第29話 ずっと二人で・・・ Ⅱ
文字数 2,505文字
運命の姉妹が戦いを開始するのと同時に、ゲーパが駆け寄った。
「オトヘルム……」
「……すまない、ゲーパ。何もいわずに」
「いいのよ。あなたが無事なら」
「よく来てくれた。助かった」
「あなたたちのことを聞いたわ。アスヴィーネから」
「二人は姫さまに会えたのだな?」
「うん、でも……」
ゲーパは、アスヴィーネがリントガルトによって施された呪いの罠によって命を落としたことを伝えた。オトヘルムはぐっと唇をかみしめると「そうか……」と呟いた。
「ゲーパ、聞いてくれ。お前は反対するかもしれないが、オレはファストラーデを助けなければならない。そのために力を貸して欲しい」
「ファストラーデを……どうしてあんな奴を? 彼女のせいでヘルヴィガ様は亡くなったのよ。あなたたちだって、皇帝陛下や皇后陛下を殺されたじゃない!」
「もちろん、それは分かっている。だが、オレはリントガルトを倒すために、ファストラーデと同盟を結んだ。騎士として、一度誓った約束を反故にすることはできない」
「リントガルトだったら、ヴァルトハイデが止めてくれるわ。もう、あたしたち他人の出る幕じゃないのよ……」
「だとしても、これ以上目の前でかかわった魔女が死んでいくのを見たくないんだ」
ゲーパにとっても、ファストラーデは許すことのできない怨敵だった。なぜそんな相手を助けなければならないのかと、拒絶するのは当然だった。しかし、バカがつくほどのオトヘルムの愚直さも嫌いになれなかった。
「ファストラーデには、もう魔力が残っていない。自力で脱出するのは不可能だ。誰かがあの幹を切り裂いて助け出してやらなければならない。そのためには奪われたグリミングの剣を取り戻さなければならない。だが、そうするとまた、あのキューネスヴィトという魔女が邪魔をする。だから頼むゲーパ!」
オトヘルムが策を講じる。ゲーパには割り切れない感情が残った。
「分かったわ。あたしに任せて……」
それでも、騎士 が魔女 を信じて結んだ同盟を、自分 が否定することはできなかった。
ゲーパが協力に応じてくれると、オトヘルムは短剣を握りしめて股肱の魔女に向き合った。
「キューネスヴィト、お前の相手はオレだ。二人の決着に水を差すつもりだろうが、そうはさせん!」
リントガルトが劣勢になった時、キューネスヴィトが戦いに割って入るつもりだったかどうかは定かでない。何らかの謀略を練っていたとしても不思議ではなかったが、オトヘルムは敢えて、そうであると決めつけて突っかかった。
キューネスヴィトはオトヘルムを一瞥すると、騎士の手にある小さな刃物を見て失笑する。
「……愚かな。そんなものでわたくしに挑むつもりですか? いいでしょう。騎士として戦って死にたいというのであれば、わたくしが望みを叶えて差し上げます」
おそらく、極めて高い確率で横やりを入れるつもりだったのだろう。見透かされた魔女が冷静さを装いながらも邪魔者を排除することに全神経を集中させると、オトヘルムは「よし!」と心の底で声を上げた。
「うおおおおおーーーー!!!!」
短剣をキューネスヴィトに向けて突進する。ひときわ大袈裟に。
「無駄です。人間ごときが、わたくしに挑もうなど愚行の極み。己が非力を味わいなさい」
股肱の魔女は肘を伸ばし、片手で短剣を持った腕を掴むと、もう一方の手でオトヘルムの喉を締め上げた。
騎士の突進は簡単に止められ、窮地に陥る。
「どうです、これで満足でしょう? おせっかいなど焼かず、黙ってリントガルト様の戦いを眺めていれば良いものを。このまま、ハルツの魔女より先にあの世へお行きなさい!」
キューネスヴィトが首を締める手に力を込めた。オトヘルムは呼吸が止まり、意識さえも薄れようとする。しかし、その口からこぼれたのは悲鳴でも命乞いでもなく、嘲弄だった。
「……何を笑っているのです!」
キューネスヴィトは怪訝に眉をしかめると、ハッと気づいて後ろを振り返った。
駆け出したゲーパがグリミングの剣を拾っていた。
