第12話 皇女の帰還 Ⅱ

文字数 5,028文字

 侍女に案内され、ゲーパとフリッツィが部屋へ向かう。
「どうぞ、こちらのお部屋をご使用ください」
 用意されたのは、帝室に縁のある名門貴族のみが宿泊を許される最高級の貴賓室だ。
 贅をこらした内装は絢爛豪華で、家具や調度品なども帝国の内外から選び抜かれた一流品だけを使用している。
「おぉ~~~~……」
「すっごい……」
 見たこともない景色に、フリッツィとゲーパは言葉を失った。
「……ホントに、あたしたちが使っていの?」
「勿論でございます。何かありましたらお呼びください」
 ゲーパに答えると、侍女は退室する。
 二人はドアが閉まると夢でも見てるんじゃないかと互いの顔を覗き込み、現実だと確認すると同時にベッドへ飛び込んだ。
「あたしこっちがいい! おふとんふかふか! いいにおーい!」
「さすがにこれは驚いたわね。あたしも長い間下界で過ごしてきたけど、こんなの初めてよ!」
「ねえ、聞いた? あたしたち、国賓だって」
 枕に頬を埋めながらゲーパが話しかける。
「当たり前よ。だって、この国のお姫様に頼まれて、助けに来てあげたのよ。これぐらいしてもらって当然よ」
「ヴァルトハイデに会いたがってるフロドアルトって、ゾンビと戦って負けた人よね?」
「お姫様が帰ってくる前にいいとこ見せようと思って、張り切りすぎたんでしょ。大人しく、あたしたちが来るまで待ってればいいのに」
「どんな人かな? 公子っていうくらいだから素敵な人だと思うんだけど」
「違うわね。甘やかされて育った、ひょろひょろのお坊ちゃんよ」
「そうかなぁ……レギスヴィンダ様のフィアンセだっていうし、あたしは立派な人だと思うんだけど」
「そんなことないわ。会いたいっていうのも、あたしたちがどんなものか気になって仕方ないから様子を見に来るってだけよ。過剰に期待したり、心を許したりしちゃダメよ」
「でも、これから一緒に戦う人でしょ? 仲良くなっておいた方がいいんじゃない?」
「べつに喧嘩しろってわけじゃないけど、必要以上に仲良くなる必要もないわ。お仕事よ、お仕事。あたしたちがここへ来た理由を忘れないことね」
「……フリッツィってさ、そういうところ年寄りくさいわよね。なんだか、うちのひいお婆ちゃんと話してるみたい」
 何気なくゲーパがいうと、フリッツィはムッとする。
「誰が、あんな、もうろくばばあに似てるってのよ!」
「え……? フリッツィって、ひいお婆ちゃんに会ったことあったっけ?」
「な、ないわよ! あたしは、そんな年寄りじゃないってだけよ!」
「そうなんだ……」
 ゲーパは不可解な感覚にとらわれたが、深くは追求しなかった。
「そんなに気になるんなら、覗きにいってみたら?」
 話題を変えるつもりでフリッツィがいった。冗談半分だったが、ゲーパは本気にした。
「そうね……」
 ベッドから起き上がると持参した箒を持って窓際へ向う。窓を開けて、ヴァルトハイデが連れて行かれた部屋を探した。
「どれかな……」
「ホントに行く気なの?」
「だって、見ておきたいじゃない。もしかしたらとってもハンサムで、あたしたちにも優しくしてくれるかもしれないわよ。それに公子ってくらいだから、きっとお金持よ」
「そういう考え方もあるわね……」
 ゲーパがいうと、フリッツィは脳内でそろ盤をはじいた。箒の魔女が飛び立とうとすると、その後ろにまたがった。
「とりあえず、片っ端から部屋の中を覗いてみなさい」
「興味無いんじゃなかったの……?」
「ゲーパだけじゃ不安だわ。ここは人を見る目をもったあたしの出番よ。どれぐらいの財産がありそうか、ちゃんと見極めてあげるわ!」
「………………」
 ゲーパは邪まな目的を黒猫に感じた。だからといって、やめるつもりはなかったが。
「しっかりつかまっててね。行くわよ!」
 ゲーパはフリッツィを乗せ、貴賓室の窓を飛び立った。


 フロドアルトがシェーニンガー宮殿に到着する。
 馬を下りると侍従に案内され、腹心のヴィッテキントを引き連れ応接室へ向かった。
「間もなくレギスヴィンダ様が参られますので、しばらくお待ちください」
「うむ」
