第43話 再会と別れ Ⅱ

文字数 3,381文字

 翌日、ヴァルトハイデは自主的に部屋から出てきた。
「ヴァルトハイデ……もういいの?」
 心配げにゲーパが話しかける。
「すまない、迷惑をかけた。わたしのことで立ち止まってなどいられないというのに」
「そんなことないわよ。たまには休憩も必要よ!」
 励ますように、休憩ばかりのフリッツィがいった。
 ヴァルトハイデの表情はやや曇りがちではあるが、ひどく落ち込んでいるという風でもない。元より、あまり感情を表に出さないこともあり、その内心までは正確にくみ取ることはできないが、本人が大丈夫だというのならゲーパもフリッツィも信じるしかなかった。
 ヴァルトハイデたちはベロルディンゲンから引き上げることを決めると、その旨をフロドアルトに伝えた。
「我々は帝都へ戻り、今回のことを皇帝陛下にご報告します」
「貴様たちには世話になった。礼をいう。風来の魔女については、新しい居場所が見つかるまで、わたしが責任を持って面倒をみると伝えてくれ」
「分りました」
 フロドアルトの返答はぶっきらぼうなものではあったが、彼なりの誠意を込めたものだった。
 その後、三人はリカルダたちにも別れの挨拶を行った。
「行ってしまうのか。寂しくなるな。だが、お前たちのことは決して忘れない。もし、わたしたちにできることがあれば何でもいってくれ。かならず力になると約束しよう」
「わたしは命令に従っただけだ。感謝なら、皇帝陛下に申し上げてくれ。しかし、わたしも皆のことは忘れない。やがて、帝都からルートヴィナも来るだろう。フロドアルト公子に任せておけば後のことは心配ない。人と魔女が共存し得ることを、どうか証明してほしい」
 ヴァルトハイデの期待に答えるように、リカルダは力強く頷く。ルートヴィナの両親も改めてヴァルトハイデたちに礼をいった。
 ヴァルトハイデたちがベロルディンゲンを去った後、フロドアルトはこの城で見聞きしたことは他言してはならないと兵士たちに緘口令を敷いた。そして父の行為を償うように、残った魔女たちを手厚く保護した。


 ヴァルトハイデたちがベロルディンゲンを発ったころ、同じように帝都を出発する三人の女がいた。
「それではお従姉さま、大変お世話になりました。わたくしたちは、ベロルディンゲンへ参ります」
 ゴードレーヴァが挨拶を終え、馬車へ乗り込む。
 父の訃報に接した小公女の表情は沈痛で、感情があふれ出すのを精いっぱい堪えているようだった。
 レギスヴィンダは彼女を抱きしめ、いつまでも寄り添っていてあげたい気持ちだったが、皇帝としての立場がそれを許さなかった。
 同行するグローテゲルト伯爵夫人が、代行を申し出る。
「心配はいりません。公女殿は陛下が思われているよりも、ずっと大人です。悲しみを乗り越え、人の痛みのわかる領主となるでしょう」
「グローテゲルト伯爵夫人、くれぐれもゴードレーヴァたちを頼みます」
「お任せください。途中までではありますが、わたしが責任を持って少女たちを引率します。陛下に加わっていただけないのが、とても残念です」
 用がすめば、グローテゲルト伯爵夫人も所領へ帰らなければならない。ベロルディンゲンまでは付いて行けないが、途中でヴァルトハイデたちと合流する予定になっている。
 そこで再会を祝して女だらけの宴を開いて盛り上がるのだろうと想像すると、レギスヴィンダには羨ましいやら、憎らしいやら複雑な気持ちだった。
「皇帝陛下、わたくしのような者にまで親切にしていただき、大変感謝しています。このご恩は、一生忘れません」
「ルートヴィナ、あなたは、わたくしにとっての希望です。人と魔女の未来は、あなたたちにかかっています。両親やリカルダ、そして多くの魔女にも伝えてください。ルーム帝国の皇帝は、あなたたちと共にあると」
「はい、陛下」
 不毛な争いの中にあって、ルートヴィナたちの存在だけがレギスヴィンダの慰めだった。
 いつか彼女たちが小さな花の種となって、この国に平和と共存の芽を息吹かせることを願わずにはいられなかった。


