第20話 魔女っ娘★レーヴァちゃん Ⅲ
文字数 3,879文字
翌日。
ゴードレーヴァを乗せた馬車は順調に帝都へ向かっていた。
「久しぶりね。帝都へ来るのは二年ぶりだわ。あたしがいる間に魔女が出てくれたらいいんだけど。楽しみだわ!」
魔女に憧れる少女は純真な心をときめかせた。
公女を受け入れるシェーンガー宮殿では、慌ただしく準備が行われていた。
箒を使い、ゲーパが宮殿の庭を掃いている。
「何してるの?」
突然、庭木に植えられたトウヒの上から声が響いた。
びっくりしてゲーパが見上げると、枝にフリッツィが腰掛けていた。
「大事なお客様が来るっていうから掃除のお手伝いよ。他にすることもないしね」
先日の襲撃以降、悪なる魔女は表だった動きを見せていない。
そのためというわけではないが、ゲーパやフリッツィもひと時のような緊迫感や警戒心が薄れ、無聊と倦怠を持て余していた。
「えらいわね。そういえば、例のドラ息子の妹が来るんだっけ? 名前はえーと……」
「ゴードレーヴァ様よ」
「そうそう、ゴードレーヴァちゃん。十三才っていってたっけ?」
「そうよ」
「若いのに偉いわねぇ。お父様のお使いで、遠路はるばる帝都までくるなんて」
「ただのお使いじゃないわよ。昨日の説明、聞いてなかったの? ゴードレーヴァ様は魔女に関心があって、自分も戦いに参加したがってるのよ。フロドアルト公子が出征する時も、最後までついて行くんだってきかなかったそうよ」
「ますます感心じゃない。魔女に興味があるなんて、将来有望だわ!」
「興味があるのと理解があるのとじゃ、全然違うわよ。もしかしたらあたしたちのこと、敵意を持って研究したがってるだけかもしれないわ」
「ゲーパは心配症ね。夢見がちな女の子が非日常的な世界に憧れるなんてよくあることじゃない。あたしは、ゴードレーヴァちゃんの気持ちがよく分かるわ」
「フリッツィはお気楽でいいわね。でも、だからって目の前で変身したり、魔女の使い魔だなんていっちゃだめよ。エスペンラウプへ連れていかれて、生きたまま解剖されるかもしれないわ」
「分かってるわよ。今まで人間に正体を見破られたことなんて一度もないんだから」
そういうと、トウヒの枝からひょいっと飛び降りた。人間離れした身のこなしである。
ゲーパは「本当に分かってるのかなあ……?」と心配する。自分が傍にいて注意していないと、と思った。
正午になり、公女を乗せた馬車が到着する。
シェーニンガー宮殿の車寄せには憮然と出迎える、より正確に表現するなら苛立ちながら待ちかまえる男の姿があった。
馬車が停車し、すまし顔でゴードレーヴァが降りてくる。
兄は身じろぎ一つせず、じっとその様子を見据えると、自分の存在に気づこうともしない妹に向かって口を開いた。
「遠路はるばる、よく来たな。ゴードレーヴァよ!」
その声を聞いて、妹はようやく兄の姿が目に入った。
「あら、お兄様。わざわざお出迎えですか? そんなことしてくださらなくても、後ほどこちらからアウフデアハイデ城へお伺いいたしますのに」
「………………」
数か月ぶりの兄と妹の対面であったが、感動や感謝といったものはない。何ゆえ兄がそこで待ち構えていたのかも、妹は慮ろうとしなかった。
「今日は何をしに来たのだ?」
「あら、お父様の代わりに、お兄様の活躍を拝見するためとご連絡差し上げたはずですが?」
勿論そんなことは承知している。父の名代としての立場を忘れぬようにとくぎを刺し、加えてささやかな嫌味を言ったつもりだったが、無垢で自由な妹は、それすらどこ吹く風である。
「お父様は、とてもお誉めになられていましたわ。これでライヒェンバッハ家の面目が立ったって」
「………………」
