第27話 糾う Ⅱ

文字数 4,701文字

 アスヴィーネに案内され、レギスヴィンダたちが出発しようとしたときだった。
「ハッハッハッ! 見ろよ、グーニルト! 帝国の奴ら、裏をかいたつもりでこの沢を上ってくると思って待ち構えていたら案の定だ!」
「しかも、城にいるはずのアスヴィーネたちまで一緒とは! これは重大なリントガルト様への叛乱だ!!」
 森の中に声が響いた。
「何者だ! 出てくるがよい!!」
 ブルヒャルトが大声を放つと、大柄な魔女トゥスネルダと小柄な魔女グーニルトが現れる。
 二人はアスヴィーネたち姉妹を見やると、我が意を得たようにほくそ笑んだ。
「そんな身体で、よくもこんなところまで逃げて来られたな!」
「帝国の奴らを城まで案内するだと? そんなことができると思ったか!」
「なあ、トゥスネルダ、裏切り者は殺してもかまわないって、リントガルト様もおっしゃられてたよな?」
「ああ、グーニルト。ここでアスヴィーネたちを殺せば、わたしたちの大手柄だ!」
 二人は諸侯軍が囮だと見抜き、別動隊がレムベルトの道からやってくると予想していた。しかし、まさかその中に帝国の皇女と仲間であったはずの糸車の魔女まで加わっているとは、想像もしなかった。
 思わぬ大物が網にかかったことに、トゥスネルダとグーニルトは狂喜する。
「グーニルト、わたしはレギスヴィンダを殺る。お前は裏切り者を始末しな!」
「了解した!」
 大柄な魔女トゥスネルダは筋肉を肥大させ、近くに生えていた喬木を引き抜くと、それをレギスヴィンダに向かって投げつけた。
「御免!」
 とっさにヴァルトハイデがレギスヴィンダを抱きかかえ、安全な方向へ跳び退る。喬木は標的を失うも、地面を跳ねて今度はアスヴィーネたちの方へ転がった。
「危ない!」
 反射的に叫んだのはディナイガーだった。仲間を殺された騎士は頭で考えるよりも先に身体を動かしていた。
 傷を負って素早く動くことのできない魔女を突き飛ばし、助けてやる。が、今度は自分が喬木の枝葉に巻き込まれ、強く地面に打ちつけられた。
「ディナイガーさん!!」
 ゲーパが叫んだ。
「だ、大丈夫だ……」
 直撃ではなかったため、命にかかわるダメージではない。しかし、すでに痛めていた右肩がさらに悪化する。
「相変わらず情けないやつだ! 人間に助けられるなんて、あたしたち魔女の面汚しだよ! 今すぐ止めをさしてやるからそれ以上、醜態をさらすんじゃないよ!!」
 小柄な魔女グーニルトは鞭を振るうと、倒れたアスヴィーネを打ちつけた。
「やめなさい!!」
 そこへ割って入ったのがフリッツィだった。鋭いネコの爪を尖らせ、グーニルトに跳びかかる。手傷を与えることはできなかったが、小柄な魔女は攻撃を躱すため、鞭を打つのを諦めて一歩後退した。
「出しゃばりな使い魔め! ケダモノごときがあたしの邪魔をしようとは生意気な!!」
「生意気なのはあなたの方よ。まだ子供のくせに。人も魔女も使い魔も関係ないわ! みんな仲良くしなさいって教わらなかったの? 親の教育が知れるわね」
「なにぃ……あたしが子供だと!」
「おおかたリントガルトに騙されて、本気で魔女の国ができると信じちゃったのね。悪いこといわないわ。今からでも遅くないから、ママのところへ帰ってお家の手伝いでもしてなさい!」
「黙れ、黙れ! これでも、あたしは大人だよ!!」
「え、うそ……てっきり、そこのエルラちゃんと同じくらいだと思ったのに……」
「よくも、あたしをバカにしたな! あたしのことをチビだの子供だのいったやつは許さない。ケダモノはケダモノどうし殺し合わせてやる!」
 身体的特徴を侮辱されたと思ったグーニルトは指笛を鳴らし、手飼いの野獣を呼び寄せる。藪の中から、巨大なヒグマが顔を現わした。
「ハハハッ! どうだい、この巨体は? こいつから見れば、お前の方がチビ猫だよ!」
