第44話 つぎはぎの魔女 Ⅱ

文字数 4,156文字

 父であり、先代のライヒェンバッハ公ルペルトゥス・ゲルラハの葬儀を終えたフロドアルトはベロルディンゲンに留まったまま家督を継承した。
 新たに公爵となったフロドアルトが最初に行ったのは、エスペンラウプにあったルオトリープの研究室の捜査だった。
 すでに男の姿はそこになく、研究室に踏み入った兵士が発見したのは、薄暗くもの寂しい地下室に安置された一基の棺桶だった。
 恐る恐る兵士が棺を開けると、中には数十人分と思われる女の手足や皮膚や臓器といった肉体の一部が詰められていた。


 ベロルディンゲンの城主の間にて、執務机をはさんでフロドアルトの前にリカルダが立っている。
 フロドアルトは報せの内容を聞かせると、遺体について質問した。
「つまり、エスペンラウプで見つかった遺体は、すべて魔女のものと見て相違ないのだな?」
「遺体には、いずれも腐敗などの劣化は見あたらず、たった今肉体から切り取ったと思わせるほど生々しものばかりだったというのですね? ならば間違いありません」
「魔女の遺体は腐らぬというが、まさにその通りというわけか……」
「そのため裁判で有罪になった女たちは火刑に処せられるのが慣わしになっています。そのままでは土に還ることもできませんので」
「………………」
 リカルダの意見を聞いて、フロドアルトは押し黙った。
 生きた魔女の肉体を切り分け、それを棺の中に保管していた。その猟奇的ともいえる行為のおぞましさに言葉を失うとともに、こんなことのために自分たちは利用されていたのかという激しい怒りがこみ上げた。
「奴が父上を唆したのは、実験に必要な魔女の肉体を集めるためだといっていた。いったい、どのような実験を行っているというのだ……」
「それは、わたしにも分かりません。ただ、イドゥベルガのような女をさらに生み出すためなら、このようなことを行う必要はありません。ルオトリープは、あなたのお父上にも行っていたように、呪いの魔女の遺体から採取した血液を元に、極めて強力な賦活剤を生成することに成功しています。イドゥベルガに行っていたものと同じ、あるいはそれを発展させた研究を続けるのなら、ルオトリープに必要なのは魔女の遺体ではなく、生きた魔女そのものです」
「生きた魔女ではできない実験か……いずれにしても注意すべきは、奴が連れ去ったとされる女の数と、今回見つかった遺体の数が合わないということだ。おそらく他にもアジトを用意し、まだ遺体を隠し持っているはずだ。今もどこかで実験や研究を繰り返しているのだろう」
「ルオトリープの行方については仲間たちが手分けをし、解放された魔女たちからも話を聞いています。いまはまだ手掛かりはつかめていませんが、いずれ何らかの報せがあるでしょう」
「期待している。ともかく発見された遺体はすべて火葬にし、ねんごろに弔ってやらねばならぬ。ヴィッテキントよ、そのように指示を行え」
「畏まりました」
 フロドアルトは腹心に命じると、改めてリカルダを見やった。
「それより、なぜここに残った。ルートヴィナたちとブルーフハーゲンへ行ってもよかったものを?」
「わたしには、この戦いを見届ける義務があります。すべての罪をあなたやライヒェンバッハ家に押し付け、わたしだけが安穏な生活を送ることはできません。わたしの手も、多くの人間の血で汚れています」
 リカルダは寂しく語った。
 ルペルトゥスの行った魔女狩りは魔女だけでなく、疑わしいという理由だけで多くの人間を捕らえ、正当な裁判もないままに処刑した。
 ルペルトゥスが亡くなった後、皇帝陛下の命によって監獄や収容所に囚われていた魔女や疑いをかけられた者たちは解放されたが、世の中からすべての差別や偏見が消えたわけではない。
 魔女は勿論、人間であっても一度でも嫌疑をかけられた者は故郷を追われ、元の生活を取り戻すことが困難になっていた。
 フロドアルトはライヒェンバッハ家としての罪を償うため、行き場をなくした女たち、またその関係者をベロルディンゲンに集めて保護した。そしてグローテゲルト伯爵夫人など、魔女に寛容な諸侯や領邦の協力を得て、新たな居場所が与えられるよう尽力した。
 リカルダは自分が犯した罪の償いだというが、フロドアルトは意識的にルートヴィナから距離を置いているように見えた。やはり、人と魔女はいっしょに暮らせない。自分が彼女たちを不幸に巻き込んでいると考えているように思われた。
 二人が話し合っていると、兵士が報せを伝えにやってくる。箒に乗った魔女が面談を求めていると。
 フロドアルトはすぐに許可し、客人を迎え入れた。
「ゲーパ!」
 部屋へ入るなり、リカルダが親しげに名前を呼んだ。
「今日は貴様一人か? 騒がしいのは一緒ではないのか?」
 警戒しながらフロドアルトが訊ねた。騒がしいのとは、もちろんフリッツィのことである。
「ごめんなさいね。あたし一人よ」
「ならば歓迎する」
 フロドアルトは苦笑した。
「いったいどうした。帝都で何かあったのか?」
 リカルダが訊ねた。
「実はフロドアルト公子と……じゃなかった、ライヒェンバッハ公とリカルダに伝えなきゃいけないことがあるの」