いわれずとも、父が自分に掛ける期待や重圧は十二分に理解している。それは魔女との戦いだけでなく、公爵家とその他諸侯との権力争いについても同様だった。
「ところで、お従姉 さまは?」
「レギスヴィンダ様でしたら、第一客室でお待ちになられております」
ヴィッテキントが答えた。
「じゃあ、案内してくれる?」
「畏まりました」
兄とのやりとりはほどほどに、ゴードレーヴァはレギスヴィンダへの拝謁を希望する。
皇女に会うのは二年ぶりだ。十三歳の少女にとっては長くもあり、あっという間の時間にも感じられた。
この間に背は伸び、精神的にも成長した。両親に連れられ、右も左も分からぬまま帝都へ連れてこられた前回とは立場も違えば、国家を取り巻く情勢も違っている。
一方は父の代理の特使として、いま一方は実質的な国家元首として、同じ血筋を分け合った少女たちは対面しようとしていた。
「ゴードレーヴァ様が到着されたようです」
ヴァルトハイデがレギスヴィンダに伝える。
国賓や公賓を迎える謁見の間としても使用される第一客室には官吏や衛兵の他に、ゲーパとフリッツィも顔を並べていた。
「楽しみね、どんな娘かな?」
嬉々として、フリッツィがゲーパに話しかける。魔女に関心があるというだけでフリッツィにとっては高得点だったが、兄の人となりからして妹にもあまり期待が持てないというのがゲーパの予想だった。
第一客室にゴードレーヴァが姿を現す。二年ぶりの顔合わせに、大人びた印象を抱いたのはレギスヴィンダだった。
「へーえ、結構可愛いじゃない」
逆に、やや硬くなった表情に幼さを見出したのはフリッツィである。
帝国有数の大貴族の息女といえど、大勢の人前で敬愛する皇女殿下に拝謁するとなれば平静でいられないのはいたしかたない。
ゴードレーヴァはぎこちなくレギスヴィンダの前まで進み出ると、緊張の面持ちのまま形式ばった挨拶を交わした。
「お久しゅうございます、レギスヴィンダ内親王殿下。こ、このたびは急な申し出にも関わらず、快く朝見の機会を設けて頂いたことに大変恐懼しております。父ライヒェンバッハ公ルペルトゥス・ゲルラハになり代わり、で、殿下に感謝の意を申し上げます……」
「ゴードレーヴァ――」
あいさつの途中でレギスヴィンダが名前を呼んだ。父の名代として精いっぱい務めを果たそうとしているのは誰の目にも明らかだった。そのあまりにも背伸びをした態度に、優しい従妹 としては、そんなに無理をする必要はないと逆に気を使った。
「あなたとわたくしは、同じレムベルト皇太子の血を受け継いだ従姉妹同士です。そのように堅苦しい挨拶は必要ありません。以前のように、わたくしのことは実の姉のように接してくれて構わないのですよ」
「はい、お従姉さま!」
レギスヴィンダがいいきかせると、ゴードレーヴァは大きく朗らかな声で答えた。とても嬉しそうだった。
公女が少女らしい愛くるしさを振りまくと、第一客室を支配した緊張感がほぐれた。フロドアルトの妹ということで否定的な予想をしていたゲーパも考えを改める。
たったひとりの実兄だけが、不機嫌そうに深いしわを眉間に刻んだ。
レギスヴィンダが魔女たち三人を呼ぶ。
「ヴァルトハイデ、ゲーパ、フリッツィ、こちらへ来て下さい」
従妹 の嗜好をよく知る従姉 は、後で面倒なことが起こらないように、先んじて彼女たちの素性を話しておくことにした。
「この三人は、魔女と戦うにあたってわたくしが招聘した専門家です。そちらのゲーパとフリッツィは魔女についての知見が深く、様々な助言を行ってもらっています。あなたも魔女について知りたいことがあれば、彼女たちに訊ねるといいでしょう」
「はい、お従姉さま」
ゴードレーヴァは尊敬をこめた眼差しを二人に向ける。
