第50話 最後の君命 Ⅰ

文字数 2,158文字

 帝都から遠く離れた森の中に、フロドアルトとリカルダがいた。
「確認は、しているのだな?」
「たとえ変装をしていても、エメリーネの目をごまかすことはできません」
「ならばよかろう。踏み込むぞ」
 ヴァルトハイデから伝えられた情報を元にルオトリープの隠れ家を見つけ、強襲しようとしていた。
「それにしても、よく見つけましたな。こんなところに隠れていたとは……」
 感心しながらヴィッテキントが呟く。人里離れた深い深い森の中だ。
「魔女の遺体は腐らない。不要な実験材料を処分するためには焼却するしかない。そのため、日頃から火を扱う者の傍に隠れている。例のハルツの魔女も、最初に連れて行かれたのは、そのような場所だったらしい。正直、半信半疑であったが、ようやく見つけ出すことに成功した」
 フロドアルトが答えた。
 リカルダたちとも協力し、ライヒェンバッハ家の総力を挙げて帝国内を虱潰しにした結果だった。その根気や労力たるや計り知れないものがあったがフロドアルトはやり遂げ、この場所へたどり着いた。
 森の奥に、粗末な炭焼き小屋を発見する。魔女と兵士に命じて周囲を固めると、フロドアルトはリカルダと共に小屋の中へ踏み込んだ。
「観念しろ、ルオトリープ! ここがお前の隠れ家だということは調べがついている!」
 小屋の中には髭を蓄えた精悍な男がいた。汚れた作業服を着ており、遠目には木こりか炭焼き職人のように見えた。それでも、父の仇を追い求めたフロドアルトを欺くことはできない。
 食事をするつもりだったのか、男は手にスープを入れたカップを持っていた。かまどに鍋が掛けられている。
「抵抗しても無駄だ。お前はどこへも逃げられない。今度こそ、我が手で貴様の悪行に報いをくれてやろう!」
 フロドアルトが迫った。ルオトリープは驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着き、丁寧な口調で答えた。
「これはこれは、フロドアルト公子……いや、失礼。今はお父上の後を継ぎ、ライヒェンバッハ公となられていましたね。それにしても、よくここを発見できたものです」
「当然だ。父上の無念が、わたしを貴様の下へと導いた」
「さすがは、ライヒェンバッハ家です。短い間に、公もずいぶん立派にならたようで」
「時間稼ぎをしても無駄だ。貴様の頼みの魔女は、帝都で討たれた。戻ってくることはない」
「……やはり、そうでしたか。フクロウが帰ってこないので心配していたところです」
「フクロウ……?」
「彼女は探していた物を見つけられたのでしょうか?」
「さあな。貴様があの世へ行き、直接訊いてみることだ」
「公のおっしゃるとおりです……」
 ルオトリープはカップをテーブルに置いた。
 動揺や焦りを感じている様子はない。むしろ堂々とし、大胆に振る舞っているようにも見える。余裕のあるふりをしているのか、それとも状況を理解していないのか、あるいはまだ何か隠しているのか、フロドアルトには判別がつかなかった。
「わたしの完敗です。さあ、お父上の仇をお討ちください」
 ルオトリープは無防備にフロドアルトの前に身体を差し出した。その意外すぎる諦めの良さに、フロドアルトはさらに警戒した。
「……貴様は、このまま潔くわたしの手で誅殺されることを望むというのか?」
「公は、そのために来られたのではないのですか?」
「………………」
 フロドアルトは怖れた。やはり、なにか企んでいるに違いないと。
 ルオトリープは、そんなものはないと首を振った。
「公は、勘違いされている。わたしはルーム帝国や皇帝陛下に弓を引いたのではありません。わたしは父の成しえなかった研究を完成させたかっただけ。父が復活させることのできなかった呪いの魔女を、わたしは復活させることができたのです。公やルペルトゥス様のおかげで、わたしは父を越えることができました。それで充分なのです」
「……たったそれだけのことのために父上を利用し、多くの女を犠牲にしたというのか?」
「他に方法があれば良かったのですが、非才の身なれば、このような手段しか思いつきませんでした。どうかお許し下さい」
「貴様という男は……」
 フロドアルトは改めてルオトリープを憎悪した。そして嫌悪した。悪びれることもなく、のうのうと語る男には何をいっても無駄だった。
「ならば貴様の願いどおり、我が手であの世へ送ってやる。感謝せよ!」
 フロドアルトは剣を抜くと、ルオトリープの心臓を一突きにした。男は苦しむことなく即死した。その死に顔は笑みを浮かべ、喜んでいるようにさえ見えた。
 ルオトリープが息絶えた後、フロドアルトはリカルダに確認させた。
「間違いありません。完全に死んでいます。何らかの術を発動させた形跡もありません。ルオトリープは本当に、あなたの手によって討たれることを望んでいたようです」
「最期まで後味の悪い男だ……」
 フロドアルトは胸糞悪く吐き捨てた。死んでなお、これほどまでに他人を不愉快にさせる人間を知らなかった。
 果たしてこれを勝利や解決と呼んでよいのだろうか。フロドアルトたちには虚しさしか残らなかった。
 その後、小屋の地下から大量の女の遺体が発見される。さらに、同じような隠れ家が国内の三か所で確認された。
 すべての犠牲者に哀悼の意がささげられ、遺体はライヒェンバッハ家によって手厚く葬られた。
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