第26話 今なら Ⅱ
文字数 1,124文字
レギスヴィンダの指示に従い、諸侯連合は大軍をもって黒き森を東西南北から取り囲んだ。魔女たちはそれが陽動であることを知らず、戦力と注意力を帝国軍の迎撃に傾けた。
黒き森の中心に位置するミッターゴルディング城では、詰めていた魔女が出払ったため、城内には限られた数の見張りや戦闘能力の無いはした女 ばかりが残された。
ミッターゴルディング城の一室、斥候隊との戦闘で傷を負ったアスヴィーネは体力も回復し、ベッドに身体を起して窓の外を眺めていた。
そこへ、妹のエルラが食事を運んでくる。
「お姉ちゃん、もう起きていいの?」
「ああ、大丈夫だ。すまない、ずいぶん心配をかけたな……」
「……ううん。そんなことないよ。お姉ちゃんが無事でよかった」
エルラは食事をテーブルに置き、心からの笑顔を向けた。
「それより、いつになく城の中が静かなようだが?」
「帝国軍が攻めてきてるの。それで、みんな戦うために出て行っちゃった」
「そうか、帝国軍が……」
アスヴィーネは窓の外へ顔を向け、城内の静けさと木々のざわめきの訳を理解した。
「エルラ」
「なに、お姉ちゃん?」
食事の世話をするため、ベッドの傍に腰かけた妹を姉が見つめる。その顔は真剣だった。
「逃げよう。今なら誰にも気づかれずに外へ出られるはずだ」
二人は軟禁状態にあった。あるいは、そんな状態など作り出さずとも、深手を負ったアスヴィーネは立ち上がって部屋から出ることさえ困難だった。
エルラは困惑する。
「でも、お姉ちゃんの身体が……」
「大丈夫だ。お前が手当てしてくれたおかげで、すっかり良くなった」
アスヴィーネは妹に心配をかけまいと気丈にふるまった。しかし、体力は回復したとはいえ、まだその傷口は完全にふさがっていない。それでも、二人して望まぬ戦いから逃げ出すには、今をおいて他になかった。
エルラはわずかに逡巡したが、姉に促されると「うん」と答えた。
妹に支えられ、アスヴィーネが立ち上がる。その足取りは弱々しくも、二人でなら歩きだすことができた。
部屋の戸を開け、廊下を見渡す。城内に人影はなく、寂として静まり返っている。
「行こう」
監視がいないことを確かめると、二人は部屋を後にする。そして、わずかに居残った見張りの目を逃れるため廊下の窓から糸を垂らして地上に降りると、そのまま森の中へ姿を消した。
同じころ、同じ様に戦いに傷ついた男が出立の準備を整えていた。
「もういいのか?」
「大丈夫だ。いつまでもこんなところで休んではいられない。それに――」
「帝国軍が来ている今なら、気づかれずにミッターゴルディング城へ近づけるというのだろう?」
「その通りだ」
同盟を結んだオトヘルムとファストラーデが行動を開始しようとしていた。
黒き森の中心に位置するミッターゴルディング城では、詰めていた魔女が出払ったため、城内には限られた数の見張りや戦闘能力の無い
ミッターゴルディング城の一室、斥候隊との戦闘で傷を負ったアスヴィーネは体力も回復し、ベッドに身体を起して窓の外を眺めていた。
そこへ、妹のエルラが食事を運んでくる。
「お姉ちゃん、もう起きていいの?」
「ああ、大丈夫だ。すまない、ずいぶん心配をかけたな……」
「……ううん。そんなことないよ。お姉ちゃんが無事でよかった」
エルラは食事をテーブルに置き、心からの笑顔を向けた。
「それより、いつになく城の中が静かなようだが?」
「帝国軍が攻めてきてるの。それで、みんな戦うために出て行っちゃった」
「そうか、帝国軍が……」
アスヴィーネは窓の外へ顔を向け、城内の静けさと木々のざわめきの訳を理解した。
「エルラ」
「なに、お姉ちゃん?」
食事の世話をするため、ベッドの傍に腰かけた妹を姉が見つめる。その顔は真剣だった。
「逃げよう。今なら誰にも気づかれずに外へ出られるはずだ」
二人は軟禁状態にあった。あるいは、そんな状態など作り出さずとも、深手を負ったアスヴィーネは立ち上がって部屋から出ることさえ困難だった。
エルラは困惑する。
「でも、お姉ちゃんの身体が……」
「大丈夫だ。お前が手当てしてくれたおかげで、すっかり良くなった」
アスヴィーネは妹に心配をかけまいと気丈にふるまった。しかし、体力は回復したとはいえ、まだその傷口は完全にふさがっていない。それでも、二人して望まぬ戦いから逃げ出すには、今をおいて他になかった。
エルラはわずかに逡巡したが、姉に促されると「うん」と答えた。
妹に支えられ、アスヴィーネが立ち上がる。その足取りは弱々しくも、二人でなら歩きだすことができた。
部屋の戸を開け、廊下を見渡す。城内に人影はなく、寂として静まり返っている。
「行こう」
監視がいないことを確かめると、二人は部屋を後にする。そして、わずかに居残った見張りの目を逃れるため廊下の窓から糸を垂らして地上に降りると、そのまま森の中へ姿を消した。
同じころ、同じ様に戦いに傷ついた男が出立の準備を整えていた。
「もういいのか?」
「大丈夫だ。いつまでもこんなところで休んではいられない。それに――」
「帝国軍が来ている今なら、気づかれずにミッターゴルディング城へ近づけるというのだろう?」
「その通りだ」
同盟を結んだオトヘルムとファストラーデが行動を開始しようとしていた。