「遠慮せず、何でも訊いてね!」
無責任かつ親しげにフリッツィが答える。
「よろしく……」
ゲーパはぎこちなく返した。二人にはレギスヴィンダから、ゴードレーヴァが帝都にいる間の話し相手になって欲しいと頼まれていた。
「そして、こちらのヴァルトハイデには、わたくしの護衛としてレムベルト皇太子の勝利の剣を預けています。戦いになれば、彼女以上に頼りになる者はいません。万一のことがあれば、あなたのことも守ってくれるでしょう」
レギスヴィンダは、ヴァルトハイデに対してもゲーパとフリッツィと同じように、ゴードレーヴァが憧れや尊敬の眼差しを向けてくれるだろうと期待した。が、話を聞いた途端、魔女に想いを寄せるはずの少女の目が険しくなった。
ヴァルトハイデの腰にある剣を一瞥すると、ねめつけるように顔を見上げた。
「聞いてるわ。あなたね、魔女を追い返したっていうのは? お従姉さまの前でこんなことはいいたくないけど、あたしはね、魔女と戦うのは反対なの。力ずくで何でも解決できると思ったら大間違いよ。どんな問題だって、きちんと話し合って解決すべきだわ!」
ゴードレーヴァの主張が高らかに響きわたると、ヴァルトハイデ、ゲーパ、フリッツィが、それぞれに意外な顔をした。
またしても、フロドアルトの機嫌と対面が損なわれる。魔女に勝利した英雄の血を引いていながら、妹が魔女と戦うことに大反対していることを兄は知っていた。
そんな価値観の持ち主がライヒェンバッハ家の一員であることが諸侯に知れ渡れば、これまで培ってきた権威や信頼が一夜にして崩れ去りかねない。
だからゴードレーヴァをエスペンラウプから出したくなかったのだ。
「魔女と戦った話なんて聞きたくないわ! 悪いけど、あたしの心配なんてしてくれなくて結構よ。魔女とだって、ぜったい仲良くなれるんだから!!」
ゴードレーヴァはプイっと顔をそむけた。
その考えはもっともであったが、当の本人が魔女であるヴァルトハイデを拒絶していることを教える者はいなかった。
ゴードレーヴァを乗せた馬車は順調に帝都へ向かっていた。
「久しぶりね。帝都へ来るのは二年ぶりだわ。あたしがいる間に魔女が出てくれたらいいんだけど。楽しみだわ!」
魔女に憧れる少女は純真な心をときめかせた。
公女を受け入れるシェーンガー宮殿では、慌ただしく準備が行われていた。
箒を使い、ゲーパが宮殿の庭を掃いている。
「何してるの?」
突然、庭木に植えられたトウヒの上から声が響いた。
びっくりしてゲーパが見上げると、枝にフリッツィが腰掛けていた。
「大事なお客様が来るっていうから掃除のお手伝いよ。他にすることもないしね」
先日の襲撃以降、悪なる魔女は表だった動きを見せていない。
そのためというわけではないが、ゲーパやフリッツィもひと時のような緊迫感や警戒心が薄れ、無聊と倦怠を持て余していた。
「えらいわね。そういえば、例のドラ息子の妹が来るんだっけ? 名前はえーと……」
「ゴードレーヴァ様よ」
「そうそう、ゴードレーヴァちゃん。十三才っていってたっけ?」
「そうよ」
「若いのに偉いわねぇ。お父様のお使いで、遠路はるばる帝都までくるなんて」
「ただのお使いじゃないわよ。昨日の説明、聞いてなかったの? ゴードレーヴァ様は魔女に関心があって、自分も戦いに参加したがってるのよ。フロドアルト公子が出征する時も、最後までついて行くんだってきかなかったそうよ」
「ますます感心じゃない。魔女に興味があるなんて、将来有望だわ!」
「興味があるのと理解があるのとじゃ、全然違うわよ。もしかしたらあたしたちのこと、敵意を持って研究したがってるだけかもしれないわ」
