第47話 わたしは待つ Ⅲ
文字数 1,756文字
「まさか、あなたは……」
つぎはぎの魔女が殺意を向けると、レギスヴィンダはその正体を悟った。
「……オッティリア!」
ルオトリープは新たな命を創造したのではない。失われた魂を復活させたのだ。多くの女を犠牲にし、その肉体をつなぎ合わせて。
「分らないわ……わたしは自分のことも覚えていない。でも、そのペンダントのことは覚えている。あの人のことを、いつまでも待つと。だから、わたしは待ちましょう。ここへ、ヴァルトハイデが帰ってくるのを……」
「ここへ、ヴァルトハイデが……ですが、いつ帰ってくるかは、わたくしにも分りません。一年先か、十年先か、あるいはもう帰ってこないのか……それでも、あなたは待つのですか?」
「いいえ、彼女は帰ってくるわ。あなたが、死の危険に陥れば!」
つぎはぎの魔女は魔力を解き放つと、全世界に向かって殺意の波動を伝わらせた。
「ヴァルトハイデ、わたしの声が聞こえているでしょう? あなたのために、ルーム帝国の皇帝が命を擲とうしているわ。彼女を死なせたくなかったら、この場所へ戻っていらっしゃい。あなたとわたしが一つになれば、それを止められるのよ。お願い、これ以上、わたしに誰も殺させないで!」
切なく懇願するような声だった。
レギスヴィンダには、彼女が助けを求めて悲鳴を上げているように聞こえた。
薄暗い研究室で、女の声を聞いた男がいた。腕にとまらせたフクロウに向かって語りかける。
「気づいたかい、今の世界中の夜空にこだますような魔女の声を? 彼女の記憶がよみがえったんだね。やはり、わたしの研究は間違っていなかった。魔女の肉体をつなぎ合わせて造った新しい身体に移植したオッティリアの脳が、ようやく馴染み始めたようだ。これでわたしは父を越えられる。もう、思い残すことはない。わたしに代わって見届けておくれ。彼女が想いを果たす様を」
男は、腕にとまったフクロウを夜空へ飛ばした。
フクロウは月の光に翼を広げると、声の方へと飛んでいく。その様子を見届けながら、ルオトリープは幸せそうだった。
つぎはぎの魔女が解き放った魔力の波動は、ルーム帝国のどこにいようともすべての魔女が感じ取れた。
「どうしたのだ、リカルダ?」
ベロルディンゲンでは、はるか帝都の方角を睨み、警戒心を募らせた魔女に向かってフロドアルトが訊ねた。
「……今、風の声が聞こえた。帝都 へ来るようにと誰かを呼んでいる」
「風の声……?」
「さもなくば、皇帝の命はないと悲鳴をあげながら……」
「レギスヴィンダの身に、何かあったのか!?」
フロドアルトは腹心のヴィッテキントと顔を見合わせた。遠く離れたベロルディンゲンからでは、詳しい状況までは把握できなかった。
ハルツでは、同じ部屋で眠っていた幼い二人の魔女が同時に目を覚ました。
「アーリカちゃん……」
「エルラちゃんも気づいた?」
「うん。すごく悲しそうな声だった……」
「あたしたちに向かっていったのかな?」
「違うと思う。きっと、あの人のことを呼んでるんだ……」
二人は身体を寄せ合い、悲しい声に怯えながら、声の主が救われることを願った。
同じく、月の光が照らす草はらの上で、ヘーダとブリュネが魔女の波動を受け取った。
「ヘーダ様!」
「おぬしにも聞こえたか、ブリュネよ?」
「はい。やはり、あの時の魔女は……」
「目覚めておったのじゃ……なぜ、気づいてやれなかったのかのう。あやつが探している物を……」
二人は確信する。その声の主が、かつてハルツで共に過ごした魔女のものだと。そして悔やんだ。彼女の寂しさの原因を作り出してしまった自分たちの行為を。
その声は、呼びかける相手にも届いていた。
夜の街道に足を止め、ヴァルトハイデが帝都を振り返る。
「わたしを呼んでいるのか。あの時の魔女が……」
腰に差した剣には鎖が巻きつけられたままになっている。
戦ったところで勝てる相手ではない。ならば声を無視し、ルオトリープを見つけ出すことに専念した方が賢明である。
しかし、帝都にはレギスヴィンダがいる。ゲーパがいる。フリッツィがいる。自分が戻らなければ、大切な者たちが犠牲になるだろう。
「わたしに、どうしろというのだ……」
ヴァルトハイデは立ち止まったまま、進むことも戻ることもできない。
