第7話 空へ(フリーゲン)! Ⅰ

文字数 3,048文字

 人里離れた渓谷の奥深くに、忘れられたような古城が建つ。
 暗く冷たいその地下室で目覚める者がいた。
 七つ並んだ棺の一つの蓋が開き、中から銀の胸甲をつけた女が起き上がる。
 あたりを見渡すと、すでに蓋の空いている棺が一つあるのに気づいた。
「わたしよりも先に目を覚ましたのはリントガルトだけか……オッティリアの力は強大だが、使いすぎると回復までに長い時間がかかる。フレルクの研究も、まだ完成とはいえぬな……」
 七人の魔女のリーダー、ファストラーデは呟き、棺の中から立ち上がった。
「ファストラーデ様」
 すぐに、手下のはぐれ魔女が名前を呼んだ。
「ギスマラか。わたしはどれぐらい眠っていた?」
「二十日です」
「……そんなにもか。フレルクはどこにいる?」
「研究室にこもりきりです」
「寝起きに奴の顔を見るのはうんざりだ。それよりも湯浴みがしたい。お前もついて来い」
「はい」
 ファストラーデはギスマラにかしずかれて衣服を脱ぐ。
 湯を浴び、眠っている間についた汗や垢を落としていると、先に起きていた魔女がやってくる。
「ファストラーデ、起きたんだね……」
「ああ、ずいぶん時間がかかってしまったがな。そうだリントガルト、お前も一緒に入らないか?」
「ボクはいいよ。それより、ファストラーデが目を覚ましてくれて安心したよ」
「わたしが、あの程度の戦いで力を使い果たしたと思ったか?」
「ううん。そうじゃないけど……」
「リントガルトはいつ目を覚ましたんだ?」
「ボクは一週間ぐらい前だよ」
「それはすごいな」
「そんなことないよ。ボクは大した相手と闘わなかったから、みんなより使った力が少なくて早く眼が覚めただけだよ」
「謙遜するな。お前は強い。わたしたち七人の中で一番だ」
 褒められ、左目に銀の眼帯をつけた少女は、はにかんだように頬を赤らめる。
「それよりもリントガルト――」
 ファストラーデは湯から出ると、歩み寄ってリントガルトを抱きしめた。
「わたしの心臓は動いているか?」
 リントガルトの耳を胸の傷痕に押し当て、問いかける。
「うん。ちゃんと動いてるよ。ドクン、ドクンって、聞こえてくる……」
 リントガルトは目を閉じ、ファストラーデの心臓の音に耳をすませた。
「わたしは怖いのだ。いつも胸に穴が開いたように寒く、誰かに確かめてもらわないと、自分の心臓が動いているのかも分からなくなる時がある」
「心配しないで、ファストラーデはボクが守るよ。誰にも、傷つけさせたりしないから」
「お前は優しいな。それに比べてわたしは……」
「ファストラーデはボクのお姉さんだから。一人になったボクをいつも慰めてくれたよね」
「そうだったな」
「そんなことよりさ、あの時、見つからなかった帝国のお姫様の行方が分かったよ」
「レギスヴィンダ内親王殿下のことか?」
「うん」
「捕まえたのか?」
「ううん。意外な場所にいた。どこだと思う?」
「さあ、分からないな……」
「ハルツだよ。たぶん、レムベルトと同じように、ハルツの魔女に助けてもらいに行ったんだよ」
「やはりそうだったか。あの夜もそうではないかと考えもしたが、ハルツまで追いかけるだけの力は残っていなかった。よく見つけたな」
「下級のはぐれ魔女が見つけたんだよ。その二人はハルツの魔女にやられちゃったけどね。その時、レギスヴィンダと一緒に面白い物も発見したよ」
「面白い物……?」
「ランメルスベルクの剣さ。ハルツの魔女が持ってたんだ」
「そうか。どおりでシェーニンガー宮殿を探しても見つからなかったはずだ」
「あの剣があれば、フレルクのいうことをきかなくていいんだよね?」
「そうだ。わたしたちは植え付けられたオッティリアの血肉が暴走しないように、銀でできた拘束具を着用していなければならない。しかし、ただの銀では効果は薄く、フレルクも研究を続けているが根本的な解決には至っていない。だが、あらゆる魔力を封じるランメルスベルク銀があれば、研究の完成を待たずにオッティリアの力を抑え込むことができる。ランメルスベルクの剣があれば、わたしたちはフレルクの下から自由になれるのだ」
「だったら、盗りに行くよね?」
「勿論だ」
「じゃあ、今から一緒に!」
「いや、行くのはわたしだけでいい」
「どうしてさ? ボクが足手まといだっていうの?」
「そうではない。まだ眠っている仲間がいる。彼女たちを残してここを離れることはしたくない。リントガルトには、わたしの代わりに仲間が目覚めるまで傍についていてやってほしいんだ」
「……分かったよ。ファストラーデがいうんなら、大人しく留守番してるよ。その代り、ランメルスベルクの剣が手に入ったら、ボクにフレルクを殺させてよ」
「好きにしろ。他の仲間たちも、フレルクに一太刀ぐらいは入れたいというだろうが、止めはリントガルトが刺せばいい。わたしは奴の死にざまさえ見届けられれば、それで構わない」
「約束だよ」
「分かっている。このことは、フレルクには報せていないだろうな?」
「当然だよ」
「では、これからわたしが話を付けに行く。その後すぐにハルツへ発つ」
「できるだけ、早く帰ってきてね」
「心配するな。ハルツの魔女など、敵ではない。ギスマラ、着替えを用意しろ」
「はい。かしこまりました」
 ファストラーデは浴場を出ると、フレルクのこもる研究室へ向かった。