「ゲーパは心配症ね。夢見がちな女の子が非日常的な世界に憧れるなんてよくあることじゃない。あたしは、ゴードレーヴァちゃんの気持ちがよく分かるわ」
「フリッツィはお気楽でいいわね。でも、だからって目の前で変身したり、魔女の使い魔だなんていっちゃだめよ。エスペンラウプへ連れていかれて、生きたまま解剖されるかもしれないわ」
「分かってるわよ。今まで人間に正体を見破られたことなんて一度もないんだから」
そういうと、トウヒの枝からひょいっと飛び降りた。人間離れした身のこなしである。
ゲーパは「本当に分かってるのかなあ……?」と心配する。自分が傍にいて注意していないと、と思った。
正午になり、公女を乗せた馬車が到着する。
シェーニンガー宮殿の車寄せには憮然と出迎える、より正確に表現するなら苛立ちながら待ちかまえる男の姿があった。
馬車が停車し、すまし顔でゴードレーヴァが降りてくる。
兄は身じろぎ一つせず、じっとその様子を見据えると、自分の存在に気づこうともしない妹に向かって口を開いた。
「遠路はるばる、よく来たな。ゴードレーヴァよ!」
その声を聞いて、妹はようやく兄の姿が目に入った。
「あら、お兄様。わざわざお出迎えですか? そんなことしてくださらなくても、後ほどこちらからアウフデアハイデ城へお伺いいたしますのに」
「………………」
数か月ぶりの兄と妹の対面であったが、感動や感謝といったものはない。何ゆえ兄がそこで待ち構えていたのかも、妹は慮ろうとしなかった。
「今日は何をしに来たのだ?」
「あら、お父様の代わりに、お兄様の活躍を拝見するためとご連絡差し上げたはずですが?」
勿論そんなことは承知している。父の名代としての立場を忘れぬようにとくぎを刺し、加えてささやかな嫌味を言ったつもりだったが、無垢で自由な妹は、それすらどこ吹く風である。
「お父様は、とてもお誉めになられていましたわ。これでライヒェンバッハ家の面目が立ったって」
「………………」
いわれずとも、父が自分に掛ける期待や重圧は十二分に理解している。それは魔女との戦いだけでなく、公爵家とその他諸侯との権力争いについても同様だった。
「ところで、お
「レギスヴィンダ様でしたら、第一客室でお待ちになられております」
ヴィッテキントが答えた。
「じゃあ、案内してくれる?」
「畏まりました」
兄とのやりとりはほどほどに、ゴードレーヴァはレギスヴィンダへの拝謁を希望する。
皇女に会うのは二年ぶりだ。十三歳の少女にとっては長くもあり、あっという間の時間にも感じられた。
この間に背は伸び、精神的にも成長した。両親に連れられ、右も左も分からぬまま帝都へ連れてこられた前回とは立場も違えば、国家を取り巻く情勢も違っている。
一方は父の代理の特使として、いま一方は実質的な国家元首として、同じ血筋を分け合った少女たちは対面しようとしていた。
「ゴードレーヴァ様が到着されたようです」
ヴァルトハイデがレギスヴィンダに伝える。
国賓や公賓を迎える謁見の間としても使用される第一客室には官吏や衛兵の他に、ゲーパとフリッツィも顔を並べていた。
「楽しみね、どんな娘かな?」
嬉々として、フリッツィがゲーパに話しかける。魔女に関心があるというだけでフリッツィにとっては高得点だったが、兄の人となりからして妹にもあまり期待が持てないというのがゲーパの予想だった。
第一客室にゴードレーヴァが姿を現す。二年ぶりの顔合わせに、大人びた印象を抱いたのはレギスヴィンダだった。
「へーえ、結構可愛いじゃない」
逆に、やや硬くなった表情に幼さを見出したのはフリッツィである。
帝国有数の大貴族の息女といえど、大勢の人前で敬愛する皇女殿下に拝謁するとなれば平静でいられないのはいたしかたない。
