第22話 宣戦布告 Ⅳ

文字数 5,735文字

 悪しき魔女集団に係わる重要な手がかりをつかんだとしてグローテゲルト伯爵夫人が帝都へ到着すると、再び関係者がシェーンガー宮殿に参集した。
「それでは皆が集まったところで協議を始めたいと思います。まずは敵魔女集団についての新たな情報を、グローテゲルト伯爵夫人から聞かせてください」
 レギスヴィンダが指名すると女領主は立ち上がり、出席者に黙礼してから口を開いた。
「わたくしは先日、ルーム帝国のレギスヴィンダ内親王殿下に対し奉り、伝えたき儀があるとの申し出を受け、とある魔女との密会に赴きました。その魔女の話によれば、現在帝国各地を襲撃しているのは皇帝皇后両陛下の御命を奪った七人の魔女の残党であるということでした。そして、その者の目的とするところはルーム帝国に対する宣戦布告と、とある二名の女性に対する挑発とのことでした」
 偽るそぶりも、後ろめたさもなく発言する。グローテゲルト伯爵夫人が魔女と密会していたという告白は衝撃的なものではあったが、伯爵家が有する特殊な経歴や人脈は七十年前の戦いにおいてもレムベルト皇太子が力を借りており、今さら非難や断罪をする者はいない。
 攻撃を行っている者が七人の魔女の残党であるということや、その目的がルーム帝国への宣戦布告であるということは、いってみれば周知の事実であり、わざわざ帝都へ赴いてまで報告することかと思われた。が、気になる内容も含まれていた。
「二名の女性への挑発……?」
 レギスヴィンダが訊ねた。
「そんなもののために、たくさんの命を奪ってるっていうの!?」
 憤慨しながらフリッツィが続いた。
 たった二名の人物のために多くの命を見せしめの如く扱っているというのは許しがたい蛮行だった。しかし、いかに狂猛な魔女集団といっても、彼女たちにとって脅威でもなければ、力も持たない無名の人物に対する挑発を、これほど大掛かりな規模で繰り返すはずがない。
 つまりは、よほど名のある、超がつくほどの大物に対する挑発行動だということを誰もが容易に予想した。
「で、その者とは誰なのだ?」
 もったいつけるなと言わんばかりに、一同を代表してフロドアルトが訊ねた。
 一人は勿論、現在のルーム帝国の実質上の統治者であるレギスヴィンダである。これについては出席者の誰も異存なかった。が、グローテゲルト伯爵夫人の口から、その名前が出されることはなかった。
「二名のうちの一名は、わたくしが接触した魔女自身です。彼女は元々七人の魔女の一人で、両陛下の暗殺にも係わったと申しておりました」
 皆の注目が集まる中、躊躇いもなくグローテゲルト伯爵夫人が答えると、出席者の間からざわめきが起こった。
「七人の魔女と交渉されたというのか!?」
 驚きと非難を合わせて宮廷騎士団のガイヒがいった。
 謎の多いグローテゲルト伯爵家だったが、まさか七人の魔女とまで通じあっているとは、誰も想像だにしなかった。
 その独自の家風は他の諸侯から忌避されることもあったが、時として帝国に利益をもたらすこともあったため、偉大なルームの精神に反するような行為や思想についても、一部では大目にみられていた。
 しかし、二度にわたって帝都を蹂躙し、皇帝皇后を殺害した張本人とまで気脈を通じあわせていたとなると話は別だった。
「もちろん、最初から相手が七人の魔女の一人だと知っていたわけではありません。知っていたなら殿下に連絡をし、そこのヴァルトハイデを向かわせていたでしょう」
 グローテゲルト伯爵夫人が釈明する。レギスヴィンダは理解し、特に問題にはしなかった。
「それで、相手は誰だったの?」
 ゲーパが訊ねた。
 もしやという思いが去来する。
 仲間を手にかけ、七人の魔女からも追われたヴァルトハイデの妹が、復讐のためにグローテゲルト伯爵夫人を介して帝国に力を借りようとしているのではないかと思われた。
 だとすれば何という大胆さ、身の程をわきまえない図々しさかと非難と罵倒の嵐になっただろう。そんなものに応じる必要はないという意見が大勢を占めたはずだ。
 しかし、もしもリントガルトが呼びかけたのであったなら、ヴァルトハイデとの和解のきっかけにもなるはずだった。
「相手はわたしの知る人物ではありません。名前も名乗りませんでした」
 グローテゲルト伯爵夫人は、二度目の帝都襲撃事件の時には現場にいた。そのため、リントガルト、スヴァンブルク、リッヒモーディスの三人については目撃しており、会えばすぐに個人を特定できたはずだった。
 レギスヴィンダは表情には出さず、心の隅で残念がった。
「特徴とかなかったの?」
 フリッツィが訊ねた。伯爵夫人は少し間をおき、端的に答えた。
「……銀の胸甲をつけた、女戦士のようでした」
 その言葉を聞いた瞬間、レギスヴィンダ、ヴァルトハイデ、ゲーパが同時に同じ名前、同じ姿を想像した。