 不気味な標本が並べられた研究室。人体や獣の一部、あるいはそれらが混ぜ合わされた異形の怪物のものも存在する。
 実験台には少女の遺体が用意され、白髪の老人が腑分けを行っている。
 湯浴みを終えたファストラーデが、フレルクの研究室に現れた。
「ドクター、ただいま復帰しました」
「ファストラーデか、他の者はどうしている?」
 フレルクは振り返りもせず、腑分けを行ったまま背中越しに訊ねる。
「リントガルト以外は、まだ眠っています」
「今回は時間がかかるな?」
「それだけ、帝国の騎士が手ごわかったということです。ですがご安心を。帝国には、これ以上に強力な騎士団はありません」
「そうだな」
「それよりも、行方不明になっていたレギスヴィンダの所在が判明しました」
「どこだ?」
「ライヒェンバッハです」
「同じ血を分けあった、あの公爵家か……」
「はい。レギスヴィンダはライヒェンバッハに匿われています。いかがいたしましょうか?」
「ジークブレヒトの血筋は根絶やしにしなければならない。母体を共にするライヒェンバッハもだ」
「では、これより抹殺に向かいます」
「身体はよいのか?」
「御心配には及びません。充分に休息を頂きました」
「ならば好きにしろ。わたしが開発した大鷲を使えばいい。ライヒェンバッハのエスペンラウプまでならば、ひとっ飛びで行けるだろう」
「使用させていただきます」
 ファストラーデはフレルクの背中に一礼し、研究室を後にした。平然と偽りを述べ、気取られることもないままに。
 研究室を出ると、二人のはぐれ魔女が片膝をついて待っていた。
「ファストラーデ様」
「わたしたちをお連れ下さい」
「ラギンムンデ、マールヴィーダか。うむ。帯同を許す。ついて来い」
「はっ!」
「はっ!」
 ファストラーデは二人を連れ、城の最上階へ向かう。
 屋上に出ると、三羽の巨大な鷲がとまっていた。
「敵はハルツだ。そこに帝国の皇女レギスヴィンダがいる。侮るな。ハルツは強い。お前たちはレギスヴィンダを殺せ。わたしはハルツの魔女が持つランメルスベルクの剣を奪う。では、行くぞ」
「はっ!」
「はっ!」
 ファストラーデ達は大鷲の背に乗り、大空へ飛び発った。
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