第30話 女帝誕生 Ⅰ

文字数 2,091文字

 薄暗い寝室に、白髪の老人が横たわる。そこへ、背の高い壮年の男がやってくる。
「父上、黒き森に集まった魔女たちが帝国軍によって排除されたようです」
「……リントガルトはどうなった?」
「レギスヴィンダが親率する討伐隊によって討たれたそうです。心臓に、例の剣を突き立てられて……」
「フフフ……そうか、それはめでたい! あの小娘が死んだか! 思い上がりの恩知らずめが! わたしよりも先にくたばるとは、いい気味だ!! ハーハッハッハッハッハ!!!!!!」
 ルオトリープが答えると、フレルクは仰向けのまま狂ったように哄笑する。しかし、それは長く続かず、すぐに気管が詰まってせき込んだ。
 父が落ち着くのを待って、冷ややかに子が続ける。
「しかし、意外でした。人であれ魔女であれ、あのリントガルトに勝る者がいるとは思いませんでした。いったい、何者が黒き森の魔女を打ち負かしたのでしょう?」
「決まっている。ハルツの魔女だ」
「とは言われましても、今のハルツにリントガルトを討てるほどの魔女がいるとは思えませんが……」
「そんなことはどうでもいい。誰がリントガルトを始末してくれたかは知らぬが、邪魔者が消えたのだ。次は、我らが偽りの帝国に正義の鉄槌を振り下ろす番だ……」
「ですが、それこそが至難の業。今回のことによって帝国軍は結束力を強め、士気も高まっています。レギスヴィンダにおいては、その人気は国民の間でとどまるところを知らず、レムベルト皇太子に匹敵する英雄ともてはやされています」
「ユングベックの私生児が……偉大なレムベルト皇太子の末孫を語るなど増長の極み……ゴーデリンデの血脈は、一人たりとも生かしておくわけにはいかぬ!」
「そうは言われましても、もはや諸侯の中にもレギスヴィンダに逆らえる者はおりません。近く、帝位を継承するそうです」
「それも一時的なことだ……いまはせいぜい邯鄲(かんたん)の夢に遊ばせておけ。やがて訪れる破滅に飛び起きるまでは……」
 フレルクは意気軒高で、ルーム帝国への敵愾心を捨てていなかった。その身体は老衰し、リントガルトに受けた傷も完治していないにも関わらず。
 父が威勢のいい言葉を発するほど、息子の心は白けていった。
「わたしも、いつまでもじっとはしておれぬ。ルオトリープよ、食い物を持って来い。まずは体力をつけ、新たな研究に取り掛かる準備を始めるぞ!」
「……父上、無理をなさらないでください。研究のことは、わたしにお任せを」
「黙れ! 他人に任せておいた結果が、ファストラーデのような裏切り者を生み出した。わたしはもう、誰も信じぬ!」
「ファストラーデ……」
「何をしておる。はやく、食い物を持って来い!」
「……分りました。ですが、その前にこの薬をお飲みください。わたしが調合した霊薬です」
「ふん。こんなもの、ただの気休めではないか!」
「そういわずに、どうか」
「しつこい奴だ。だが、よかろう。その間に、お前はさっさと飯の支度をしてこい。せいぜい、精のつく物を用意するのだぞ!」
「分かっております……」
 ルオトリープは薬を渡し、やれやれといった顔で部屋を出た。が、そのまま食事の準備に行くことはなかった。扉の前で立ち止まり、背中越しに父の声が聞こえるのを待った。
 すぐに、部屋の中から苦しむ声がする。待ち構えていた息子がドアを開けると、恨めしそうな表情でフレルクが訴えた。
「ルオトリープよ……何を飲ませた……?」
「父上を、楽にしてさしあげる薬です」
「……お前まで、わたしを裏切るのか?」
「父上が悪いのですよ。もう少し、魔女たちを信用してやれば良かったものを。使い捨ての道具のように扱った報いです」
「情けなき、息子よ……魔女どもにほだされたか…………」
「そうではありません。何が悲しくて、今さらルーム帝国を敵視しなければならないのですか? 父上のお気持ちは察します。ですが、時代が変わったのです。いつまでも、妄執につきあってはいられません。わたしは自由に生きます」
「後悔するぞ……お前には、この国を本来の姿へ戻す義務と権利があるものを……」
「わたしが求めていたものは、そんなものではありません。ただ……いえ、やめましょう。これ以上、父上を責めるつもりはありません。ご安心ください、父上の研究は、わたしが引き継ぎます。ですがその前に、父上が培った知識と経験を保存させてもらいます」
 ルオトリープは指笛を鳴らした。一羽のフクロウが窓枠にとまる。
「な、何をする気だ……?」
「父上の頭脳をいただきます。動かないでください。傷をつければ、すべてが台無しになりますので」
「やめろ、ルオトリープ。そんなことをしても、失ったものは甦らないぞ……!」
「異なことをおっしゃられる。では、父上が行ってきた研究は何だったのですか? わたしが父上の記憶と経験、そして父上が持ち出してくれたオッティリアの首を使い、より完全な魔女を生み出して見せますよ。どうか、その様を、(そら)の上よりご覧ください」
 ルオトリープは薬の効果でフレルクの身体を麻痺させると、その首を切り落とした。
 そして荷物をまとめると、フクロウとともに姿を消した。
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