第15話 招かれざる客 Ⅱ

文字数 2,166文字

 日が暮れ、シェーニンガー宮殿に招待客が集まり始める。
 一人だけ仮面をつけたフリッツィは、物陰に隠れながら会場の様子を覗き見た。
「聞いてた話と違うじゃない……」
 ようやく勘違いしていたことに気付き、恥ずかしさでいたたまれなくなる。
 そこへ、会場の警備を行っていたブルヒャルトがやってきて声をかけた。
「フリッツィ殿ではありませんか。こんなところで、どうされたのですか?」
 突然声をかけられ、逆毛を立てて驚く。
「な、何でもないわよ……いい男はいないかなって、捜してただけだから。ハハハ……」
 慌てて仮面を隠して誤魔化した。
 会場にはフロドアルトの姿があった。
 名門中の名門貴族の御曹司である彼は、まるで絵画のモデルのようにその場にいるだけで貴婦人の注目を集める。
「こら、引っ張るな! こんな履きなれない靴で、どうしてお前はそんなに動き回れるんだ?」
 グラスを傾けていたフロドアルトの耳に、聞き知った声が届く。
 夜会用のドレスに着替えたヴァルトハイデが、恥ずかしそうにゲーパに手を引っ張られていた。
 フロドアルトはグラスを置くと、二人に声をかけた。
「どこの貴婦人かと思えば、勝利の立役者殿ではないか。今宵はまた一段と艶やかに装ったものだな」
 一瞬別人かと見誤ったフロドアルトは、本音と嫌味を混ぜ合わせてヴァルトハイデにいった。
「公子の方こそ、相変わらず素敵ですね」
 やはり本音と嫌味を合わせてゲーパが言い返す。フロドアルトは不機嫌な様子で答えた。
「素敵なものか。わたしは義務としてここにいるだけだ。今宵の主役は貴様らであろう」
 本来なら顔も見たくない相手だ。魔女と戦うため、政治的思惑も絡んで一時的に手を結んでいるにすぎない。本来なら、パーティーの主役は自分だったという気持ちが、まだ僅かに残っていた。
「主役はレギスヴィンダ様です。レギスヴィンダ様の指揮の下、一丸となってルーム帝国が勝利を収めたのです」
 ヴァルトハイデが答えた。
「貴様にいわれずとも、そんなことは分かっている。これからも帝国と内親王殿下のために力を振るうのだな」
「勿論です。そのために、わたしたちはここにいます」
「ふん。相変わらず面白みのない女だ。くれぐれも、正体を気取られるような真似だけはしてはならぬぞ」
「心得ています。あくまで、わたしたちはレギスヴィンダ様の剣。それ以上でも以下でもありません」
「ならばよい。貴様らの山では到底体験できぬ貴族の宴だ。一生の想い出として、楽しんでいくがよかろう」
 フロドアルトはそれだけ告げると、二人の前を離れた。
「相変わらず嫌な感じ。あんなのと結婚しなきゃならないなんて、レギスヴィンダ様に同情しちゃうわ」
 ゲーパがいった。ヴァルトハイデに否定するつもりはなかったが、公子もまた立場や身分を守らなければならない孤独な人なのだろうと感じた。
「ヴァルトハイデ、ゲーパ!」
 変わって、親しげに呼びかける声がした。
「わぁ、グローテゲルト伯爵夫人!」
 声の方を振り返り、羨望に似た眼差しをゲーパが投げかける。
 深い紺色のドレスに身を包んだ伯爵夫人は気品をまとい、同時に大人の女性としての色香を漂わせている。
 まだ少女の年齢のゲーパにとっては、憧れを具体化させたような存在だった。
「お久しぶりです伯爵夫人」
「二人とも壮健そうだな。特にヴァルトハイデは大変な活躍だったと聞いている」
「活躍したのはわたしではありません。労いの言葉なら、フリッツィにかけてやってください」
「そうか。で、本人はどこにいる。あいつのことだ。場違いなマスクをつけて、男でもあさっているかと思ったのだが?」
 グローテゲルト伯爵夫人の言葉に二人は苦笑する。間違ったイメージを吹き込んだのはこの人かと察した。
 その後も戦いのことなどについて歓談していると、会場内に内親王殿下御入来の声が響いた。
 万雷の拍手の中、雪白のドレスを召したレギスヴィンダが現れる。その姿は神々しく、凛然とした気高さや品格で会場内の空気を引き締めながらも、年相応の少女らしい愛らしさを失わず、勝利の祝宴に一層の華と和やかさを添えた。
「皆さま、ようこそおいで下さいました。今宵はゼンゲリングでの戦いの勝利を祝し、ささやかではありますが感謝と慰労の宴を執り行わせていただきます。苦しい戦いではありましたが、勝利をもたらすことができたのは未だ失われることのない皇帝陛下、皇后陛下の恩寵によるもの。また、ここに集った諸侯、戦いに参加したすべての将兵、支援をいただいた多くの方々の努力と結束のたまものだと考えております。わたくしレギスヴィンダは帝室を代表し、皆さまに厚く御礼申し上げると共に、勇敢に戦いながら散華した者たちへの忠義と献身に心からの弔意を示したいと思います。戦いはまだ始まったばかり。わたくしたちの本当の敵は帝都を襲い、両陛下の御命を奪った悪しき七人の魔女です。すべての戦いに終止符が打たれるまで、わたくしたちに安息の時はありません。ですが、今宵ばかりは一つの戦いに勝利したその事実を称え、皆さまとルームの栄光を分かち合えればと願っています」
 レギスヴィンダが挨拶を終えると、再び拍手が沸き起こった。
 このような賑やかな場所が苦手なヴァルトハイデも、今夜だけは華やいだ気分に浸るのも悪くないと感じた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み