第31話 ただいま Ⅳ

文字数 2,717文字

 ゲーパの家では、これから家族の一員となるエルラが温かく迎えいれられていた。
「こっちへ来て、ここに座って」
 ゲーパの従妹でエルラと同年齢のアーリカが、いつも自分が座っている食卓の隣に腰かけるよう勧める。
 エルラは椅子を引いてもらい、遠慮がちに腰かける。アーリカは隣に座ると、人懐っこい笑顔で話しかけた。
「ねえ、エルラちゃんはどこに住んでたの?」
「……レステンブレックです」
「それってどこにあるの? どんな街? 人がいっぱいいるってホントなの?」
「ええっと……」
 生まれてから一度もハルツから出たことのないアーリカは外の世界のことに興味津々だった。
「だめですよ、アーリカ。エルラは疲れてるのですから、静かになさい」
「はーい……」
 ゲーパの叔母であるブルガがたしなめる。両親も兄弟もいないゲーパにとって、二人は一緒に暮らす家族だった。そこへ、新しくエルラが加わった。
「ブルヒャルトさんも申し訳ありません。騒がしい娘で……」
「いやいや、お気遣いなく。子供は元気があるに越したことはない。将来は、さぞや立派な魔女になるでしょう」
 同じテーブルにブルヒャルトも着く。年配の騎士は嫌な顔もせず、我が子か孫を見守るような目で二人を眺めた。
 暫くし、家の戸が開く音がした。食事の準備をするため、テーブルに皿を並べていたアーリカが「あっ!」と気づいた。
「お帰りなさい、ゲーパお従姉ちゃん!」
「ただいま。元気にしてた?」
「うん」
 アーリカが駆け寄り、甘えて抱きつく。ゲーパは優しく頭を撫ぜてやる。
「エルラちゃんは?」
「あっちにいるよ」
 疲れているだろうと気遣い、アーリカがゲーパの荷物と箒を運んであげる。
 居間へ移動すると、ゲーパは席に着いたエルラを見つけて話しかけた。
「いらっしゃい、我が家へ。狭いとこだけど、我慢してね」
「はい」
「驚いたでしょ? ホントに何にもないところで」
「いえ、そんな……」
「ホントのこといっていいのよ?」
「い、いえ……ちょっとだけ」
 消え入りそうな声でエルラが答えると、ゲーパは「うん?」と顔を覗き込んだ。
「な、なんでもありません……」
 エルラは慌てて否定した。
 ゲーパもテーブルに加わる。
「ところで、ゲーパ殿。ヴァルトハイデ殿とフリッツィ殿はどうされたのですか?」
 ブルヒャルトが訊ねた。
「ひいお婆ちゃんに呼ばれて、庵に行ったわ」
「ヘーダ殿のところへ?」
「フリッツィもブリュネと話があるって、二人だけでどこか行っちゃった」
「そうですか……」
「フリッツィって、ブリュネの妹の?」
 アーリカが訊ねる。
「そうよ」
「どんな人?」
「うーん……大人の女性かな?」
 ゲーパは、少し困ったように答える。アーリカはフリッツィに対しても興味津々だった。
「経験豊かで、我々では気づきえない多角的な見地から助言や知識を与えてくれる、思慮深き御仁じゃ」
 パンをかじりながらブルヒャルトが言った。間違いではないが、ものはいいようである。
「へー、ブリュネと同じようにかっこいい使い魔なんだろうな」
 期待と空想を膨らませる従妹に、ゲーパは苦笑いが止まらなかった。
 夕食の鍋を持って、叔母のブルガが居間にやってくる。
「ゲーパ、あなた帰ってきたのね」
「ただいま、ブルガ叔母さん」
「よかった。無事に帰ってきてくれて。あなたにもしものことがあったら、姉さんに顔向けできなかったわ……毎日、気が気じゃなかったのよ」
「やだ、そんな大げさに」
 叔母の眼尻に、しわが増えてるように思われた。それだけ心配をかけたのだろうと、ゲーパは申し訳なさと、自分を思ってくれていることに感謝を覚えた。
 姪の無事が確認されると、叔母の心配は無理に送り出した者に対する愚痴に変わった。
「大げさなんて事がありますか。お婆様も、無茶なことをお命じになったものです。もっと強く抗議すればよかったと後悔していました」
「いくらなんでも、それは言いすぎよ。もちろん最初は不安もあったし、危険なこともたくさんあったけど、今にして思えば全部いい経験になったわ。ひいお婆ちゃんも、あたしのことを思って行かせてくれたのよ」
「おっしゃるとおりですぞ。ゲーパ殿の活躍は目をみはるばかり。陛下も何度も危うきところを助けられたと、大変感謝しております」
「ブルヒャルトさんまで……この子はそそっかしいところがありますから、どうかくれぐれも早まった行動をしないよう、注意してやってください」
「お任せください!」
 ブルヒャルトがいって聞かせ、叔母の憤懣は和らぐ。しかし、すぐにまた別の方向から、親を悩ます天然無邪気な発言が投げつけられた。
「ゲーパお従姉ちゃん、また下界へ行くんでしょ。今度は、あたしもついて行っていい?」
「まあ、この子はなんてこというの。あなたはまだ、箒にも満足に乗れないでしょ!」
 好奇心に満ちた声と表情で訴える娘を母親が叱る。普段は従妹に甘いゲーパも、さすがにこれは認められなかった。
「そうよ、アーリカ。まずは、もっと上手く魔法が使えるようにならなくちゃ。でないと、みんなの足を引っ張ることになるのよ。それに、あなたまで山を降りたら誰がエルラちゃんの相手をするの?」
「そっか……じゃあ、その代りに今度帰ってくるときはお土産を買ってきてくれる?」
「いいわよ。何がいい?」
「新しい服と、かわいい靴が欲しい!」
「分かったわ。その代り、帰ってくるまでにちゃんと箒に乗れるように練習しておくこと。できる?」
「うん。毎日練習する!」
「約束よ。エルラちゃんは何がいい?」
「わ、わたしですか……」
「遠慮しなくていいのよ?」
 急に訊ねられたのでエルラは返事に詰まった。
「……わたしは、本が欲しいです。物語や歴史の本をください」
 とっさに答える。
「いいわよ。読書が好きなんて、エルラちゃんは偉いわね。アーリカ、あなたも見習いなさいよ」
「むぅー……」
 意外な要求にゲーパは驚くも、お安い御用と答える。比較され、割りを食ったアーリカだけが不満顔だった。
「さあ、おしゃべりはそのくらいにして、夕食にしましょう。今夜はあなたが帰ってくるというので白アスパラのスープを作ったのよ。好きだったでしょ?」
「やったあ! さっすがブルガ叔母さん! これだけでも帰ってきたかいがあったわ! 下界の料理ももちろん美味しいけど、やっぱり叔母さんの手料理が一番ね!」
「まあ、ゲーパったら」
 エルラの手前、ゲーパはわざと大げさにふるまってみせた。
 まだ遠慮してぎこちない部分も多分にあるが、心配はしていない。
 エルラのスープを取り分けるアーリカを見ながら、ヴァルトハイデが来たときのことを想い出す。そして、すぐに自分たちのように仲良くなるだろうと感じた。
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