第30話 女帝誕生 Ⅱ

文字数 1,972文字

 レギスヴィンダたちが帝都へ凱旋した。
 常闇の王エルシェンブロイヒとの戦いに続き、またも帝国軍を率いて大勝をおさめた若き皇女に人々は熱狂し、惜しみない喝采を送る。
 誰もがレギスヴィンダをレムベルト皇太子の再来と信じて疑わず、帝位を受け継ぐにふさわしい唯一にして正当な後継者と支持した。
 だが、馬車に乗って歓呼の中を進むレギスヴィンダの表情に晴れやかさはなかった。
 最大の勝利の立役者はルームの皇女ではなく、自らの手で妹を討たなければならなかったハルツの魔女である。
 彼女の心情を思えば、とても華やいだ気分にはなれなかった。まして手柄を取り上げ、民衆に功を誇ることなどできるはずがない。
 本当に称賛されるべきは、傷も完治しない身体で馬にまたがり、目立たぬよう行列に供奉するヴァルトハイデである。
 そんな魔女の献身を思いやりながら、レギスヴィンダは自覚していた。七十年前と同じように、自分は祀り上げられた偽りの英雄なのだと。しかし、国家を統治するためには、いつの時代も虚像を必要としていることは事実だった。


 リントガルトを倒した後のことである。レギスヴィンダはブロートシェルムに諸侯を集め、今後の魔女との戦いについて方針を定めた。
「黒き森から逃げ去った魔女に対して、追撃や掃討は行いません。諸侯連合はこのまま解散し、それぞれの領内において秩序の維持や、魔女の災禍に見舞われた者への救済に努めてください」
 この決定を聞かされた時、諸侯の中には一定の理解を示す者もいたが、多くは納得できないといった様子だった。
「畏れながら殿下、黒き森の魔女集団はその中核を失い、もはや組織として機能しておりません。いま追撃をかければ、この国から魔女勢力を一掃することも可能かと思われます」
 諸侯の一人が異議を唱えた。黒き森で勝利を収めたことによって帝国軍の士気は上がっており、最後の一人になるまで魔女を追い詰め徹底的に討伐すべしとの意見が大勢を占めた。
 もしも諸侯連合を率いるのが父であるジークブレヒトだったなら、彼らの主張を容れて征討を続けただろうが、これから訪れる新しい社会、自分の治世においては、それは絶対にしないとレギスヴィンダは決めていた。
「皆の見識はまったくもって正しく、この国を衷心より憂いてのものだと、わたくしは受け止めています。ですが、いくら魔女を追い立て、英雄の名のもとに正義の刃を振り下ろそうとも、根底的な解決にはなりません。七十年前の戦いの後、魔女たちが闇に息をひそめ、今次の暴発を招いたのと同じように、力による弾圧や迫害は呪いや憎しみの根を深くするだけです」
「では、どうされよといわれるのですか?」
「もちろん、罪ある者を免罪せよと言っているのではありません。ですが根拠のない訴えや悪意を持った憶測による魔女狩り、拷問を用いての自白、それらを基にした裁判や刑の執行は禁じます。魔女の中に自発的に前非を悔い、赦しを乞う者がいれば、わたくしはルーム帝室の代表としてこれを保護し、正しき道へ導く努力を放棄するつもりはありません」
 レギスヴィンダは本気で人と魔女が共存できる社会の構築を目指した。
 そのためには互いを許しあう寛容の精神こそが必要だった。しかし、諸侯の中には家族や同胞を失い、魔女こそ根源的な悪であり、この世から取り除かなければならない禍と信じて疑わない者も多くいた。
 レギスヴィンダの言葉は、理想論ばかりを並べ立てたきれい事に聞こえた。
 所詮は宮殿内で育てられた実社会を知らない小娘の戯言と、陰口をたたく者さえいた。
 それでも事実上の最高権力者であり、実際に黒き森の魔女集団を討伐してみせた実績に対して、面前と反論できる者はいなかった。
 解散を命じて諸侯がブロートシェルムから去った後、フロドアルトがレギスヴィンダに忠言した。
「お前のやろうとしていることに、わたしも反対はしない。しかし、諸侯を侮るな。今はお前に従っているが、野心を捨てたわけではない。魔女との戦いが終われば、次は奴らが敵となる。今すぐ帝都へ戻り、即位しろ。民衆の支持が、お前の力となろう」
 ヴァルトハイデたちと過ごすうちに、フロドアルトも魔女に対する考え方が変わった。レギスヴィンダほど急進的ではないにしても、古い価値観にしがみついていたのでは今後もルーム帝国を存続させ、さらに発展させることは難しいと感じていた。
 諸侯よりも、魔女の方が信用できるとまでは言わなかったが、レギスヴィンダにとってはよほど役立つはずだった。


 民衆の歓声を聞きながら、社会が英雄を求めているのであれば、せいぜいその役を演じてみせようとレギスヴィンダは自分に言い聞かせた。
 皇女を乗せた馬車は沸き立つ人の波を抜けると、シェーニンガー宮殿には戻らず、父母の眠るドライハウプト僧院教会へ向かった。
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