第34話 敢えてその名を Ⅱ

文字数 2,747文字

 諸侯による魔女狩りは日を追うごとに苛烈さを増した。
 皇帝を支持する者は声を潜め、魔女を弾圧し、迫害する者たちばかりが気炎をあげる。
 犠牲者の数は増加の一途をたどり、魔女の中にも徒党を組んで反撃を開始する者が現れた。


 丘の上で魔女が見張っている。
「リカルダ、来たよ!」
 収容所へ続く道に護送用の馬車がやってくると、見張りの魔女が仲間を呼んだ。
 呼ばれた魔女は目を凝らし、確認する。
「……間違いない、ここで待っていて正解だった」
「ねえ、リカルダ、あたしも役に立っただろ?」
「ああ」
「だったら、あたしも連れてってよ?」
「ダメだ、エメリーネ。お前にはまだ早い」
「お願いだよ、足手まといになるようなことは絶対しないから!」
「約束したはずだ。仲間にはしてやるが危険なことはしないと」
「どうしてだよ! あたしも、みんなと一緒に戦いたいんだ! 見てるだけなんて嫌なんだよ!」
「わたしたちは戦いに行くんじゃない。不当に囚われた者を助けに行くんだ」
「でも……」
「安心しろ。お前も十分役に立っている。そのことは、みんなも理解している」
「分かったよ、リカルダ……」
 年少の魔女が納得すると、リーダーの魔女は他の仲間たちを鼓舞した。
「わたしたちは少数だ。帝国と戦った経験もない。だが、いま立ち上がらなければ、このまますべての魔女の未来が閉ざされる。心配はない。事前に計画したとおりに行動すれば、必ず目的は達成される! これが、わたしたちの初陣だ。帝国に勝利し、仲間を解放する!」
 魔女たちは決起した。


 魔女と、その疑いをかけられた者たちを移送する馬車には、複数の護衛がついている。しかし、自分たちが狙われているとは知りようもなく、中には魔女を侮り油断する者もいた。
「おい、お前、やけに固くなってるな。もしかして、魔女に係わる任務はこれが初めてか? そんなに緊張してたら、収容所に着くまで持たないぜ?」
 馬にまたがった年長の兵士が、からかいながら若い兵士に話しかける。
 年長の兵士は退屈な任務に飽きていた。若い兵士は生真面目で、手綱を握る手にも力がこもる。
「緊張なんかしていません。自分は重要な任務を遂行するため、気を張っているだけです。そういうあなたこそ、本当は魔女が恐ろしいんじゃないですか?」
 若い兵士が訊ねると、年長の兵士はおどけながら答えてみせた。
「ああ、恐いねえ。なんてったってオレは、黒き森の魔女集団との戦いにも参加したからな。魔女の恐ろしさは身をもって知っている」
 素直ともとれる返答に、若い兵士は面食らう。年長の兵士は、そんな反応を面白がってさらに続けた。
「そうはいってもだな。オレたちが護送しているのは魔女の中でも下っ端の連中だ」
「……下っ端?」
「お前に、いいことを教えておいてやる。魔女にも序列ってものがある。恐ろしいのは強い力を持った上級の魔女だ。しかし、そんな上級魔女も、ほとんどが黒き森で戦って死んだ。だから残ってるのは、ろくな力もない下っ端連中だけさ」
「そうなんですか……」
「だから、そう固くなるな。こんな奴ら、いくら暴れたところで恐ろしくない。自力で逃げ出す意気地すらない連中だ」
 年長の兵士の説明を聞いて、若い兵士は馬車を振り返る。格子のついた窓から見える女たちの顔は青白く、確かに強い力を持った魔女には見えなかった。
「お前たち、何を話している! 私語は慎め!」
 先頭の隊長が二人を注意する。年長の兵士は口を閉じ、若い兵士は気を楽にした。
 道端の石を踏み、女たちを運ぶ馬車が“ガタン”と揺れた直後だった。先頭を行く隊長の馬が歩みを止めた。
「うん、どうした? なぜ、こんなところで立ち止まる!」
 馬が疲れ、歩くのを放棄したのかと思った。
 収容所へはまだ遠く、道草など食っている暇はない。隊長は駒の腹を蹴り、無理やりにでも進ませようとした。が、頑として動かない。
「こら! いうことを聞け! 早く行かぬか!」
 立ち止まったのは隊長の馬だけではなかった。兵士を乗せた馬も、馬車を曳く馬も、すべてが金縛りにあったように動かない。
 どうしたのかと、誰もが不可解に思った時だった。若い兵士が呟いた。
「笛の音が聞こえる……」
「何……?」
 年長の兵士も耳を澄ました。かすかに甘い音色が響いている。
 兵士がそれに気づくと立ち止まっていた馬たちの金縛りが解け、音のする方向へと歩きだした。
「おい、どこへ行く! そっちではない! 戻れ!!」
 隊長が手綱を操るが馬は言うことを聞かない。まるで何かに操られるかのように道を外れ、人気のない岩山へと向かった。
 狭い谷間に入ったところで、再び馬が脚を止める。
「こんなところに何の用があるというのだ! 早く、もとの道へ戻らぬか!!」
 隊長は腹立たしげに強く馬の腹を蹴ったが、馬たちは無反応に立ち尽くす。
 兵士たちの心に魔女の仕業ではないかと不安が生じた直後、どこからともなく声が響いた。
「罪なき者を捕え、汚れなき命を奪うルーム帝国の兵士に警告する。我らはこの地に住まう精霊なり。馬車をおいて立ち去るがよい。さもなくば、そなたらが命を捨てることになる!」
 声は岩壁に反射し、どこから発しているのかわからない。
 谷の奥からは強い風が吹き抜け、怪しげな気配が立ち込める。
 誰もが恐怖を感じたが、任務を投げ出すわけにはいかない。隊長は自らを奮い立たせ、渓谷の奥へと声を上げた。
「おのれ、卑怯者め! 姿を現わせ! おおかた仲間を奪い返しにきた魔女の仕業であろう! このようなこけおどしがルームの騎士に通用すると思ったか! 隠れてないで出てくるがよい! 正々堂々と戦ってみよ!」
「愚か者め! では、望みどおり死をくれてやろう!」
 岩場の間から複数の陰が姿を現す。どれも醜悪な仮面をかぶり、手に斧や鎌や鎖を持っている。
「やはり、妖婦の群れか! 構わぬ、残らず斬って捨てよ!!」
 隊長は兵士に命じるが、やはり馬は反応しない。仕方なく、全員馬から降りて魔女の群れへ襲いかかった。
 女たちは戦わず、すぐに逃げ去る。兵士たちは後を追いかけ、谷の奥へ突き進んだ。それが合図だった。
「今だ!」
 隠れていた別の女たちが姿を現し、取り残された馬車へ襲いかかる。無防備な御者を蹴り落として手綱を奪うと、囚人を乗せた馬車は谷間から走り去った。
「しまった!!」
 隊長が罠に気づいた時には手遅れだった。
「囚人たちは頂いた。お前たちにはこれをくれてやる。さらばだ!」
 リカルダはつむじ風を起こすと兵士たちの視界をくらませ、自分たちも谷間から消えた。
 年長の兵士が言った通り、彼女たちの中に上級の魔女は一人もいなかった。それでも小さな力を合わせることで魔女は一人の犠牲者も出すことなく、まんまと囚人を奪い去った。
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