「わたくしを謀ったのですね!」
はめられた魔女は怒りにまかせて肘を伸長させると、騎士の身体を壁に激突させた。壁にひびが走り、背中から叩きつけられたオトヘルムは床に崩れる。
キューネスヴィトは両肘をゲーパの方へ伸ばしたが、箒にまたがった魔女は空中でこれを躱すと、うずくまった騎士のもとへ飛んだ。
「オトヘルム、これを!」
「……よくやってくれた、ゲーパ!」
騎士は息を詰まらせながらも立ちあがり、剣を受け取る。オトヘルムにとっても、命をかけたぎりぎりの計画だった。しかし、かけた相手がゲーパだったからこそ、信じて自分の身を危険にさらすことができた。
「そんな剣一本でわたくしに勝てると思うのですか!」
「これは一本の剣ではない。人と魔女が結んだ信頼の証し! そして代々受け継がれてきたグリミング家の魂そのものだ!!」
怒り狂ったキューネスヴィトが左腕を伸ばすと、オトヘルムは伝家の宝刀を一閃させ、手のひらから肘にかけて切り裂いた。
「ぎゃああああああーーーーーー!!!!!!」
股肱の魔女が悲鳴と血しぶきをあげる。
さらにそのまま踏み込むと、とどめの一太刀をキューネスヴィトの心臓へ突き刺した。
「ファストラーデ、待っていろ! いま、そこから出してやる!!」
息も継がず、オトヘルムはグリミングの剣を胸甲の魔女を捕らえた幹へ斬りつけた。が、その樹皮は鋼鉄のように固くまるで歯が立たない。
「……やめろ。そんなことをしても無駄だ。この菩提樹はリントガルトの心そのもの。外からの力ではどうすることも出来ない」
「では、このままお前を見殺しにしろというのか!」
「そうではない。ハルツの魔女を信じるのだ。姉であるヴァルトハイデの剣が、妹であるリントガルトの心を内側から開かせるのを……」
ファストラーデは見抜いていた。自分を捕えたこの菩提樹こそ、リントガルトの心を闇の中へ閉じ込めた魔女の呪いなのだと。
強いこだわりや執着が、形を借りて顕現しているのだと。
そして、その想いに応えてやれるのは、同じ時を過ごし、同じ想いを共有するヴァルトハイデ以外にいなかった。
「オトヘルム……」
「……すまない、ゲーパ。何もいわずに」
「いいのよ。あなたが無事なら」
「よく来てくれた。助かった」
「あなたたちのことを聞いたわ。アスヴィーネから」
「二人は姫さまに会えたのだな?」
「うん、でも……」
ゲーパは、アスヴィーネがリントガルトによって施された呪いの罠によって命を落としたことを伝えた。オトヘルムはぐっと唇をかみしめると「そうか……」と呟いた。
「ゲーパ、聞いてくれ。お前は反対するかもしれないが、オレはファストラーデを助けなければならない。そのために力を貸して欲しい」
「ファストラーデを……どうしてあんな奴を? 彼女のせいでヘルヴィガ様は亡くなったのよ。あなたたちだって、皇帝陛下や皇后陛下を殺されたじゃない!」
「もちろん、それは分かっている。だが、オレはリントガルトを倒すために、ファストラーデと同盟を結んだ。騎士として、一度誓った約束を反故にすることはできない」
「リントガルトだったら、ヴァルトハイデが止めてくれるわ。もう、あたしたち他人の出る幕じゃないのよ……」
「だとしても、これ以上目の前でかかわった魔女が死んでいくのを見たくないんだ」
ゲーパにとっても、ファストラーデは許すことのできない怨敵だった。なぜそんな相手を助けなければならないのかと、拒絶するのは当然だった。しかし、バカがつくほどのオトヘルムの愚直さも嫌いになれなかった。
「ファストラーデには、もう魔力が残っていない。自力で脱出するのは不可能だ。誰かがあの幹を切り裂いて助け出してやらなければならない。そのためには奪われたグリミングの剣を取り戻さなければならない。だが、そうするとまた、あのキューネスヴィトという魔女が邪魔をする。だから頼むゲーパ!」
オトヘルムが策を講じる。ゲーパには割り切れない感情が残った。
「分かったわ。あたしに任せて……」
それでも、
