第46話 薄暗い部屋 Ⅰ

文字数 1,483文字

 どこかの狭く暗い部屋に男がいる。
 男は手にしゃれこうべを持ち、何か語りかけている。
「父は狂った復讐者だった。魔女を憎み、ルーム帝国を憎み、すべてを呪って滅ぼそうとした。しかし、研究者としては紛れもない天才だった。かつてこの国を滅亡の淵にまで追いやった呪いの魔女を復活させるべく、その遺体を利用して七人の魔女を誕生させた。彼女たちは帝都を襲撃すると皇帝を殺し、この国に宣戦布告を行った。七十年前の災禍が繰り返されると誰もが恐怖した。だが、それでも呪いの魔女が復活したわけではなかった。ランメルスベルクの剣を持ったハルツの魔女に、一人残らず倒された。父のやり方は根本的に間違っていたのだ。呪いの魔女の血肉を植え付け、人間の女を魔女に造り変えようとした。それが誤りだった。わたしはライヒェンバッハ公に近づき、彼の望みを叶える代わりに、多くの実験材料を手に入れた。さらにイドゥベルガに力を与えると、ランメルスベルクの剣を打ち砕いた。もう、わたしの研究の邪魔をする者はどこにもいない。誰も、呪いの魔女の復活をとめられないのだ――」
 男は自分の実験結果に満足し、誰に誇るでもなく正当性を主張した。部屋の片隅で、フクロウだけが話を聞いていた。
 しゃれこうべを机に戻したときである。部屋のドアが開く音が聞こえた。銀の冠をかぶり、顔に皮膚を縫い合わせ痕のある女が入ってくる。
「お帰り、今日は早かったね。君が探していたものは見つかったかい?」
 男が女に語りかけた。
「分らないわ……わたしを呼ぶ声がするの。なのに、どこへいっても見つからない。わたしは、何を探しているの?」
 寂しそうに女が答えた。
 ルオトリープは遺体をつなぎあわせて新たな魔女を生み出すことに成功した。だが、それは完全ではなかった。移植の仕方が悪かったのか、それとも遺体の保存状態に問題があったのか、脳が巧く機能せず、意識と記憶を混乱させている。
 想像主の命令も聞かず、つぎはぎの魔女は各地を彷徨った。
「そう思い詰めることはない。君は目を覚ましてからまだ日が浅い。つなぎ合わせた肉体が完全に馴染んでいないのだろう。時間がたてば自分が何者なのか、何を為そうとしていたのか、すべて想い出すはずさ」
 ルオトリープは優しく語りかけた。本来ならば、このつぎはぎの魔女をヴァルトハイデに対する切り札にと考えていたが、今は戦えるような状態ではなかった。
「そんなところに立っていないで、こちらへ来なさい」
 ルオトリープが呼びかける。
 女が一歩踏み出した瞬間だった。左腕がちぎれ、肘から先が床に落ちる。つぎはぎの魔女は立ち止まり、落ちた物へ視線を向けた。
「気にする必要はない。そんなもの、いくらでも代わりは用意できる。さあ、おいで。別の腕をつないであげよう」
 ルオトリープは若く健康な肉体ばかりを選んで新たな魔女を生み出した。しかし、所詮は他人の身体の寄せ集めである。それぞれが拒絶反応を起こし、定期的に傷んだ部位を取り換えなければ生存を維持することができなかった。
 この問題に対して、ルオトリープが何らの手段も講じなかったわけではない。父であるドクター・フレルクが強すぎる呪いの魔女の魔力を抑えるために銀製の拘束具で七人の魔女を(ほだ)したように、その息子もつぎはぎの魔女に銀のティアラを与えた。しかし、結果は芳しいものではなかった。
 ルオトリープは彼女の不安定な精神が落ち着けば肉体に与える影響も軽減するだろうと考えたが、そのためには彼女が探している物を見つけてやらなければならない
 それまでは、ヴァルトハイデに手を出すことはできなかった。
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