第20話 魔女っ娘★レーヴァちゃん Ⅳ

文字数 3,425文字

 ゴードレーヴァによるレギスヴィンダへの謁見が終わった後、ゲーパとフリッツィは部屋へ戻り感想を述べあった。
「やっぱり、感じのよさそうな娘だったじゃない?」
 魔女好きに悪い人間はいない。そんな偏った価値観の下、フリッツィは自分の目に狂いはなかったとゴードレーヴァへの好印象を語る。
「でも、ちょっと極端すぎない? いくらなんでも、ヴァルトハイデにあんなこというなんて……」
「そんなことないわよ。むしろ、あれぐらいはっきりいえる方が公爵家のお嬢様として頼もしいわ!」
 フリッツィはあくまでゴードレーヴァを支持した。その理由には、困っているヴァルトハイデが面白そうなので、もう少し見ていたいという少々意地の悪い趣味も含まれていた。
 噂をすればなんとやら。二人が話していると、窓の外から当人たちの声が聞こえてきた。
「もう、ヴァルトハイデは来ないでっていってるでしょ!」
 窓から外を覗くと、ゴードレーヴァがレギスヴィンダに腕をからませ、後ろを振り返って声を荒らげるのが見えた。
「そうはいわれましても、わたしには殿下をお守りする義務がありますので、お傍を離れるわけにはまいりません」
「それが余計だっていうの。もし魔女が来ても、あたしが話し合って解決するんだから、ヴァルトハイデは必要ないの! お従姉さま。向こうへ行って、二人だけでお話しましょ」
 ゴードレーヴァは人の来ない庭園の木陰へレギスヴィンダを誘う。
 拒絶されてもなお、生真面目に使命を果たそうとするヴァルトハイデの困り顔を見て、フリッツィは期待していたように微笑んだ。
「やってる、やってる」
 他人が困っているのを見て喜ぶなんて趣味が悪いと、ゲーパがたしなめる。しかしフリッツィはお構いなしで、何か大きな事件でも起こらないかと期待した。


