第40話 合意なき成立 Ⅲ

文字数 3,043文字

 互いの目的を果たすために手を組んだフリッツィとフロドアルトは無事に抜け穴を発見し、ベロルディンゲン内部へ潜入した。
「なんだ、意外と簡単に入れたじゃない!」
「当たり前だ。この抜け穴はライヒェンバッハ家の中でも限られた者しか知らぬ。今宵は特別に貴様を案内してやったのだ。このわたしに感謝しろ!」
 手を組んだとはいえ、二人の距離が縮まったわけではない。あくまで一時的な道連れである。
「それにしてもかび臭いわね。どこなのよ、ここ?」
 フリッツィたちが潜り込んだのは城の地下牢である。古い時代には多くの捕虜や罪人が囚われていたこともあるが、現在では使われていない。
 ルートヴィナの両親がいるかもしれないとフリッツィは思ったが、どうやら別の場所に監禁されているようだった。
 フロドアルトたちはランプの灯りを頼りに、フリッツィは暗闇でもよく見える自分の目を頼りに進む。すると、先頭のフリッツィが何かの気配に気づいて立ち止まった。
「どうした?」
「……黙って、この先に誰かいる」
 フリッツィが警戒するも、通路の先は暗すぎてフロドアルトたちには何も見えない。
「気のせいではないのか?」
「だったら、あたしの尻尾の毛が、こんなに反応しないわ……」
 フリッツィの尻尾の毛が逆立っている。強く、危険な魔力を感じた証拠だった。
「だれ? 隠れてないで出てきなさい!」
 暗闇に向かって言い放った。
「勘のいいネズミが一匹混じっていたようね……あなたでしょ、城の周りをうろついていたのは? すぐに分かったわ、獣じみた魔力を感じたから」
 暗がりから女が姿を現す。ランプに照らされたその顔を見て、フロドアルトが反応した。
「貴様は!」
 ルオトリープが連れていた女だった。
「知ってるの?」
 フリッツィが訊ねた。
「……この女だ。キースリヒ子爵らを手にかけたのは!」
「あら、気づいていたの? さすがね。もしかして、そのことを告げ口しに来て、お城から追い出されたのかしら?」
 糾弾するフロドアルトに、イドゥベルガは嘲笑うように答えた。
「やっぱり追い出されたんだ……」
「黙れ!」
 フリッツィは同情した。
「今度は何の用なの? まるでドブネズミのように地下をこそこそと這いずりまわって。まさか、わたしを殺そうとでも思って戻ってきたのかしら?」
 女がいうと、すぐにフリッツィが反論した。
「ちょっと、誰がドブネズミよ!」
「その通りだ!」
 フロドアルトは肯定した。
「えぇ……」
「違う! 貴様に向かっていったのではない。いちいち反応するな!」
「だって、ひどいじゃない。ドブネズミなんて。一番いっちゃいけない言葉だわ!」
「分かったから口を閉じていろ!」
 フロドアルトはフリッツィにいって聞かせると、改めてイドゥベルガに向き直った。
「わたしは貴様とルオトリープの息の根を止めるために戻ってきた。ちょうどいい、この場で成敗してくれる!」
 剣を抜き、女に向かって切っ先を構える。
「バカな男ね。あのまま帰っていれば良かったのに。いいわ、退屈だから相手をしてあげる。ここだと、どんなに叫んでも助けは来ないわ。覚悟しなさい」
 フロドアルトは剣を振り上げ斬りかかったが、イドゥベルガはなんなくその切っ先を素手でつかみ取った。
「うっ……!」
「本当におろかね。こんな物で、わたしが殺せると思ったの?」
「おのれ、魔女め……」
 とんでもない怪力だった。フロドアルトは力づくで引き抜こうとするが、万力に挟まれたようにびくともしない。イドゥベルガは涼しい顔を浮かべる。
「フロドアルト様!」
 ヴィッテキントたちが加勢しようとしたが、そうはさせまいとイドゥベルガはつかんだ手に魔力を込めた。
「見せてあげるわ、わたしの力の一端を! グリューエン!」