ゴードレーヴァはぎこちなくレギスヴィンダの前まで進み出ると、緊張の面持ちのまま形式ばった挨拶を交わした。
「お久しゅうございます、レギスヴィンダ内親王殿下。こ、このたびは急な申し出にも関わらず、快く朝見の機会を設けて頂いたことに大変恐懼しております。父ライヒェンバッハ公ルペルトゥス・ゲルラハになり代わり、で、殿下に感謝の意を申し上げます……」
「ゴードレーヴァ――」
あいさつの途中でレギスヴィンダが名前を呼んだ。父の名代として精いっぱい務めを果たそうとしているのは誰の目にも明らかだった。そのあまりにも背伸びをした態度に、優しい
「あなたとわたくしは、同じレムベルト皇太子の血を受け継いだ従姉妹同士です。そのように堅苦しい挨拶は必要ありません。以前のように、わたくしのことは実の姉のように接してくれて構わないのですよ」
「はい、お従姉さま!」
レギスヴィンダがいいきかせると、ゴードレーヴァは大きく朗らかな声で答えた。とても嬉しそうだった。
公女が少女らしい愛くるしさを振りまくと、第一客室を支配した緊張感がほぐれた。フロドアルトの妹ということで否定的な予想をしていたゲーパも考えを改める。
たったひとりの実兄だけが、不機嫌そうに深いしわを眉間に刻んだ。
レギスヴィンダが魔女たち三人を呼ぶ。
「ヴァルトハイデ、ゲーパ、フリッツィ、こちらへ来て下さい」
「この三人は、魔女と戦うにあたってわたくしが招聘した専門家です。そちらのゲーパとフリッツィは魔女についての知見が深く、様々な助言を行ってもらっています。あなたも魔女について知りたいことがあれば、彼女たちに訊ねるといいでしょう」
「はい、お従姉さま」
ゴードレーヴァは尊敬をこめた眼差しを二人に向ける。
「遠慮せず、何でも訊いてね!」
無責任かつ親しげにフリッツィが答える。
「よろしく……」
ゲーパはぎこちなく返した。二人にはレギスヴィンダから、ゴードレーヴァが帝都にいる間の話し相手になって欲しいと頼まれていた。
「そして、こちらのヴァルトハイデには、わたくしの護衛としてレムベルト皇太子の勝利の剣を預けています。戦いになれば、彼女以上に頼りになる者はいません。万一のことがあれば、あなたのことも守ってくれるでしょう」
レギスヴィンダは、ヴァルトハイデに対してもゲーパとフリッツィと同じように、ゴードレーヴァが憧れや尊敬の眼差しを向けてくれるだろうと期待した。が、話を聞いた途端、魔女に想いを寄せるはずの少女の目が険しくなった。
ヴァルトハイデの腰にある剣を一瞥すると、ねめつけるように顔を見上げた。
「聞いてるわ。あなたね、魔女を追い返したっていうのは? お従姉さまの前でこんなことはいいたくないけど、あたしはね、魔女と戦うのは反対なの。力ずくで何でも解決できると思ったら大間違いよ。どんな問題だって、きちんと話し合って解決すべきだわ!」
ゴードレーヴァの主張が高らかに響きわたると、ヴァルトハイデ、ゲーパ、フリッツィが、それぞれに意外な顔をした。
またしても、フロドアルトの機嫌と対面が損なわれる。魔女に勝利した英雄の血を引いていながら、妹が魔女と戦うことに大反対していることを兄は知っていた。
そんな価値観の持ち主がライヒェンバッハ家の一員であることが諸侯に知れ渡れば、これまで培ってきた権威や信頼が一夜にして崩れ去りかねない。
だからゴードレーヴァをエスペンラウプから出したくなかったのだ。
「魔女と戦った話なんて聞きたくないわ! 悪いけど、あたしの心配なんてしてくれなくて結構よ。魔女とだって、ぜったい仲良くなれるんだから!!」
ゴードレーヴァはプイっと顔をそむけた。
その考えはもっともであったが、当の本人が魔女であるヴァルトハイデを拒絶していることを教える者はいなかった。