 夜はゴードレーヴァを歓迎して晩餐会が催された。
 シェーニンガー宮殿に帝都在住の貴族や名士が参集する。
 もちろん、ゲーパとフリッツィもこれにお呼ばれし、レギスヴィンダのはからいでゴードレーヴァと同じ席を割り当てられた。が、ヴァルトハイデに限っては、自分が傍にいると公女の機嫌が損なわれるからという理由で会に参加することを固辞し、会場警備という名目で少し離れた場所からレギスヴィンダたちを見守ることにした。
「続いて、ランドルフ・フォン・オステラウアー宰相閣下の御挨拶です」
 名を呼ばれた者がそれぞれに帝室やライヒェンバッハ家に対する賛辞や祝辞を述べ、杯を掲げる。
 宮廷主催の晩餐会ともなれば招待されるだけでも大変な名誉であり、政治的にも強い意味を持つ。この機に自分をアピールしようと美辞麗句を並べたてる者も多いが、ゴードレーヴァにとっては見え透いたゴマすりの大合唱にしか聞こえない。退屈を持て余す公爵家の令嬢は会場の片隅にたたずむヴァルトハイデを見つけると、「べー!」と舌を出した。
「それで、ゴードレーヴァ様は、どうして魔女に興味を持たれるようになったんですか?」
 ゲーパが訊ねた。来賓の挨拶は続いている。
「お婆さまのお話を聞いてよ」
「ギーゼルハイト様ですね。わたくしにも、よくお話しを聞かせてくださいました。とても優しく、そしてチャーミングな方でした。わたくしにとっても、良い想い出となっております」
 レギスヴィンダが答えた。
 幼いころ二人は同じベッドで眠り、その枕もとでギーゼルハイトが何度も物語や昔話を語ってくれた。ゴードレーヴァに魔女への憧れを植え付けた祖母は六年前に亡くなっており、訃報を知った時にはレギスヴィンダも悲しみにくれた。
「そのお婆さまも、魔女のことが好きだったのね。分かるわ。さぞかし開明的で偏見のない、立派な方だったんでしょ」
 フリッツィが感心する。
 ゴードレーヴァが魔女に興味を持つようになったきっかけは、確かに祖母による影響が大きかった。しかし、夢物語にあこがれる幼少期だけならいざ知らず、分別をわきまえなければならない少女期に入ってもなお関心を抱き続けるのには、いささか深刻な事情が含まれていた。
「お婆様がいつもいわれていたの。魔女の国には、どんな病気もたちどころに治す魔法の薬があるって」
 ゴードレーヴァとフロドアルトの父であるライヒェンバッハ候ルペルトゥス・ゲルラハは生来病弱で、母であるギーゼルハイトはいつもその身を心配していた。強い身体に生んでやれなかったことを生涯にわたって悔やみ、息子を治療するために、ありとあらゆる手段を費やした。
 その時に何者かから聞き及んだのが『魔女の薬』なるものだった。
「魔女の薬、そんなのあったかな……?」
 ゲーパは呟き、フリッツィに「知ってる?」と訊いてみた。
 いかなる病も完治するといわれるものらしいが、博識の年長者も知らないと答える。
「ゴードレーヴァ様も、それを探してるの?」
 ゲーパが訊ねた。
「お父さまのためだもの。もし手に入れられるのなら、何だってするわ」
 ゴードレーヴァの気持ちは健気で、とても理解できるものではあったが、魔女の聖地と呼ばれるハルツにも、そのように都合のいい薬はなかった。
 おそらくそれはギーゼルハイトを慰めるため、あるいは詐欺師が偽薬を高く売りつけるためにでっちあげた架空の代物だろうと思われた。とはいえ、それをゴードレーヴァに伝えるのは酷である。
「ちなみに、それってどんなものなの?」
 フリッツィが訊ねた。ゴードレーヴァは少し考えてから、想い出すように答えた。
「よく知らないんだけど……竜のうろことか、一角獣のつのとか、色々な材料を混ぜあわせてつくるらしいわ」
 希望を砕くようで申し訳ないが、いかにもありそうな作り話である。力になってあげたいが、こればかりはどうしようもない。二人はゴードレーヴァの夢や憧れを壊さないよう、親身になって聞くふりをした。
「……そうそう、あと大事なのが猫の舌。特に人間の言葉をしゃべれるようになった雌猫のが理想ね。毛色が黒だったら申し分ないわ!」
 付け加えるようにゴードレーヴァがいうと、フリッツィは飲みかけていた水を噴き出した。
 せき込む黒猫に「どうしたの?」とゴードレーヴァが問いかける。
「な、何でもないわ……見つかるといいわね。魔女の薬が……」
 レギスヴィンダもゲーパも、最高の材料がここにあるとは答えられなかった。
 ゴードレーヴァのヴァルトハイデに対する拒絶の意志は頑なに変わることがなかったが、食事をともにし、あれこれ魔女について話を聞くうちに、ゲーパやフリッツィとはすっかり打ち解けていた。
「魔女っていっても二種類いるの。ハルツに属する正統派の魔女と、そうでないはぐれ魔女。とはいっても、ハルツに属さないからって、すべてのはぐれ魔女がルーム帝国に敵対している訳じゃないのよ」
 食事中もゴードレーヴァは、ゲーパから魔女についての講釈を聞いた。
 よほど内容が興味深いのか、時に質問し、相槌し、目を輝かせることもあった。しかし、はるばるエスペンラウプから数日をかけて上洛してきた疲れが出たのであろう、おしゃまな公女は、晩餐会の途中でフォークとナイフを握ったまま寝息を立てていた。
「……疲れたのね。無理もないわ。このまま寝室へ運んであげましょう」
 退屈な大人たちの話を聞き、父親の名代として振る舞わなければならないゴードレーヴァには、精神的にも無理があったのだろう。レギスヴィンダはヴァルトハイデを呼ぶと、起こさないように抱きあげさせた。
「今夜は、この城へ泊めることにします。わたくしの部屋へ運んでください」
「よろしいのですか?」
「フロドアルト公子には、わたくしから説明します」
 帝都に滞在している間、ゴードレーヴァはアウフデアハイデ城に宿泊する予定になっていた。しかし、すでに寝入っている少女を起こして兄の下へ連れていくのは忍びない。
 その旨をレギスヴィンダが伝えると、フロドアルトは好きにすればいいと素っ気なく答えた。兄にとっても、妹がいると騒がしさや煩わしさの原因にしかならない。本人が望むなら、エスペンラウプへ帰るまでずっとシェーニンガー宮殿に泊めてやればいいと答える有様だった。
 とはいえレギスヴィンダにも、幼いころに戻ってゴードレーヴァと同じベッドで眠りたいという希望もあった。
「分かりました、では、そのようにいたします」
 誰ひとり反対する者はいなかった。ヴァルトハイデはいわれるまま、ゴードレーヴァを抱き上げ皇女の寝室へ運んだ。
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