 集中させた魔力が熱を帯び、フロドアルトの剣を真っ赤に焦がす。鋼鉄の刃が焼けて強度を失うと、イドゥベルガはいともたやすくこれをへし折った。
「キースリヒもエルズィングも、こうしてあたしが焼き殺してあげたのよ! 次はあなたよ、フロドアルト! 首? それとも手足? どこでも好きな部分を焼いて、焦して、引きちぎってあげるわ!」
 イドゥベルガは髪を振り乱し、恍惚にも似た表情を浮かべる。
 フロドアルトは折れた剣を握りしめたまま、魔女の迫力にたじろぐ。ヴィッテキントたちも、攻撃する機会と気力を逸した。
 地下世界に焼けた鉄の匂いが充満するなかで、男たちが及び腰になる。だが、どんな時にも強気と大胆さを失わない(つわもの)が一人だけいた。
「そんな、バカ力が自慢なだけの術で、いい気になるんじゃないわよ!」
 フリッツィは不意をついて飛びかかると、魔女の頬を掻き切った。
 大きなダメージではないが、熱しきったイドゥベルガの魔力に冷や水を浴びせる程度の効果はあった。
「なに怯んでるのよ! こんなところで逃げ出すつもり? あなたのお父さんを助けるんじゃなかったの!」
 間髪入れず、フロドアルトたちを叱咤する。
 犬猿の相手にいわれっぱなしになるのを、公子は良しとしなかった。
「くっ……いちいち癇に障る女だ。だが、貴様のいうとおりだ。こんなこけおどしに、呆けている場合ではない!」
 フロドアルトは折れた剣を投げ捨て、自分自身を奮い立たせる。
「ホントにダメね、男って。すぐに怖気づくんだから。ここからが本番よ。あたしも一緒に戦ってあげるから、みんなしっかりしなさい!」
 フリッツィに励まされ、ヴィッテキントたちも勇気づけられた。
 不覚に一撃を浴びたイドゥベルガは切れた頬を指でなぞると、不敵な笑みを浮かべてフリッツィを睨みつけた。
「やってくれたわね。これが本当の窮鼠猫を噛むってやつかしら? でも、二度は通用しないわよ!」
「だーかーらー、あたしは、ネズミじゃないっていってるでしょ!」
「わたしの顔に傷をつけた代償は高くつくわよ。骨も残らないくらいに焼きつくしてあげるわ!」
 魔女が再び魔力を集中させる。そうはさせまいと、今度こそヴィッテキントたちが前へ出た。
「フロドアルト様とフリッツィ殿をお守りしろ! ライヒェンバッハ騎士団の力を示せ!!」
 騎士たちが壁になる。しかし、魔女は軽々とこれをあしらった。
「人間ごときが思いあがるな! あなたたちが束になったところで、わたしの相手にはならないわ!」
 イドゥベルガはフロドアルトにしたように、斬りかかった騎士の剣を掴むと、その身体を持ち上げてヴィッテキントたちへ投げつけた。
 気迫だけはよかったが、一撃で総崩れになったライヒェンバッハ騎士団を見て、フリッツィはため息をもらした。
「あらら、情けない。でも困ったわね、あいつ結構強いかも……」
 今ごろになって、イドゥベルガの力に脅威する。
 フリッツィは急に腰が引けると、フロドアルトに提案した。
「ねえ、今日のところはこれぐらいにして、明日また出直さない?」
「バカなことをいうな! ここまで来て、おめおめと引き下がれるか!」
「でも、あたしの勘だけど、あいつ普通じゃないわ。一度戻って、ヴァルトハイデたちを連れてきた方がいいんじゃないかな?」
「ふざけるな! 誰があんな女の力など借りるものか!」
 フロドアルトにも意地があった。側近が落とした剣を拾い上げ、徹底抗戦を主張する。
「もう、ホント、男ってめんどくさいわね!」
 一人ならさっさと逃げることもできたが、さすがのフリッツィもフロドアルトたちを置き去りにはできない。
 こうなったら玉砕覚悟で、やれるだけのことをやるしかないと開き直った。
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