第6話 剣の下に Ⅱ

文字数 2,581文字

 ハルツへ到着した翌日、レギスヴィンダは二人の騎士の庵を見舞った。
「傷はもういいのですか?」
「御心配をおかけしました。ブリュネ殿に治療をしていただき、すっかりこの通りです。魔女の薬とは、凄いものですね」
 上半身に包帯を巻いた痛々しい姿ながら、オトヘルムは力こぶを作ってみせる。
「それで、ハルツは協力を確約してくれたのですか?」
 ブルヒャルトが訊ねた。レギスヴィンダは「はい」と頷いてから説明を始める。一部、確信に触れる部分はぼやかしながら。
「すでに二人も理解していると思いますが、七十年前にもレムベルト皇太子はハルツの力を借りるためにここまでやってきました。その時に貸して頂いたのが、あのヴァルトハイデという魔女が持っていたランメルスベルクの剣です」
「ということは、帝都に保管されていたレムベルト皇太子の剣は……」
 オトヘルムが呟く。
「戦いの後、ランメルスベルクの剣はハルツへ返納されました。あれは、レムベルト皇太子の偉業を称えるため作られた複製だったのです」
「魔女の襲撃を食い止められなかったのも仕方あるまいか……」
 口惜しそうにブルヒャルトがいった。
「その魔女を操っていたのが、フレルクと呼ばれる老人らしいのです」
「いったい何者なのでしょう? 魔女を操るとは、ただの老人とは思えませんが……」
 半ば感心するようにオトヘルムが呟いた。
「フレルクの正体については、ハルツの魔女たちも詳しくは知らないようです。ただ帝国を憎み、ハルツに対しても因縁のある相手だといっていました」
「老人ということは、七十年前の戦いの生き残りとも考えられますな?」
 ブルヒャルトが訊ねた。
「かもしれません。フレルクは、その時に討たれた呪いの魔女の遺体……これはハルツが菩提を弔うために管理していたのですが、それを持ち去り、肉体を切り分けて若い女性に植え付けることで、例の魔女たちを創りだしたというのです」
「呪いの魔女の遺体から、新しい魔女を……」
「……そんなことができるのですか?」
 戦慄するようにブルヒャルトとオトヘルムが呟いた。そこへ、ヴァルトハイデとゲーパがやってくる。
「オッティリアの肉体の一部というのは、魔力を引き出すためのきっかけにすぎない」
 ヴァルトハイデが説明すると、声に気づいて三人が視線を向けた。
「昨夜は大変お世話になりました。改めて、礼を申し上げます」
 レギスヴィンダが謝意を述べると、ヴァルトハイデは首肯して頷く。礼には及ばないといった態度だ。
「身体はもういいの?」
「おかげ様で、もう何ともありません」
 ゲーパがオトヘルムに話しかけた。こちらは、打ち解けた様子だった。
「ヴァルトハイデ殿は、帝都を襲った魔女について詳しい事情をご存じなのか?」
 ブルヒャルトが訊ねた。レギスヴィンダは、それをヴァルトハイデに訊ねるのは憚られると感じたが、当の本人は意に介すこともなかった。
「ドクター・フレルクはオッティリアの肉体を移植するにあたり、各地から少女を集め、実験を繰り返した。かく言うわたしもその一人だ」
 ヴァルトハイデが答えると、ブルヒャルトとオトヘルムは驚愕して身構えた。
「心配いりません。ヴァルトハイデはハルツで修業され、魔女の呪いを克服されています」
 レギスヴィンダが補足する。
「そうよ。血のにじむような努力だったんだから」
 ゲーパが続けた。
「……では、呪いの魔女の遺体を植え付けられれば、誰でもあのように恐るべき力を持った魔女になるのだろうか?」
 ブルヒャルトが訊ねた。
「誰でもというわけではない。魔女になれるのは、オッティリアの肉体に適合した者だけだ。当初、わたしは体質が合わずに命を落としたが、幸運にもハルツの魔女に救われ、今はこうして自我を保っていられる」
「この先、敵の数が増える可能性は?」
 オトヘルムが訊ねた。
「それは否定できない。魔力は誰の体内にも宿っている。その力が大きければ大きほど、オッティリアの肉体との親和性は増す。だが、そのような潜在能力を秘めた人間は多くない。また、オッティリアの遺体を切り分けるにしても限界がある。楽観的にはいえないが、脅威になるほど数を増やすとは考えていない」
「そうよね。ヘルヴィガ様が見たっていう予知夢にも、黒い陰は七つしかなかったっていうから、たぶんそれだけよ」
 こちらは楽観的にゲーパがいった。
「だが、そんな話を聞いてしまうと、今後は戦いにくくなるのう。帝都を襲った魔女たちも、フレルクという老人に操られた犠牲者ということになる……」
 ブルヒャルトがいった。ヴァルトハイデは即座に否定した。
「勘違いするな。たとえ元は人間だとしても、今は世を呪う悪しき七人の魔女でしかない。むしろ、殺してやることこそが彼女たちへの救済だ。死ぬことでしか、オッティリアの呪縛から逃れることはできないのだ」
 ヴァルトハイデの言葉は、レギスヴィンダや騎士たちにとって冷たく非情なものに聞こえた。その反面、自分自身にも言い聞かせているような、孤独な切なさを感じた。
「とにかく、あたしたちはフレルクを捕まえて、オッティリアの遺体を取り返すまでは帝国に協力するから、仲良くしましょ」
 ゲーパがいった。それについては、ハルツ、帝国の双方に異存ない。
「こちらからも、重ねてお願い申し上げます。どうか七十年前と同じよう、我々に力をお貸しください」
「乞われるまでもない。オッティリアの遺体を奪われたのは、ハルツの失態。これを取り戻すのは、その肉体を植え付けられたわたしの使命でもある。今後はルーム帝国のレギスヴィンダ内親王殿下に臣従すると、この剣に誓おう。何なりと命じていただきたい」
「心強い言葉に感謝します。ですが、その剣の力はわたくしのためでなく、危機に瀕する帝国臣民のためにお使い下さい。それが亡くなったわたくしの父である皇帝陛下の願いでもあったはずです」
「心得ました。そのように、肝に銘じます」
 畏まった口調でヴァルトハイデが答えると、砕けた様子でゲーパが続けた。
「じゃあ、朝ご飯にしましょ。ヘルヴィガ様が、食事を一緒にしたいから呼んでくるようにっていわれたの。お腹すいてるでしょ?」
「それはありがたい。レギスヴィンダ様、ぜひ招かれましょう」
 オトヘルムが答えた。
「そうですね」
 レギスヴィンダは快く応じ、ヘルヴィガの庵を訊ねることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み