第32話 父親 Ⅰ
文字数 1,360文字
ヴァルトハイデたちが帝都を離れている間に事件は起きた。
「……レーゲラントで魔女狩りが行われたと?」
一報を聞いたとき、レギスヴィンダは耳を疑った。宰相のオステラウアーが説明する。
「領主のエルズィング伯爵の指示の下、黒き森の魔女集団の残党と思われる女三名が捕らえられ、火あぶりに処せられたとのことです」
「なんと愚かなことを……」
魔女との共存を目指すため、レギスヴィンダは黒き森の魔女集団の罪を問わず、領主、諸侯へは、これら残党への迫害や魔女狩りを行わぬよう命じたはずだった。
諸侯の中にはレギスヴィンダの考えに賛同できず、戦いに勝ったはずの自分たちがなぜ譲歩しなければならないのかと不満を漏らす者もいた。
特に今回、魔女狩りが行われたレーゲラントのエルズィング伯は強硬派で知られ、魔女との徹底抗戦を主張していた。
諸侯に憤懣があるように、レギスヴィンダにも、なぜ彼らが命令を聞かないのかというもどかしさがあった。
自分が女であるためか、それとも若輩者と軽んじられているからなのか、父である先帝ジークブレヒトの御諚であれば、このようなことは起きなかっただろうにと、疑心暗鬼にも似た迷いに囚われた。
「此度のことに対し、わたくしは耐え難い失意と憤りを覚えます。皇帝の命に反したエルズィング伯には厳罰をもって当たらなければなりません。伯の爵位と領地を取り上げ、二度と同じ過ちが繰り返されないよう、以って戒めとします」
レギスヴィンダが裁可すると、思い留まるようオステラウアーが諌めた。
「それはなりません。陛下の大御心に背いたとはいえ、エルズィング伯爵家は代々帝室を支えてきた功臣であります。苛烈な処罰を科すことは他の諸侯を委縮させることにもなり、陛下への信頼や忠誠を失うことにもなります」
「では、どうせよというのですか?」
「エルズィング伯には一定期間蟄居 を命じ、犠牲になった者たちは名誉を回復させるため、教会から殉教者の称号を与えてはいかがでしょうか?」
「そのような甘い裁きで、帝室の威厳が保たれるでしょうか?」
「陛下の御憂慮はごもっともです。ですが、陛下がおやりになろうとしていることは極めて進歩的で博愛の精神を説くものです。なればこそ、その仁恵を臣や民にもお与えになるべきです。お急ぎになられてはいけません。みな戸惑い、恐れているのです。本当に魔女と理解や共存ができるのかと」
オステラウアーの言葉は冷静で、理にかなうものだった。また、彼自身の本音でもあった。それだけに、諫言は逸るレギスヴィンダの心をなだめた。
「……わかりました。宰相のいう通りに計らってください。そして、改めて魔女狩りを禁止すると、諸侯への命令を徹底してください」
「御意のままに」
オステラウアーが辞去し、レギスヴィンダは玉座に取り残される。一人になると、不安や自信のなさが鎌首をもたげた。
果たして自分は皇帝として上手く振る舞えているのだろうか、そもそも、その器や徳が備わっているのだろうかと、卑下するような思考ばかりが堂々巡りする。
しかし、悩んだところで結論が出るものではない。レギスヴィンダは考えすぎないようにと頭を振った。
今は、成るようにしか成らない。自分がしようとしていることが正しいことだと信じて、描いた道を真っすぐに進むしかなかった。
「……レーゲラントで魔女狩りが行われたと?」
一報を聞いたとき、レギスヴィンダは耳を疑った。宰相のオステラウアーが説明する。
「領主のエルズィング伯爵の指示の下、黒き森の魔女集団の残党と思われる女三名が捕らえられ、火あぶりに処せられたとのことです」
「なんと愚かなことを……」
魔女との共存を目指すため、レギスヴィンダは黒き森の魔女集団の罪を問わず、領主、諸侯へは、これら残党への迫害や魔女狩りを行わぬよう命じたはずだった。
諸侯の中にはレギスヴィンダの考えに賛同できず、戦いに勝ったはずの自分たちがなぜ譲歩しなければならないのかと不満を漏らす者もいた。
特に今回、魔女狩りが行われたレーゲラントのエルズィング伯は強硬派で知られ、魔女との徹底抗戦を主張していた。
諸侯に憤懣があるように、レギスヴィンダにも、なぜ彼らが命令を聞かないのかというもどかしさがあった。
自分が女であるためか、それとも若輩者と軽んじられているからなのか、父である先帝ジークブレヒトの御諚であれば、このようなことは起きなかっただろうにと、疑心暗鬼にも似た迷いに囚われた。
「此度のことに対し、わたくしは耐え難い失意と憤りを覚えます。皇帝の命に反したエルズィング伯には厳罰をもって当たらなければなりません。伯の爵位と領地を取り上げ、二度と同じ過ちが繰り返されないよう、以って戒めとします」
レギスヴィンダが裁可すると、思い留まるようオステラウアーが諌めた。
「それはなりません。陛下の大御心に背いたとはいえ、エルズィング伯爵家は代々帝室を支えてきた功臣であります。苛烈な処罰を科すことは他の諸侯を委縮させることにもなり、陛下への信頼や忠誠を失うことにもなります」
「では、どうせよというのですか?」
「エルズィング伯には一定期間
「そのような甘い裁きで、帝室の威厳が保たれるでしょうか?」
「陛下の御憂慮はごもっともです。ですが、陛下がおやりになろうとしていることは極めて進歩的で博愛の精神を説くものです。なればこそ、その仁恵を臣や民にもお与えになるべきです。お急ぎになられてはいけません。みな戸惑い、恐れているのです。本当に魔女と理解や共存ができるのかと」
オステラウアーの言葉は冷静で、理にかなうものだった。また、彼自身の本音でもあった。それだけに、諫言は逸るレギスヴィンダの心をなだめた。
「……わかりました。宰相のいう通りに計らってください。そして、改めて魔女狩りを禁止すると、諸侯への命令を徹底してください」
「御意のままに」
オステラウアーが辞去し、レギスヴィンダは玉座に取り残される。一人になると、不安や自信のなさが鎌首をもたげた。
果たして自分は皇帝として上手く振る舞えているのだろうか、そもそも、その器や徳が備わっているのだろうかと、卑下するような思考ばかりが堂々巡りする。
しかし、悩んだところで結論が出るものではない。レギスヴィンダは考えすぎないようにと頭を振った。
今は、成るようにしか成らない。自分がしようとしていることが正しいことだと信じて、描いた道を真っすぐに進むしかなかった。