第29話 ずっと二人で・・・ Ⅳ

文字数 1,746文字

 夕日に照らされた姉妹のもとへ、レギスヴィンダたちが集まってくる。
「ヴァルトハイデ、終わったのですね……?」
「はい、殿下。悪しき七人の魔女はすべて打ち倒しました」
「さすがね。あたしが見込んだだけのことはあるわ!」
 得意満面にフリッツィが感心する。
「でも、ホントにこれでよかったのかな……」
 地面に横たえられたリントガルトの遺体を前に、ゲーパは複雑な気持ちを抑えられなかった。
 ともかく戦いは終わり、これで平和が訪れると誰もが信じた。
「まだだ……」
 皆の希望を打ち消すような声が響いた。ファストラーデだった。
 菩提樹が倒れたことで胸甲の魔女は解放され、七人の魔女の最後の一人として生き残った。
「げっ、あいつのこと忘れてた……」
 怯えてフリッツィが身構えた。
「やめろ、ファストラーデ。これ以上、戦うことに何の意味がある!」
 オトヘルムが忠告する。胸甲の魔女は傷つき、剣も魔力も仲間もすべて失い、立っているのがやっとだった。
 ファストラーデがゆっくりと歩み寄る。ヴァルトハイデは、ランメルスベルクの剣を構えることはしなかった。忠告などせずとも、もはや七人の魔女のリーダーにその意思がないことを見ぬいていた。
「礼を言う、ハルツの魔女。お前でなければ、リントガルトを救うことはできなかった……」
 ファストラーデは感謝を告げると、膝をついてリントガルトに手を伸ばした。
「ちょっと、どうする気なの?」
 警戒しながら、フリッツィが訊ねた。ファストラーデは寂しそうではあったが、満ち足りた表情だった。
「哀れな女たちを率いた七人の魔女のリーダーとして、わたしには最後に為すべきことがある」
 リントガルトの遺体を抱き上げると、レギスヴィンダの方を向いてこれまでのことを謝罪した。
「殿下、ご迷惑をおかけしました。わたくしが犯した罪は許されるものではありません。この魂は地獄へ落ち、業火の中で焼かれるでしょう。それでも、わたくし以外の魔女はお許しください。殿下が創られる人と魔女が共存できる世界を夢見ながら、仲間とともにこの地に眠りたいと思います……」
 そういうと、最期の魔力で自分の身体を発火させた。
「ファストラーデ!」
 オトヘルムが叫んだ。
 七人の魔女が行ったことは許されるものではない。しかし、恨み続けることもできなかった。運命に翻弄された彼女たちも、人と魔女が和解するために必要な生け贄だったのではないかとレギスヴィンダは思った。
「ハルツの魔女よ、最後に一つだけ告げておく。フレルクは生きている。やつを倒さぬ限り、本当の平和は来ない」
「わかっている。後のことは任せろ」
 炎の中で、最期にファストラーデは笑みを浮かべた。それがヴァルトハイデへの信頼なのか、それとも嘲笑や憫笑なのかはわからない。ただ残された者たちにとって、この勝利は大いなる結末への一歩でしかなく、戦いはまだ続くのだと覚悟を新たにするものだった。
 リントガルトを抱いたファストラーデが灰となって消えた後、空には明星が輝いた。
 静けさが辺りを支配し、誰もが一つの区切りを感じた時だった。崩れ落ちた瓦礫の下から邪悪な魔力がよみがえった。
「死ね!」
 魔力の主は右肘を伸ばしてレギスヴィンダを襲う。
 全霊を尽くして戦ったヴァルトハイデに、これを迎え撃つ力は残っていない。ゲーパもフリッツィもブルヒャルトも虚を突かれたため反応が遅れた。唯一反撃の余力を残していたのはオトヘルムだった。
 グリミングの剣を抜き、死に損なった魔女の右腕を切り落とす。そして、そのまま駆け寄り、今度こそ止めの刃を振り下ろした。


 ミッターゴルディング城の崩壊とリントガルトの死は、巨大な魔力の消失となって、諸侯軍と向き合っていた魔女たちに伝わった。
 彼女たちは敗北を理解すると、これ以上の戦いは無意味と悟り、散り散りに黒き森から離脱して人々の前から姿を消した。
「そうか、終わったのだな……」
 魔女が逃走しているとの報を受け、諸侯軍を指揮していたフロドアルトもレギスヴィンダたちの勝利を確信した。
 全軍に掃討は無用と命じ、作戦の終了を宣言する。それは一つの時代の終わりであり、新たな時代の到来を予感させるものだった。
 女帝レギスヴィンダの誕生と、人と魔女が共存する世界の幕開けだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み