第12話 皇女の帰還 Ⅲ

文字数 3,668文字

「……つまり、そもそもの発端はレムベルト皇太子が魔女の娘をたぶらかしたことによるものだというのだな?」
 オッティリアが呪いの魔女と呼ばれるようになるまでの経緯と、そのために愛したはずの女性を自らの命と引き換えにしてまで討たなければならなくなった理由を聞き終えたとき、フロドアルトは軽蔑に似た感情を抱いていた。
 同席していた腹心のヴィッテキントは青ざめ、言葉を失くした。
「たぶらかしたというのは違います。二人は心から愛し合っていたと聞きました」
「同じことだ! なるほどな……そんなこと公表できるはずもない。七十年前の戦いの真相が、英雄だと信じていたレムベルトの個人的な痴情のもつれから始まったものだったとは! 幸いにも今回の敗退はメーメスハイム子爵の責任ということになっている。このまがい物の剣がへし折られる所を見た者は、我が軍の兵士の他には誰もいない。黙っていれば、このまま騙しとおせるだろう。子爵には悪いが泥を被ってもらう。ヴァルトハイデよ、真実を語ってくれたことに感謝する。また、レギスヴィンダが結んだハルツとの盟約は、すべての戦いが終結するまで尊重させてもらう。わたしからも卿らを国賓として歓迎する。ヴィッテキントよ、貴様もここで聞いたことを他言してはならぬぞ!」
「ハッ、わたしは、この場において何も聞いておりません。レムベルト皇太子は救国の英雄であり、ルーム帝室こそが唯一絶対の統治者であります」
「レギスヴィンダよ、それで好かろう?」
 フロドアルトは引き続き事実を隠蔽し、ハルツと共闘して悪しき七人の魔女との戦いに臨むことを認めた。たとえ本意でなかったとしても、他に選ぶ道はなかった。が、レギスヴィンダの考えは違った。
従兄(にい)様は反対なさるかもしれませんが、わたくしは今回のことを公表すべきだと考えています」
「バカなことをいうな! そんなことをすれば諸侯が反発するのは目に見えている。奴らはお前が考えているほど従順でもなければ、忠義に篤い者ばかりではない。隙あらば謀反を起こし、帝位を簒奪せんと企んでいる。だからこそわたしが誰よりも早く帝都へ駆けつけ、諸侯を束ねて戦って見せたのだ。そんなことも分からないのか!」
従兄(にい)様のいわれることはもっともです。ですが事実を隠蔽し、真実を闇の中へ閉ざしたことが、今回の争いの原因につながったのではないでしょうか?」
「それは理屈だ。レムベルトとオッティリアの関係を明るみにした所で、利益を得るのは我らに取って代わろうと陰謀を企む敵対者のみ。さらなる争いの原因になったとしても、解決の糸口にはならぬ」
「わたくしはそうは思いません。人と魔女の反目、誤解や差別がレムベルト皇太子とオッティリアの仲を裂き、不幸を生んだのです。たしかに事実を公表すれば帝室は尊厳を失い、ルームの栄光に傷が付くでしょう。それでも、再び口を閉ざしてしまえば未来に対して禍根を残し、同じような不幸を繰り返します。それならば、わたくしは一時の不名誉を被ろうとも、人と魔女が手を取り合って生きていける世の中を目指すべきだと考えています」
「レギスヴィンダよ、お前がいっているのは机上の正義感に囚われた綺麗ごとだ。浅はかな妄想だ。そんなことをすれば一時の不名誉などではなく、永遠にこの国の未来が失われる」
「いいえ、わたくしは短い期間とはいえ、ハルツで過ごして確信しました。人も魔女も根は同じ、情誼を持って接すれば理解しあえると」
「そんなものは必要ない。これまで通り、人と魔女が交わらなければ済むだけだ!」
 レギスヴィンダとフロドアルトの考えは根本から相容れぬものだった。
 フロドアルトは、ヴァルトハイデに対しても同様の価値観を要求する。
「ヴァルトハイデといったな。レムベルトは同盟の対価としてハルツを魔女の領地として安堵すると約束したそうだな。それについては、わたしも異論ない。だが、今次魔女との戦いにおいて貴様らの手を借りるにしても、それ以上の要求は認めぬ。それでよければ、貴様らの参戦を認めよう」
「わたしは交渉の権限を持ち合わせておりません。なによりも、今回のことにおいては、ハルツは帝国に対してなんらの要求もいたしておりません。わたしはただ、レギスヴィンダ様に仕えるよう命じられているだけです」
「好い心がけだ。レギスヴィンダよ、魔女殿はこういっている。お前も良いな?」
「いいえ、わたくしは――」