心は今も、彷徨ったままだった。
つぎはぎの魔女が殺意を向けると、レギスヴィンダはその正体を悟った。
「……オッティリア!」
ルオトリープは新たな命を創造したのではない。失われた魂を復活させたのだ。多くの女を犠牲にし、その肉体をつなぎ合わせて。
「分らないわ……わたしは自分のことも覚えていない。でも、そのペンダントのことは覚えている。あの人のことを、いつまでも待つと。だから、わたしは待ちましょう。ここへ、ヴァルトハイデが帰ってくるのを……」
「ここへ、ヴァルトハイデが……ですが、いつ帰ってくるかは、わたくしにも分りません。一年先か、十年先か、あるいはもう帰ってこないのか……それでも、あなたは待つのですか?」
「いいえ、彼女は帰ってくるわ。あなたが、死の危険に陥れば!」
つぎはぎの魔女は魔力を解き放つと、全世界に向かって殺意の波動を伝わらせた。
「ヴァルトハイデ、わたしの声が聞こえているでしょう? あなたのために、ルーム帝国の皇帝が命を擲とうしているわ。彼女を死なせたくなかったら、この場所へ戻っていらっしゃい。あなたとわたしが一つになれば、それを止められるのよ。お願い、これ以上、わたしに誰も殺させないで!」
切なく懇願するような声だった。
レギスヴィンダには、彼女が助けを求めて悲鳴を上げているように聞こえた。
薄暗い研究室で、女の声を聞いた男がいた。腕にとまらせたフクロウに向かって語りかける。
「気づいたかい、今の世界中の夜空にこだますような魔女の声を? 彼女の記憶がよみがえったんだね。やはり、わたしの研究は間違っていなかった。魔女の肉体をつなぎ合わせて造った新しい身体に移植したオッティリアの脳が、ようやく馴染み始めたようだ。これでわたしは父を越えられる。もう、思い残すことはない。わたしに代わって見届けておくれ。彼女が想いを果たす様を」
男は、腕にとまったフクロウを夜空へ飛ばした。
フクロウは月の光に翼を広げると、声の方へと飛んでいく。その様子を見届けながら、ルオトリープは幸せそうだった。
つぎはぎの魔女が解き放った魔力の波動は、ルーム帝国のどこにいようともすべての魔女が感じ取れた。
「どうしたのだ、リカルダ?」
ベロルディンゲンでは、はるか帝都の方角を睨み、警戒心を募らせた魔女に向かってフロドアルトが訊ねた。
「……今、風の声が聞こえた。
「風の声……?」
「さもなくば、皇帝の命はないと悲鳴をあげながら……」
「レギスヴィンダの身に、何かあったのか!?」
フロドアルトは腹心のヴィッテキントと顔を見合わせた。遠く離れたベロルディンゲンからでは、詳しい状況までは把握できなかった。
ハルツでは、同じ部屋で眠っていた幼い二人の魔女が同時に目を覚ました。
「アーリカちゃん……」
「エルラちゃんも気づいた?」
「うん。すごく悲しそうな声だった……」
「あたしたちに向かっていったのかな?」
「違うと思う。きっと、あの人のことを呼んでるんだ……」
二人は身体を寄せ合い、悲しい声に怯えながら、声の主が救われることを願った。
同じく、月の光が照らす草はらの上で、ヘーダとブリュネが魔女の波動を受け取った。
「ヘーダ様!」
「おぬしにも聞こえたか、ブリュネよ?」
「はい。やはり、あの時の魔女は……」
「目覚めておったのじゃ……なぜ、気づいてやれなかったのかのう。あやつが探している物を……」
二人は確信する。その声の主が、かつてハルツで共に過ごした魔女のものだと。そして悔やんだ。彼女の寂しさの原因を作り出してしまった自分たちの行為を。
その声は、呼びかける相手にも届いていた。
夜の街道に足を止め、ヴァルトハイデが帝都を振り返る。
「わたしを呼んでいるのか。あの時の魔女が……」
腰に差した剣には鎖が巻きつけられたままになっている。
戦ったところで勝てる相手ではない。ならば声を無視し、ルオトリープを見つけ出すことに専念した方が賢明である。
しかし、帝都にはレギスヴィンダがいる。ゲーパがいる。フリッツィがいる。自分が戻らなければ、大切な者たちが犠牲になるだろう。
「わたしに、どうしろというのだ……」
ヴァルトハイデは立ち止まったまま、進むことも戻ることもできない。
心は今も、彷徨ったままだった。