 侍従が部屋を去ると、フロドアルトはソファーに腰掛けヴィッテキントに訊ねた。
「レギスヴィンダは三人の女を連れ帰ったといったな?」
「左様でございます。殿下はその三名を国賓としてもてなすよう、宰相閣下にお命じになられたそうです」
「恐らくその三人がハルツの魔女だ。レギスヴィンダめ、宮廷にまで魔女を招き入れるとはどういうつもりだ。この国は、魔女に勝利した英雄の国ではなかったのか? いや、わたしが騙されていただけで、七十年前からこの城には多くの魔女が出入りしていたのだろう?」
 フロドアルトは不機嫌さを隠そうともしない。疑り深い表情で、帝室と魔女の関係を怪しんだ。
 ヴィッテキントが答える。
「問題視すべきは、レギスヴィンダ様に対して魔女が何を要求したかです」
「狡猾で欲深な魔女のことだ。よほどの見返りがない限り、我らに協力などするはずがない。もし法外な要求を行うのであれば、たとえ陛下の御意であったとしても、このわたしが魔女どもを成敗し、レギスヴィンダの目を覚まさせてやらねばならない」
「まったく、その通りでございます」
 フロドアルトが憮然とソファーに腰かけていると、隣室に繋がるドアが開いた。
 ルーム帝国の皇女としての容儀を整えたレギスヴィンダが姿を現す。
「フロドアルト公子、よくおいで下さいました。帝都が襲撃された後、公子はいち早く帝都へ馳せ参じ、臣民を励ましながら復旧に尽力されたそうですね。また、わたくしに代わって皇帝皇后両陛下の菩提を弔っていただいいたと、ドライハウプト僧院教会のモスブレヒ枢機卿から伺いました。公子には、心から感謝申し上げます」
 レギスヴィンダが謝意を示すと、フロドアルトも立ち上がって答礼した。
「当然のことをしたまでです。殿下こそ、御無事で何よりでした。殿下が行方不明になられたと聞いた時には、魔女どもに連れ去られたのではないかと悲嘆に暮れておりましたが、こうして再び拝眉の栄に浴することができ胸を撫ぜおろしております」
 両者は率直な気持ちを伝えあう。極めて形式的だったが。
 挨拶をすませると、二人は向かい合う形でソファーに腰掛ける。侍女がコーヒーを運んでくる。フロドアルトは軽くそれに口をつけ、侍女が退室するのを待ってから、カップを置いた。
「それで、レギスヴィンダよ。魔女との交渉は上手くいったのか?」
 皇女と公子の立場を離れ、血のつながった従兄妹の関係で話し始めた。
「御存じでしたか……」
「知っていたわけではない。戦場でまみえた魔女から聞いた。ヴィッテキント、例の物を」
「はっ」
 腹心に命じ、処分するはずだった折れた剣をテーブルの上に置いた。
「これは……」
「陛下の寝室にあった物だ。わたしはこれを陛下の形見として携え、戦場へ向かった。だが、結果はこのありさまだ」
 折られた剣は、フロドアルトの心情を雄弁に物語っていた。ハルツで本当のことを知るまで、レギスヴィンダもこれが本物の英雄の剣だと信じて疑わなかったため、フロドアルトの疑念や不信は察して余りあった。
「薄情なものだな。同じ血を受け継いだこのわたしにぐらいは、本当のことを話してくれていても良かったのではないか?」
「……わたくしも、知らなかったのです。魔女の襲撃があったあの夜、お母様からハルツへ行けと命じられるまで、わたくしもレムベルト皇太子の伝説を信じていました」
「それは意外だな。わたしはてっきり、お前はすべてを知ったうえで行動していたと思っていたのだが?」
「知っていたのは皇帝皇后両陛下だけです。おそらく両陛下はわたくしが帝位を継ぐまで、あるいは立太子の儀を執り行うまでは秘めているつもりだったのではないでしょうか」
「それが魔女の襲撃によって、予定が早まったというのだな?」
「そうだと思います」
「……なるほど。皮肉にも魔女の襲撃がなければ、今も我々はこれがまがい物の剣だと知らずに騙されていたということか」
「今となっては、その方が幸せだったでしょうが」
「そうかもしれぬな……」
