第3話 英雄を継ぐ者 Ⅱ

文字数 1,425文字

 魔女による襲撃が行われた後、帝都の治安や秩序は壊滅的に悪化した。だが、これを崩壊の一歩手前で食い止めたのが、ジークブレヒトの生前から宰相として辣腕をふるっていたランドルフ・フォン・オステラウアーだった。
 オステラウアーは戒厳令を布くと、魔女の尻馬に乗って暴れる強盗や強姦魔などを徹底的に取り締まり、二次被害を最小限にとどめた。
 オステラウアーの執務室に、宰相府の官吏が報告にくる。
「御指示のとおり対処いたしました結果、市民による暴動や混乱は治まり、帝都は平静を取り戻しております。これも、宰相閣下の迅速な判断があればこそです」
 お世辞を含んだ官吏の報告を、オステラウアーは背中で聞いていた。
 執務室の窓から市内を見渡す限り、都市は静謐(せいひつ)に包まれている。一部では建物や城壁が破壊されたままではあるが、それらの復旧を同時に行うのは不可能だった。
「ひとまずは応急処置が功を奏しただけだ。すぐにまた別の混乱や内紛が始まる」
 オステラウアーには、お世辞をいわれるほど自分の功を誇ったり、楽観的に安堵する気持ちはなかった。予言のような言葉を呟きながら、さらなる危惧を抱いた。
「……といわれますと?」
 言葉の意味を理解できない官吏が訊ねる。オステラウアーは振り返って答えた。
「皇帝陛下が崩御されたことを知れば、跡目を巡って諸侯が骨肉の争いを始める。その影響が広まれば、今までルーム帝国に面従腹背していた者たちが叛旗を翻す恐れもある。あるいは魔女たちは、初めからそれを狙っていたのかもしれない」
「なるほど……では、行方不明になられているレギスヴィンダ内親王殿下を一刻も早く保護し、女帝として即位していただかねばなりません」
「殿下が、存命であればな」
 不敬な想像であると自覚しながらも、オステラウアーには最悪の事態を想定しておかなければならない責任があった。帝室に連なる者がすべて亡くなっていた場合、何者をその後継に据えるかである。
 オステラウアーが思料(しりょう)しているところへ、別の官吏がやってくる。
「さきほどライヒェンバッハ家の使者から、フロドアルト公子が宰相閣下との会談を望まれているとの申し出がありました」
「ライヒェンバッハだと……」
 オステラウアーは、さっそくハイエナの一匹が死臭を嗅ぎつけてやってきたかと鼻白んだ。
「いかがなさいますか。フロドアルト公子は、明日の昼には帝都へ到着なされるご予定だそうです」
 七十年前の政争を利用して成り上がったライヒェンバッハ家に、オステラウアーは好意的な印象を持っていなかった。できれば適当な理由をつけて断りたかったが、帝室に次ぐ権門である彼らを粗略にあしらうわけにはいかなかった。
「ライヒェンバッハのフロドアルトといえば、レムベルト皇太子の末孫でもあったな……」
 心情的には、彼らとはかかわり合いたくなかった。しかし、現状を鑑みれば、これを利用しない手はなかった。
「フロドアルトならば、諸侯を牽制する役にも立つか……宜しい。使者に、時間を開けて待つと伝えるように」
「承知いたしました」
 官吏が辞去すると、オステラウアーはもう一度窓の外を覗いた。
 オステラウアーは帝国に忠誠を尽す宰相という地位と責任があったが、それもまた皇帝の臣下という身分が保障されていればこそだった。
 皇帝皇后は死去し、帝位を継ぐはずのレギスヴィンダも行方不明になっている。この状況下で自身の安泰を図るなら、ライヒェンバッハ家に恩を売っておいて損はなかった。
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