 ファストラーデ――

 ハルツを襲撃した七人の魔女のリーダーである。
「なぜ、彼女が……」
 思わず、レギスヴィンダが呟いた。
「知ってるの?」
 フリッツィが訊ねる。レギスヴィンダは答えなかったが、悲愴感を増したように表情を硬くする。同じような反応をヴァルトハイデとゲーパが見せると、すねたように続けた。
「……なんだ、あたしだけが知らないんだ」
 フリッツィと同じように、ただならぬ相手なのだろうという空気を読み取ったフロドアルトが詰め寄る。
「知っているのだな、レギスヴィンダ?」
「はい……」
「ならば聞かせてくれないか。いったい何者であるのか。お前とは、どのような関係であるのかを?」
 フロドアルトに促され、レギスヴィンダはハルツでの出来事を話した。
「なるほど、そんなことがな……」
 話を聞き終えた時、フロドアルトを含めた一同は自分のことのように沈痛さを共有した。
「ヘルヴィガ様の仇……」
 誰にも聞こえないような小声でフリッツィが呟いた。
 七人の魔女は帝国だけでなく、ハルツにとっても宿怨の敵である。
 これを討たない限り、人の都にも、魔女の山にも平穏は訪れない。話を聞いた者たちは、改めてヴァルトハイデに託された剣と使命の重さと、レギスヴィンダが結んだ盟約の意味を理解した。
「しかしなぜ、七人の魔女のリーダーだった女が、グローテゲルト伯爵夫人にコンタクトを求めてきたのだ?」
 引き続いてフロドアルトが訊ねた。
「胸甲の魔女はこうも述べておりました。七人の魔女はすでに五人までがこの世になく、組織としては瓦解し、本人も命を狙われる立場になっていると」
「あのファストラーデが、命を狙われるなんて……」
 信じられないようにゲーパがいった。
 七人の魔女のリーダーの実力は、その戦いに参加した者が身を持って味わっている。レギスヴィンダは銀のペンダントを握りしめながら、戦いの記憶を甦らせた。
 ハルツは総力をあげてファストラーデたちを迎え撃ちながら、彼女に止めを刺すことができなかった。あまつさえ、偉大な指導者を失ったのだ。
 そんな強大な魔力を持った魔女の命を誰が狙えるというのか。想像しうる者は一人しかいない。

