国の首都プライゼンは、朝焼けの中に息絶えた。
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