ゲーパが協力に応じてくれると、オトヘルムは短剣を握りしめて股肱の魔女に向き合った。
「キューネスヴィト、お前の相手はオレだ。二人の決着に水を差すつもりだろうが、そうはさせん!」
リントガルトが劣勢になった時、キューネスヴィトが戦いに割って入るつもりだったかどうかは定かでない。何らかの謀略を練っていたとしても不思議ではなかったが、オトヘルムは敢えて、そうであると決めつけて突っかかった。
キューネスヴィトはオトヘルムを一瞥すると、騎士の手にある小さな刃物を見て失笑する。
「……愚かな。そんなものでわたくしに挑むつもりですか? いいでしょう。騎士として戦って死にたいというのであれば、わたくしが望みを叶えて差し上げます」
おそらく、極めて高い確率で横やりを入れるつもりだったのだろう。見透かされた魔女が冷静さを装いながらも邪魔者を排除することに全神経を集中させると、オトヘルムは「よし!」と心の底で声を上げた。
「うおおおおおーーーー!!!!」
短剣をキューネスヴィトに向けて突進する。ひときわ大袈裟に。
「無駄です。人間ごときが、わたくしに挑もうなど愚行の極み。己が非力を味わいなさい」
股肱の魔女は肘を伸ばし、片手で短剣を持った腕を掴むと、もう一方の手でオトヘルムの喉を締め上げた。
騎士の突進は簡単に止められ、窮地に陥る。
「どうです、これで満足でしょう? おせっかいなど焼かず、黙ってリントガルト様の戦いを眺めていれば良いものを。このまま、ハルツの魔女より先にあの世へお行きなさい!」
キューネスヴィトが首を締める手に力を込めた。オトヘルムは呼吸が止まり、意識さえも薄れようとする。しかし、その口からこぼれたのは悲鳴でも命乞いでもなく、嘲弄だった。
「……何を笑っているのです!」
キューネスヴィトは怪訝に眉をしかめると、ハッと気づいて後ろを振り返った。
駆け出したゲーパがグリミングの剣を拾っていた。
「わたくしを謀ったのですね!」
はめられた魔女は怒りにまかせて肘を伸長させると、騎士の身体を壁に激突させた。壁にひびが走り、背中から叩きつけられたオトヘルムは床に崩れる。
キューネスヴィトは両肘をゲーパの方へ伸ばしたが、箒にまたがった魔女は空中でこれを躱すと、うずくまった騎士のもとへ飛んだ。
「オトヘルム、これを!」
「……よくやってくれた、ゲーパ!」
騎士は息を詰まらせながらも立ちあがり、剣を受け取る。オトヘルムにとっても、命をかけたぎりぎりの計画だった。しかし、かけた相手がゲーパだったからこそ、信じて自分の身を危険にさらすことができた。
「そんな剣一本でわたくしに勝てると思うのですか!」
「これは一本の剣ではない。人と魔女が結んだ信頼の証し! そして代々受け継がれてきたグリミング家の魂そのものだ!!」
怒り狂ったキューネスヴィトが左腕を伸ばすと、オトヘルムは伝家の宝刀を一閃させ、手のひらから肘にかけて切り裂いた。
「ぎゃああああああーーーーーー!!!!!!」
股肱の魔女が悲鳴と血しぶきをあげる。
さらにそのまま踏み込むと、とどめの一太刀をキューネスヴィトの心臓へ突き刺した。
「ファストラーデ、待っていろ! いま、そこから出してやる!!」
息も継がず、オトヘルムはグリミングの剣を胸甲の魔女を捕らえた幹へ斬りつけた。が、その樹皮は鋼鉄のように固くまるで歯が立たない。
「……やめろ。そんなことをしても無駄だ。この菩提樹はリントガルトの心そのもの。外からの力ではどうすることも出来ない」
「では、このままお前を見殺しにしろというのか!」
「そうではない。ハルツの魔女を信じるのだ。姉であるヴァルトハイデの剣が、妹であるリントガルトの心を内側から開かせるのを……」
ファストラーデは見抜いていた。自分を捕えたこの菩提樹こそ、リントガルトの心を闇の中へ閉じ込めた魔女の呪いなのだと。
強いこだわりや執着が、形を借りて顕現しているのだと。
そして、その想いに応えてやれるのは、同じ時を過ごし、同じ想いを共有するヴァルトハイデ以外にいなかった。