 見上げるような大熊を前にして、それまで強気だったフリッツィは一転して気弱になった。
「ちょっと……それってずるくない?」
「黙れ! 一度でも人間の肉を食ったヒグマは、その味が忘れられなくなる。お前も、こいつの餌にしてやるよ!」
「ちょっと待って! あたし猫だし、あたしなんか食べても、おいしくないわよ!!」
「構うもんか! あたしの可愛い小熊ちゃん。みんなまとめて森の肥料にしておやり!!」
 鞭を振りあげると、ヒグマをけしかけた。
 フリッツィは「ひっ……」となるも、咄嗟にヒグマの目の前で手を叩いた。
「秘儀、猫だまし!」
 ヒグマは驚き、一瞬動きを止める。その隙に、フリッツィは脱兎のごとく逃げ出した。
「逃げても無駄だよ! 森のヒグマは、どこまででも追いかけて行くからね!」
 グーニルトは、さらに鞭を振ってヒグマに命令した。
「フリッツィ殿、お助けいたす!」
 逃げ惑う黒猫を庇ってブルヒャルトが立ち向かう。が、破壊力抜群の熊手で簡単に弾き飛ばされる。
 その間にアスヴィーネは妹の手を借りて立ち上がり、ヒグマを動けなくするため糸を巻きつける。しかし、荒れ狂う巨熊を縛り付けるには魔力も体力も足りなかった。
「ブルヒャルト、しっかりしろ!」
 ディナイガーが倒れた年長の騎士を助け起こす。
「ぬぅ……何のこれしき。心配いたすな!」
 幸い、ダメージは小さくてすんだ。
「この腕では役に立てるかどうか分からぬが、オレも戦うぞ!」
「うむ。森の野獣に人間の恐ろしさ、いや、宮廷騎士団の底力を見せつけてやろうぞ!」
 二人は一斉にヒグマに斬りかかった。が、結果は芳しいものではなかった。
「こらー! そんなの反則よ! 自分の力で戦いなさい!!」
 二人の奮戦を見ながら、ゲーパの背中に隠れたフリッツィが息巻いた。ゲーパは情けないと思いながらも口には出さず、騎士と戦うヒグマではなく、それを操るグーニルトを冷静に見つめた。
「……分かったわ。あの鞭よ。あの鞭を使って、ヒグマに合図を送ってるんだわ」
「え、なに?」
「あの鞭を使えなくすればいいのよ」
「鞭?」
 フリッツィはキョトンとする。二人を応援しながら、騎士とヒグマばかり見ていた。
「一瞬でも鞭の動きを止められれば、あんなやつ、あたしでも何とかできるのに……」
 巨大なヒグマを相手にするのは難しいが、子供ほどの体格しかないグーニルトなら、ゲーパでも簡単に抑え込めるはずだった。
「でも、どうやって? 近づけば、すぐにでもヒグマを嗾けてくるわよ」
 フリッツィがいった。獣を操る小柄な魔女の術は見破ることができた。しかし、それを封じる策が思いつかない。
「一瞬だけでいいなら、あたしができます!」
 二人が思案していると、エルラが口を開いた。
「エルラちゃんが……?」
「はい」
 ゲーパが訊ねると、幼い魔女は強い意志を持った眼差しで答えた。
「……気持はありがたいけど、あなたに危険なことはさせられないわ」
 それがどのような方法かは分らないが、戦いに子供を巻き込むわけにはいかないとゲーパは思った。フリッツィも同意見だった。
「そうよ。これは大人の仕事なの。だからあなたは、お姉さんについていてあげて!」
 二人は感謝しながらも、離れているように言い聞かせたが、エルラは引き下がらなかった。
「あたしなら近づかなくても、あの鞭を使えなくできます!」
 姉は傷を負って動くこともままならず、その姉を助けてくれた騎士たちは命をかけて戦っている。なのに、子供だからという理由で自分だけが何もしないでいいとは思わなかった。
「エルラ、お前……」
 アスヴィーネは困惑した。いつも姉に頼って自発的に行動しようとしなかった妹が、今までに見せたことがないほど積極的に物事へかかわろうとしている。
「……分かったわ」
 ゲーパは姉を助け、みんなを守りたいと願うエルラの気持ちを尊重した。
「ちょっと、なにいってるのよ!」
「しかたないでしょ。他に、方法もないんだし」