「くどいぞ、レギスヴィンダ! これは我々だけで決めて良い問題ではない。過去五百年における栄光に満ちたルームの歴史、さらに未来永劫へと続く約束された勝利と繁栄の道を失うことになるのだぞ。歴代の皇帝たちや、我らの血を受け継いで生まれてくる子孫たちに、お前一人で責任を持てるのか? 一時的な感情に流され、大局を見誤るな!」
 レギスヴィンダの考えも、帝国の未来に責任をもつためのものだった。しかし、フロドアルトはそれを認めなかった。どちらの考えが正しいかは、今の時点では誰にも分からなかった。
「話はついた。ヴァルトハイデよ、短い時間ではあったが話を聞けてよかった。わたしは多忙の身だ、常にレギスヴィンダの傍についていてやれるわけではない。わたしに代わって、彼女を守ってくれ」
「心得ております。わたしはレギスヴィンダ内親王殿下の剣となるために、この地へ参りました。身命に代えても、お守りいたします」
「それを聞いて安心した。帝都へ帰りついたばかりで疲れているだろう。無理をいって時間を取らせてしまったな。どうか、ゆっくり休んでくれ。わたしはアウフデアハイデに引き上げる。何かあれば、いつでも呼んでくれ」
「はい、従兄(にい)様……」
「それでは、残り二人の魔女殿にもよろしく頼む。フロドアルトが期待と歓迎をしていると伝えておいてくれ」
「承りました」
 ヴァルトハイデに伝言を頼むと、フロドアルトは腹心とともに部屋を後にした。
「なにあの態度? 嫌ねぇ、顔はいいんだけど、独善的で融通が利かないっていうか」
 フロドアルトが去ったとたん、窓の外で憤慨を発する声がした。フリッツィだった。
「そうかなぁ、確かに厳しい人だとは思うけど、いってることはもっともだと思うわ。理想だけじゃ、国はまとまらないもの」
 続けざまにゲーパがいった。二人の評価は、六十点とマイナス百点だった。
 ヴァルトハイデが振り返り、呆れたように呟く。
「フリッツィ、ゲーパまで……まさか、そんなところから覗いていたのか?」
「そうよ。全部聞かせてもらったわ」
「ごめんね。あたしはやめようっていったのに、フリッツィがどうしてもって……」
「なにいってるのよ。先に気になるっていったのはそっちでしょ!」
 言い訳と責任の押し付け合いを始める。ともかく、そんなところに浮いていないで中へ入るようレギスヴィンダがいった。
「でも、あんな言い方しなくてもいいと思わない? いくらなんでも、あれじゃお姫様が可愛そうよ」
 同情するようにフリッツィがいった。レギスヴィンダは、その見立ては間違っているとフロドアルトを庇った。
「公子は責任感の強い人なのです。悪く思わないでください。幼い頃はああではなかったのですが、公子のお父上であるライヒェンバッハ公は病を患い寝たきりで、皇帝皇后両陛下までお亡くなりになられたために自分がしっかりしなくてはならないと思いすぎているのです。むしろ、わたくしが公子の負担を減らしてさし上げなくてはならないのに……」
「相変わらず、お姫様はお優しいことで。そんなんだから付け上がるのよ。あなたの方が立場が上なんだから、ガツンといってやりなさい。つべこべいわず、わたしに従いなさいってね!」
 もどかしそうにフリッツィが続けた。しかし、それができないのがレギスヴィンダの人柄であり、ヴァルトハイデが傍について守ってやらなければと思う美点でもあった。


 シェーニンガー宮殿を後にしたフロドアルトは駒に跨りながら、腹心に向かって不満を述べた。
「皇帝皇后両陛下はレギスヴィンダを甘やかしすぎたのではないか? ああも無知で世間知らずな娘になっているとは思いもしなかったぞ」
「内親王殿下は、お優しすぎるのです。恐らくはハルツで、よほどの歓待を受けられたのでしょう。でなければ、あそこまで魔女に対して肩入れするとは思われません」
「だろうな。魔女どももこれを先途にとレギスヴィンダを抱き込み、様々な要求を突き付けるつもりだったのだろうが、そう簡単にわたしが首を縦に振ると思ったか。今まで通り、ハルツを魔女どもの住処に認めてやるだけで話をまとめられたのは我ながらよい取引だった。存外、あのヴァルトハイデという魔女は物分かりがいいようだ」
「ですが、物分かりがいいだけでは話になりません。きっちりと戦場で働いてもらわなければ」
「働いてもらうさ。わたしに向かって、あれだけの大言を放ったのだ。命と引き換えにしてでも、すべての魔女を葬り去ってもらう。そう、すべてのな……」
 フロドアルトは意味深に呟くと、足早に宮殿から遠ざかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み