第19話 鍵を掛ける Ⅰ

文字数 2,372文字

 帝都での戦いの後、リッヒモーディスの遺体を抱いたスヴァンブルクが魔女のアジトへ帰りついた。
 途中で降り出した雨に打たれ、羽も衣服もずぶぬれになっていた。
「スヴァンブルク様、お帰りなさいませ。お一人での御帰還でしょうか? いったい、何を運ばれてきたのですか?」
 棺の番をするギスマラが出迎える。彼女はもちろん、帝都での出来事を知らない。
「ギスマラ……」
 うつむいたスヴァンブルクが顔を上げる。雨と涙でくしゃくしゃになっていた。
「何か、あったのですか!」
 三人が帝都へ向かいながら、帰ってきたのはスヴァンブルク一人だった。
 考えたくはないことだが、ギスマラは悪い予感にとらわれる。
 改めてスヴァンブルクの足下に寝かされた白髪の女に目をやった。
「まさか……リッヒモーディス様!」
 近づいて確認する。間違いない。七人いる主の一人、金髪の魔女の変わり果てた姿だった。
 帝国とハルツの魔女に返り討ちにされたのだろうか。そんなはずはないと自己否定しながら、帰ってこなかったもう一人の魔女のことを訊ねた。
「リントガルト様は!」
 スヴァンブルクは俯いたまま答えない。
「ハルツの魔女に、やられたのですか……?」
「違う……」
「では、どうされたのですか?」
「今は、いいたくない……」
 スヴァンブルクは大声をあげて泣き出しそうになるのを堪えていた。ギスマラは、それ以上質問するのを憚った。棺の番人にも、最悪の状況が予感された。
「……他のみんなを集めて」
「承知しました……」
 何もいわずに、スヴァンブルクの望むとおりに応じた。
 残る四人の魔女のうち、ハルツで傷つき睡眠を必要としていたファストラーデ以外の三人は、仮寓の城を離れていた。
 ヴィルルーンとシュティルフリーダは新たな居城の建設に着手し、ラウンヒルトはフレルクの行方を追っていた。
 ギスマラはすぐに配下のはぐれ魔女や使い魔を動員し、三人に緊急の報せを伝えた。
「リッヒモーディスたちの身に何かあったようですわ。仮寓の城へ帰るようにと連絡がありました」
 伝書鳩から手紙を受け取った車椅子の魔女が、沈黙の魔女に内容を伝える。
 シュティルフリーダは静かに頷くと、ヴィルルーンを抱き上げ、そのまま駿馬に跨って駆け出した。
「なんじゃ、この胸騒ぎは……ギスマラがこのような手紙をよこして来るとは、よほどのことじゃろうて。これ、フロームーテや、今すぐ馬車を用意いたせ。フレルクのことは後回しじゃ」
 ラウンヒルトは侍女を務めるはぐれ魔女に命じると、雨にぬれた街道へ馬車を急がせた。


 城へ帰りついた三人の魔女は棺に納められたリッヒモーディスに対面し、顔色を失くした。
「嘘です、こんなこと……リッヒモーディスが亡くなるなんて……」
「誰の仕業じゃ! これもハルツの魔女によるものか?」
 受け入れ難い現実に、ヴィルルーンとラウンヒルトがスヴァンブルクに詰め寄る。唯一の生き証人である幼い魔女は涙を我慢して答えた。
「リッヒモーディスをこんなにしたのはリントガルトだよ。リントガルトが、呪いの魔女になっちゃったんだ……」
「なんと、リントガルトが!!」
「怖れていたことが起こったというのですか!?」
 二人の問いかけに、スヴァンブルクは「うん……」と答える。
 ラウンヒルト、ヴィルルーン、シュティルフリーダも、いつかこうなるのではないかと危惧し、覚悟していたことが現実になった瞬間だった。
「それでリントガルトはどうしたのじゃ? ランメルスベルクの剣は奪えなかったのか?」
「リントガルトを元に戻すために、ハルツの魔女と一緒に戦った……けど、勝てなかった。リントガルトは、どこかに行っちゃった……」
「どこかとは……リントガルトは生きてるのですか?」
「たぶん、死んでないと思う……」
「それは厄介じゃのう。あやつは、わらわたちとは違う。ランメルスベルクの剣以外で殺すことは不可能じゃ。剣を持っているハツルの魔女ですら敵わなかったとなると、わらわたちでは手の打ちようがないのう」
「そのハルツの魔女なんだけど……」
 スヴァンブルクはリントガルトと敵であるはずのハルツの魔女が姉妹だったことを話した。
 三人の魔女は信じられない様子だったが、事実を受け入れると意外なほど納得の表情を浮かべた。
「なんと、ハルツの魔女が、わらわたちの(ともがら)だったとはのう。どうりでファストラーデですら手に負えなかったはずじゃ……」
「ハルツの魔女はどうなったのですか? リントガルトを助けるために一緒に戦ったといいましたが?」
「ハルツの魔女はリントガルトを殺そうとしたけど、できなかった……あのハルツの魔女、敵だけどそんなに悪い奴じゃないと思う……」
「ハルツの魔女も、生きておるのじゃな?」
「うん……」
「それもまた、厄介ですわね」
「わらわたちも、もう一度ルームの都へ行かねばならぬようじゃのう」
「ですが、今すぐにというわけにはいきませんわ。ルーム帝国もハルツの魔女も、思っていたより手ごわいようです。それに、リッヒモーディスをこのままにしておくわけにもいきませんわ」
「そうじゃのう。まずはリッヒモーディスを(ねんご)ろに弔い、リントガルトがどうなったのかを確かめるのが先じゃ。ファストラーデにも教えてやれねばのう。あやつが一番リントガルトを可愛がっておったのでな……」
「元気を出しなさい、スヴァンブルク。あなたが悪い訳じゃないのですわよ」
「……でも、一緒にいたのに何もできなかった。みんなでリントガルトを助けてあげようって約束したのに、怖くて動けなかった……」
「そう、自分を責めるでない。ぬしはリッヒモーディスをわらわたちの処へ連れ帰ってきたのじゃ。見よ、この(かお)を。悔いのない表情をしておるわ」
 落ち込むスヴァンブルクを慰める。仲間に死を悼む者はいても、それを防げなかったと責める者はいなかった。
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