第10話 出陣 Ⅱ

文字数 2,325文字

 女が一人、平原に立っていた。
 真っ赤な鎧に身を包み、風に赤い髪をなびかせている。
 寒々しげな景色を見つめながら、女が呟いた。
「……ここはどこだ。わたしが戦っていた場所に似ている。だが、わたしは帝国軍に敗れ首を刎ねられた……この手に抱えている通りに…………」
 女は生者ではなかった。首から上を失い、分断された頭部を片手で支えている。
 女が立ちすくんでいると、背後から男の声がした。
「甦ったか魔女よ。貴様と相対すのは七十年ぶりだな」
 女が振り返ると、白骨の馬に跨った黒い鎧の騎士がいた。
「お前は、帝国軍の……?」
「いかにも、我が名はマルボドゥス・フォン・ボーネカンプ。かつてレムベルト皇太子に仕えた帝国の騎士。貴様の名は?」
「ラインハルディーネ。オッティリア様のために戦い、幾人もの騎士を殺して、わたしもこの地に果てた」
「何ゆえ、敵同士に分かれて戦った我らが冥府から呼び戻されたのか、理由は語る必要もあるまい?」
「分かっているさ。また、いくさが始まるのだろう……」
 二人の死者が会話するのはクラースフォークト呼ばれる土地だった。そこは七十年前、ハルツと同盟を結んだレムベルト皇太子が軍を率い、初陣を飾った場所だった。


 クラースフォークトに異変が生じたという報せは、すぐに帝都のアウフデアハイデ城へもたらされた。
「……死者が蘇り、群れを成して近隣の村々を襲っているだと?」
 身の毛もよだつような報せを聞いて、フロドアルトは顔をしかめた。
 敵は魔女の集団だったはず。何かの間違いではないかとヴィッテキントに確かめた。
「恐らくはこれも、魔女の仕業かと思われます。七十年前にも死者が墓場からわき出し、魔女の軍勢に加わったという記録がございます」
「……死した者たちの魂までも弄ぶ魔女の術か……奴らには、人に対する尊厳や憐れみといったものすら欠落しているようだな」
「甦った者たちは人々を襲い、犠牲者を出してはさらに死人の群れを増大させております。手をこまねいていては事態を悪化させるばかり。早急な対策が必要かと存じます」
「うむ、手を打たねばなるまいな……分かった。まずは諸侯を招集せよ。軍議を行い、大本営の意志を決定する」
「かしこまりました」
 フロドアルトの命令で、帝都へ参集した諸侯がアウフデアハイデ城に顔をそろえる。
 軍議に参加したのは、ホルレバイン侯爵、レッケンドルプ男爵、アールグリム伯爵、メーメスハイム子爵、クルムシャイト侯爵、デクスハイマー伯爵、ディンスラーゲ侯爵の名門貴族らで、いずれもフロドアルトを強く支持していた。
「なんと、そのような出来事が……」
「魔女め、死者の安息までも踏みにじるとは許しておけぬ!」
「公子、すぐにも兵を挙げ、民衆をお救いなさいませ!」
「さよう。一刻の猶予もなりません。死者の群れのようなおぞましきものは、それだけで人心を恐怖に陥れ、不安を駆り立てます。魔女は、精神的にも我らを圧迫しようと企んでいるのではありませんか?」
「愚かなことだ。そのようなこけおどしで、我ら諸侯軍の結束が揺らぐとでも思っているのか!」
「公子が出陣されるのであれば、我らはいかなる労も惜しみませんぞ!」
「不埒な妖婦どもに鉄槌を浴びせ、ルームの正義と栄光を知らしめるのです!」
 クラースフォークトでの出来事をヴィッテキントが説明すると、諸侯は激しく憤り、フロドアルトに打って出るよう迫った。
 元より皇帝皇后の仇を討つため勇んで帝都へ集結した諸侯であったため、その戦意は初めから高く、むしろ暴発しないように抑えつけておくことにこそ腐心していた。
 フロドアルトにしてみれば、軍議など行わなずとも彼らがどのような反応を示すかは想像に難くなかった。結果も、自らが望むところと同じだった。
 フロドアルトは諸侯が詰め寄ると熟考するふりをして間を置き、じらすような沈黙を挟んでから結論を述べた。
「帝国を憂い、臣民を思いやる諸侯の貴意、このフロドアルト痛く感銘した。レムベルト皇太子の下にあって命をかけ、今を生きる我らのために戦い散華した英霊たちの魂に報いるためにも、哀れな死者たちを天の国へ送り返さなければならない。だが、このフロドアルト、未だ若輩で非才の身。志のみ高くとも、それを実現するだけの力を持ち合わせていない。それでも帝国を代表する門閥貴族、名門出身の諸侯が支えてくれるというのであれば、いかなる苦難、いばらの道も踏み越えて行けよう。わたしと共に、戦ってくれるか?」
「勿論です、公子!」
「帝国と公子のため、この命、捧げましょう!」
「我らの団結の前には、魔女の術も死者の群れも、恐るるに足りるものではありません!」
「どうかわたくしに討伐軍の先陣をお命じ下さい!」
「いえ、このわたくしにこそ!」
「公子!」
「公子!!」
 フロドアルトの言葉に諸侯は触発され、元々逸っていた客気をさらに爆発させた。
 この反応に満足するとフロドアルトは自ら全軍を率いて出陣することを宣言する。
「我らは皇帝皇后両陛下から、生前に多くの恩顧を賜った。これに報いるべくは魔女を討ち滅ぼし、帝国貴族の精華、忠勇を天下に示すより他にない! 我らは帝国の大御宝(おおみたから)、皇帝陛下の赤子である。ルームは死なず、何度でも甦る! グローセス・ルームライヒ、大ルーム帝国万歳!!」
「グローセス・ルームライヒ、大ルーム帝国万歳!!」
「フロドアルト公子に勝利を!!」
「諸侯連合軍に栄光を!!」
 諸侯は声を合わせ、レムベルト皇太子の再来としてフロドアルトを支持した。
 フロドアルトにしてみれば、今さらレギスヴィンダは邪魔者でしかなく、ましてや魔女の手助けなど不要であることを示すためにも、一戦して勝っておく必要があった。
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