「緊急を要することか?」
 フロドアルトが訊ねた。
「はい。極めて深刻な問題が発生したと受け止めています」
 ゲーパはルツィンデから聞いた話をした。
「ハルツに新たな魔女が現れたと?」
「たぶん、ヴァルトハイデを襲うために、ルオトリープが差し向けたんだと思います」
「あの男の息のかかった魔女で間違いないのか?」
 リカルダが訊ねた。
「間違いないわ。だって、あたしのひいお婆ちゃんが、ヴァルトハイデや七人の魔女に似た魔力を感じたっていってたから」
「早くも奴が動き出したということか……」
 苦々しげにフロドアルトが吐き捨てた。
「それで、新たな魔女というのは、どのような特徴なのだ?」
 もう一度リカルダが訊ねた。
「銀の冠をかぶった、顔に皮膚を縫い合わせたような傷のある若い魔女です。あたしたちは、つぎはぎの魔女と呼んでいます」
「つぎはぎの魔女……」
 説明を聞いて呟くと、リカルダはあることに思い至った。
「そうか、分ったぞ! ルオトリープは集めた肉体をつなぎあわせ、新たな魔女を造っていたのだ!!」
 それはあくまで推測である。ただし極めておぞましく、倫理に反するものだった。
「……どういうこと?」
 意味の分からないゲーパが訊ねた。
「今まさに、公とその話をしていたところだ。エスペンラウプにあった、あの男の研究室を捜索したところ、棺に納められた多くの魔女の遺体が発見された」
「魔女の遺体……」
 ゲーパは戦慄する。そんなことができるのかと。フロドアルトもまた、にわかには信じられないといった様子だった。
「たしかに、あの男ならやりかねないことだが、死者の肉体から新たな魔女を造り出すなど、そんなことが可能なのか?」
「不可能ではありません。わたしはルオトリープという男を知りませんが、いにしえの魔術においては死者を甦らせることも可能だと伝え聞いております。公も、そのような者たちに手を焼いたことがあるのではありませんか?」
「………………」
 フロドアルトは押し黙った。エルシェンブロイヒとの戦いが、まさにそれだった。思い出したくもない記憶である。
「ルオトリープは集めた遺体から優れた部位ばかりを選び出し、己が理想とする究極の魔女を造り出したのでしょう。それは人の理を超越した禁忌です。何者であっても、手を出して良い研究ではありません」
 リカルダがいうと、ゲーパは凍りついた。
「奴め、神にでもなったつもりか……!」
 フロドアルトは激怒した。
「その魔女が、ヴァルトハイデを探してるの。このことを本人に伝えるため、お願いします。ライヒェンバッハ家の力を貸してください」
「ヴァルトハイデは、まだ帝都へ戻っていないのか?」
「あれ以来、音沙汰もなく、何の連絡もありません」
「あの女傑がな……意外ともろいところもあったのだな」
 ヴァルトハイデが帝都を去ったという話は、ベロルディンゲンでも話題になっていた。リカルダや、その仲間たちも心配していた。
「我々としては構わない。ルオトリープに対抗するためには、ヴァルトハイデの力も必要だ。ただし、手遅れでなければな」
「手遅れ……」
「すでに、つぎはぎの魔女とやらが、ヴァルトハイデに出会っている可能性もあるだろう」
「そんな、ひどいこと言わないでください!」
「ひどいものか。最悪の場合も想定しておかねばなるまい」
 冷淡にフロドアルトがいった。ゲーパも否定したかったが、その可能性は多分にあった。だが、リカルダだけは心配ないと答えた。
「手遅れということはないでしょう。もし、ヴァルトハイデが殺されているとすれば、ルオトリープが何らかの宣言や新たな意思表示を行うはずです」
「……なるほど」
 ゲーパとフロドアルトは同時に頷いた。さらにリカルダは、別の見解も示した。
「これは矛盾になるのですが、つぎはぎの魔女は本当にヴァルトハイデを狙っているのでしょうか?」
「なぜ、そう思う。つぎはぎの魔女がルオトリープによって造られたといったのは、貴様自身ではないか?」
 フロドアルトが訊ねた。ゲーパも同じように疑問を抱く。
「ルオトリープはヴァルトハイデが帝都を去ったことを知らないはずです。ならば、つぎはぎの魔女が最初に向かうのはハルツではなく、帝都ではないでしょうか?」
 リカルダの指摘は的を射ていた。
「確かにそうだな……」
「じゃあ、つぎはぎの魔女は誰を探していたの?」
「それは分からない。しかし、相手が危険な存在であることは間違いない。仲間にも事情を伝え、警戒を強めるようにしよう」
「ライヒェンバッハとしても、お前たちに手を貸すことに異存はない。ただし、ルオトリープについては、このわたし自身の手で捕える。でなければ、父上の無念を晴らすことができない」
「お願いします。皇帝陛下には、あたしからお伝えします」
「うむ。事態は新たな展開を迎えたようだ。帝都とベロルディンゲンはこれまで以上に結束し、緊密に連絡を取り合った方が良いようだ」
 フロドアルトは協力を確約する。
 ゲーパは二人に礼を言うと、すぐにまた箒に乗って帝都へ戻った。
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