「だからって……」
 このままでは埒が明かないのも事実だった。ならば一か八か、エルラに賭けてみるのも悪くないと思った。
 ただし、失敗すれば全員まとめてヒグマの餌になる可能性もあった。
「で、どうするの?」
 ゲーパが訊ねた。
「あいつの気を引きつけてください。その間に、あたしが術を使います!」
「術を……?」
 こんな小さな子供に、どんな術が使えるのだろうかとゲーパは見当もつかなかった。それでも、エルラを信じた。
「いいわ。でも、無理をしちゃだめよ」
「はい」
「ちょっと、ゲーパ!」
 フリッツィは止めようとした。もっと慎重になるべきだと。
 それでもゲーパは大胆さこそが窮地を救うこともあると考え、エルラを中心に作戦を立て始めた。
 ブルヒャルトとディナイガーがヒグマの攻撃を受けて地面や樹の幹に叩きつけられる。
「ルームの騎士など、所詮はこの程度。さあ、あたしのかわいいヒグマちゃん。おやつの時間だよ。アスヴィーネを殺してやる前に、まずはその二人から血祭りにあげておやり!」
 グーニルトが騎士たちにとどめを刺そうとした。その瞬間、ゲーパがフリッツィの背中を押しだした。
「今よ! あいつの注意を引きつけて!」
「え、ちょと、なに? このタイミングで!?」
 作戦を実行するにも心の準備がいる。フリッツィはまだ納得しきれないまま、半ば強引におとり役を押し付けられた。
「なんだ、使い魔! まだいたのか!!」
 再び乱入してきた黒猫に、グーニルトはいきり立った。騎士たちへのとどめを後回しにし、先にフリッツィを始末しようと考える。
「えーい、こうなったらやけくそよ! クマちゃん、こっちへいらっしゃい!」
 フリッツィは覚悟をきめ、あるいは居直ったようにお尻を叩いて挑発した。
 小柄な魔女と大熊の注意がフリッツィに向いたところでゲーパは作戦を第二段階へ移行するべく、愛用の箒を握りしめた。
「ヒャハハハ、どんなに逃げ回っても無駄だよ。今度こそ、頭から丸かじりにしてやる!」
 グーニルトは鞭を振ってヒグマを操った。
 フリッツィは迫真の演技、いや、本気で逃げ回った。そして、大木の前に追い詰められたところで、ゲーパがエルラに合図した。
「今よ!」
 ヒグマを操るために振り上げたグーニルトの鞭が、何かに引っかかったように動かなくなった。
「なにっ!?」
 どうなったのかと小柄な魔女が確かめると、鞭の先端が魔力を帯びた針によって木の幹に縫い付けられている。
 それが、縫い針を操るエルラの術だった。
 ゲーパはその瞬間を逃さなかった。無理やり鞭を引っ張って針を抜こうとするグーニルトに駆け寄ると、両手でつかんだ箒を振り上げて力いっぱい殴りつけた。
 小さな魔女の身体は軽々と弾き飛ばされ、倒れて動かなくなる。
「あたしだって、やる時はやるんだから!」
 めったに見せない肉体労働を終え、ゲーパは「どんなもんだ!」とばかりに胸を張った。
 そのころ、フリッツィは猫の姿に戻って木の上に避難していた。よじ登ろうとするヒグマに「フゥーッ!!」と威嚇するが効果はない。最後は捨て身の覚悟で飛び降りると、ヒグマの鼻面に噛みついた。
 小さな牙による攻撃は威力こそ大したものではなかったが、驚いたヒグマは悲鳴をあげ、そのまま森の中へ逃げ去る。操る者がいなければ、執拗に襲いかかることはなかった。
「二人とも大丈夫?」
 地面に降り立つと、倒れた騎士たちに向かっていった。
「さすがフリッツィ殿。まんまと、してやりましたな!」
 感心してブルヒャルトがいった。
「おかげで、助かりました……」
 ディナイガーが感謝する。二人とも無事だった。
「これぞ、窮鼠猫を噛む戦法よ!」
 自信満々にフリッツィがいった。
 ただし、噛みついたのは猫の方だった。
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