 やはり姉妹で殺し合わなければならないのか――

 ヴァルトハイデがその生存を予測し、レギスヴィンダが危惧した最悪の状況が整いつつあった。
 だが、これを天が与えた好機と捉える者もいた。
「つまり現在、帝国を攻撃しているのは二度目の帝都襲撃を行った例の眼帯の魔女であり、ファストラーデとやらは浅ましくも内紛によって自分の立場が危うくなったため、敵である我らに庇護を求めてきたというのだな?」
 フロドアルトだった。
 七人の魔女が同志討ちをはじめ、殺しあってくれているのだ。こんなにありがたいことはない。協力してやれば良いではないかと提案する。
「冗談じゃないわ! どうしてヴァルトハイデの妹を殺すために、敵の親玉に味方しないといけないのよ!!」
 感情的に、フリッツィが言い返した。
「……そうね、あたしもそう思うわ」
 ゲーパも同意する。
 リントガルトは魔女の呪いに堕ち、ヴァルトハイデの剣と力を持ってしてもこれを断ち切るのは容易ではない。だからといって数々の罪を犯した七人の魔女のリーダーと手を結ぶというのは、同義的にも、感情的にも受け入れられるものではなかった。
「なにもわたしは、無償でその女を助けてやろうといっているのではない。協力してやるふりをし、互いに消耗しきったところを我らが漁夫の利をさらえばよいのだ。迷うことではなかろう。帝国(われら)はすでに、魔女とも盟約を結んでいるではないか?」
 皮肉をこめてフロドアルトがいった。
 悪しき魔女を葬り、ルームとハルツに勝利をもたらすためだけなら、それでいいはずだった。しかし、皇帝皇后の命を奪い、魔女たちの長まで手にかけたあのファストラーデと一時的であっても休戦し、共闘することが許されるのかとレギスヴィンダは迷った。
「罠という可能性はないのですか?」
 ガイヒが訊ねた。
「わたくしは、そのようには思いませんでした。胸甲の魔女は傷つき、疲れ果て、自分にはかつてのように戦う力は残っていない。帝国への恨みも消え、レギスヴィンダ様には皇帝陛下を手にかけたことを謝罪すると申しておりました」
 果たして、それがファストラーデの本心からの言葉なのかは判断しがたいところだった。が、あれほどの力を誇った魔女が、今さら姑息な策謀を巡らすとも考えられなかった。
「それで魔女に対する思いやり深い伯爵夫人は、相手の言い分を全面的に信じて救いの手を伸ばしてあげたいっていうの?」
 やはり、納得のいかない表情でフリッツィがいった。グローテゲルト伯爵夫人は首を振って答えた。
「ここにお集まりのお歴々方は根本的な勘違いをされています。ファストラーデは、決してそのようなことは望んでおりません。自分にはまだ為すべきことがあると言い残し、わたくしの前から消えました。もう二度と、人前に現れることもないだろうと付け加えて」
 それは意外な潔さに思われた。あるいは、後始末は帝国に押し付け、自分はこの一件から手を引こうという身勝手さともとれた。
「では、なぜ、そのようなことをグローテゲルト伯爵夫人に伝えてきたのですか?」
 レギスヴィンダが訊ねた。女領主はわずかに沈思するも、答えはでない。
「……分りません」
 おそらく何らかの思惑があるのだろうが、そこまでは察しえなかった。
「畏れながら殿下、わたしには、ファストラーデが命をかけてリントガルトとの決着をつけようとしているのではないかと、そう思えて仕方ありません」
 ヴァルトハイデが答えた。
 これはレギスヴィンダに対する、ファストラーデなりの謝罪と遺言だったのではないかと思われた。
「それで、もう一人の相手というのは?」
 レギスヴィンダが訊ねた。グローテゲルト伯爵夫人は、ちょうどその場に居合わせる一人の出席者を見据えて答えた。
「ここにいる、ヴァルトハイデです。帝都での戦いの決着をつけるつもりだと、ファストラーデは申しておりました」
 リントガルトは人間としての姉と、魔女としての姉、その両者を自らの手で葬るつもりでいる。
 だが、挑戦状を突きつけられた側には、これを拒否する権利もあった。
「ヴァルトハイデは、どうしますか?」
 レギスヴィンダが訊ねも、その答えは分り切っていた。
「わたしは魔女の呪いを断ち切るために遣わされたハルツの剣です。運命に逆らうことはいたしません」
 ヴァルトハイデが拒否するはずがなかった。
 ファストラーデがグローテゲルト伯爵夫人に託したメッセージの中には、自分が果たせなかったときには、お前がリントガルトを救ってやれという思いも込められていたのかもしれない。
 ヴァルトハイデはその意図を読み取り、命を賭そうとする女に応えた。しかし、「本当にそれでいいの?」と、レギスヴィンダやゲーパは言葉にも表情にもしないヴァルトハイデの意中を思いやらずにはいられなかった。
「では、胸甲の魔女から聞かされた、悪なる魔女の根拠地を伝えます。彼女たちは黒き森の奥深くに打ち捨てられたミッターゴルディング城を再建し、そこで帝国に対する大々的な攻勢を画策しているとのことです」
 グローテゲルト伯爵夫人の言葉を聞いて、出席者の間からどよめきが起こる。
 ミッターゴルディング城は、オッティリアが君臨した呪いの魔女の王宮である。七十年前の決戦の後、レムベルト皇太子の遺命によって跡形もなく破壊されたはずだった。
 原生林の生い茂る黒き森には今もオッティリアの怨念がさ迷い、人はもちろん魔女でさえ怖れて近づかなかった。
「そんなところに……」
 またしても、誰にも聞こえないような声でフリッツィが呟いた。
「おもしろい。奴らが再びミッターゴルディング城を墓標にしたいというのなら、その願いを叶えてやればよい。殿下よ、わたしはルーム帝国の総力を挙げ、黒き森への総攻撃を進言する」
 フロドアルトがいった。出席者たちも、これを支持した。
 個人としてのレギスヴィンダには躊躇われるところもあったが、公人としての皇女には決断する義務があった。
「フロドアルト公子の言を良しとします。わたくしレギスヴィンダが、帝室の代表として諸侯に檄を飛ばします。敵は黒き森の奥深く、ミッターゴルディング城にあります。帝国は名誉と、歴史と、英雄の血にかけて、必ずこれを討つでしょう。魔女の呪いに立ち向かう勇気のある者は、兵をあげてわたくしの下へ馳せ参じなさい。最終決戦を挑みます!」
 下知はくだった。
 令旨が諸侯へ届けられると誰もが勇み立ち、我先にと栄光(ルーム)の旗の下へ集うことを表明する。
 協議の後、レギスヴィンダは本当にこれでよかったのかとヴァルトハイデに訊ねようとしたが、今さらそんな必要はなかった。
 ヴァルトハイデの心は静止した水面のように透明で穏やかに、自分に与えられた使命だけを映し出している。
 フロドアルトを含め諸侯の士気は高まり、いま一人の魔女は自分が撒いた種を刈り取るためにと、すでに最終決戦の地へと向かっているはずだった。
 戦いに終止符を打つには、今しかない。
 個人的な思いはともかく、ルーム帝国の命運はこの一戦にかけられた。
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