 予定通り、女たちは帝都とベロルディンゲンの中間に位置するブレンフレックで再会した。
 ブレンフレックは小さな町だが温泉街として知られ、多くの湯治客を集めている。
 女たちは長旅の疲れを洗い流すと、宿屋の広間を借りてささやかな夕餉を開いた。
「ヴァルトハイデ、やっとあなたに会えました。どんなに、この日を待ち望んだことか。あなたには感謝してもしきれません……」
 ゴードレーヴァが思いのたけを伝える。ヴァルトハイデは必要のなくなった偽りの甲冑を脱ぎ棄て、ありのままの自分として向かい合った。
「かの時は特別の事情があったとはいえ、正体を伏せていた無礼をお許しください。ようやく本当のわたしをお見せすることができます」
「あなたの活躍は、レギスヴィンダ従姉さまからたくさん聞かせていただきました。いつもこの国を、わたくしたちを護ってくれていたのですね」
「過分なお言葉に面目がありません。わたしは、お父上を御救いすることができませんでした」
「いいえ、あなたは立派に戦い、使命を果たしました。堂々と胸を張ってください」
 ゴードレーヴァにとってヴァルトハイデは自分を助けてくれたあこがれの魔女であり、父を苦しみから解放してくれた恩人だった。
 一時はひどい勘違いをしたこともあったが、今は素直に語り合うことができた。
「ライヒェンバッハ公は立派な方でした。ルオトリープの術が解けてからはご自身の過ちを悔い、ゴードレーヴァ様やフロドアルト公子に心から謝罪されていました。わたしは公爵の無念を晴らすためにもルオトリープを捕え、今次騒乱を終結させることをゴードレーヴァ様にお約束します」
 以前に会った時よりも、公女はずいぶん大人びて見えた。父を亡くしたショックは癒えていないはずだが、そのことで周囲に心配をかけまいとしているようだった。
 小さな身体の中に健気さと、芯の強さが同居しているのだとヴァルトハイデは思った。
「堅苦しい話はやめにしようではないか。せっかくこうして顔を合わせることができたのだ。そうだフリッツィ、得意の黒猫腹踊りでもしてはどうだ。皆も見たいだろう?」
「したことないわよ、そんなの!」
 場を和ませようとグローテゲルト伯爵夫人が提案する。フリッツィはふくれたが、いい感じで緊張がほぐれて誰もが笑顔になった。
「でも、レギスヴィンダ様が来られなかったのは残念ね」
 ゲーパがいった。
「従姉さまは、わたくしたちのことをとても羨んでおられました。こんなに不自由なのなら、皇帝に即位などするのではなかったと」
「えらくなりすぎるのも考えものね」
 ワインを飲みながらフリッツィが呟いた。グローテゲルト伯爵夫人が同意する。
「まったくだ。わたしなら三日で逃げ出すだろう」
「逃げ出すのはフェルディナンダじゃなくて家来の方よ」
「なんだと!」
 フリッツィが一本取りかえす。再び笑顔に包まれ、いっそう空気が和んだ。
「本当にありがとうございます。こんな日が来るなんて、今もまだ夢を見てるみたいです……」
 ルートヴィナが、ヴァルトハイデに感謝の気持ちを伝えた。
「夢ではないさ。これからは誰の目も気にすることなく、皆と平和に暮らせるはずだ」
「はい」
「リカルダやご両親も楽しみにしていたわよ。やっとルートヴィナに会えるって」
 ゲーパが続けた。
 少し、はにかんだ様子のルートヴィナを、ヴァルトハイデが優しく見つめる。その様子を隣で眺めながら、ゲーパも安心した。
 内心では、今も剣を折られたショックを引きずっているのではないかと心配していた。しかし、それは杞憂だった。ヴァルトハイデは親しい者たちとの再会を心から喜び、会食を楽しんでいる。
 表情には不安も、憂鬱も無いようだった。
 だが――


 翌朝、誰もがまだ眠りについているころ、ヴァルトハイデは町の近くの林にいた。
 魔力を高め、精神を集中する。目の前にはひと抱えほどの岩があり、女の手には切っ先の折れた剣が握られていた。
「ハァッ!!」
 刃を振り下ろし、岩石を真っ二つに切り裂かんと試みる。が、岩はほんのわずか表面を削られただけで、簡単に剣を跳ね返す。
 もはやランメルスベルクの剣には、以前のような魔女を討つ力は残っていない。折れ砕かれた心では、戦いを続けることはできなかった。
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