「急なこととはいえ、従兄(にい)様にお話しすることができなかったのは配慮が足りず、わたくしの不徳の致すところでした。心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、事情を聴けば納得した。かかる事態の緊急性と秘匿性を考えれば、誰にも告げず、姿を隠してハルツへ向かうしかなかったことは理解できる。皇帝陛下の御聖断に間違いはなかった。ともかく、お前が無事に戻ってくれたことに安堵している。これは偽りない、わたしの本心だ」
 レギスヴィンダが内情を伝えると、フロドアルトは一様に理解し、憤激を和らげた。
「しかし、なぜ本物の剣がハルツに? レムベルト皇太子が魔女に剣を打たせたという経緯も気になる。お前は魔女から、何か聞いているか?」
「はい。ですがその前に紹介したい人物がいます」
「……このわたしに?」
 フロドアルトは、ハルツから連れてきた魔女のことだと直感した。
「ヴァルトハイデ、こちらへ」
 レギスヴィンダに呼ばれ、隣室に控えていたヴァルトハイデが姿を見せる。
 フロドアルトの前まで進み出ると、恭しく名乗った。
「お初にお目にかかります。わたしはハルツのヴァルトハイデと申します。ハルツの長であったヘルヴィガ様より使命を授かり、ルーム帝国のレギスヴィンダ内親王殿下をお助けするために参りました。以後、お見知り置きを」
 生きた魔女(・・・・・)を初めて見たフロドアルトは、ヴァルトハイデに予想外といった印象を抱いた。
「……思っていたよりも若いのだな。魔女というから、腰の曲がった老婆を想像していたぞ?」
 皮肉を込めて感想を述べる。
「年齢は関係ありません。このヴァルトハイデこそランメルスベルクの剣、わたくしたちが呼ぶレムベルト皇太子の剣の正当な継承者です」
「剣の継承者だと……?」
 レギスヴィンダの説明を聞いて、フロドアルトの視線がヴァルトハイデの腰にある剣へ移動した。
「検められますか?」
「当然だ」
 好意を以ってヴァルトハイデが勧めると、フロドアルトは迷わず差し出された剣に手を伸ばした。
 その剣は重さも長さも寸分たがわず、帝室に受け継がれてきた“まがい物”と見分けがつかなかった。鞘に至っては、見栄えをよくするため様々な装飾が施されている分だけ、むしろニセモノの方がホンモノのように思われた。
 だが、鞘を抜いて刀身を覗きこんだ瞬間だった。
「これが、本物の勝利の剣……」
 その刃には一点の曇りもなく、混じりけのない純銀が鮮やかな光沢を放っている。フロドアルトは陶然とし、吸い込まれるような感覚に襲われた。
「フロドアルト様!!」
 咄嗟にヴィッテキントが叫んだ。フロドアルトはハッとなって我に返った。あろうことか白刃を首筋に当て、いまにも自刎せんとするところだった。
「恐れながら、これは勝利の剣などではありません。この剣は魔女その物。持ち主を選び、その魂を喰らう剣なのです。レムベルト皇太子がどれほどの覚悟を持ってこの剣を手に取ったか、公子にも少しはご理解いただけたのではありませんか?」
 ヴァルトハイデの右目の奥に黒い陰が浮かんだ。
「……なるほど、宮廷には置いておけぬわけだ…………」
 フロドアルトはゾッとすると、脂汗を浮かべながら剣をヴァルトハイデに返した。
「ところで、魔女はあと二人いると聞いたのだが?」
「残りの二名は戦士ではありませんので」
 ヴァルトハイデが答える。物怖じしないその態度がフロドアルトには忌々しくもあり、裏腹のない人格の表れのようにも感じとれた。
「その剣を量産することはできないでしょうか?」
 ヴィッテキントが訊ねた。
「生憎ですが、この剣に使われているランメルスベルク銀は希少で、たとえ量を確保できたとしても、もはや鍛錬できる魔女がおりません」
「それは残念です」
「ですが御心配には及びません。この剣には歴代の所有者、係わってきた魔女の魂が込められています。決して折れず、砕けず、この一本が百万本の剣の代わりを果たします」
「頼もしい限りだな……」
 大言壮語とも取れる発言にフロドアルトは鼻白んだ。
「ともあれ、そろそろ教えてはくれまいか。レムベルト皇太子がなぜ魔女に剣を打たせたのかを?」
 要求されては断ることもできず、レギスヴィンダは言葉を選びながら一つずつ順を追って説明を始めた。
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