第37話 逢いに行く Ⅰ

文字数 2,696文字

 シュトロメックたちが姿を消してから数日が経った。リカルダは行方を捜し続けたが、手がかりは掴めなかった。
 できることなら夫妻の捜索に全力を注ぎたかったが、そればかりに係わっていられない。この間にも罪なき者が捕らえられ、救いを求める声を上げていた。


 風来の魔女集団がキャンプを張る森の奥へ、仲間に連れられ農夫が訪れる。
「あなたがリカルダさんですね。噂は聞いています。どうか、娘を助けてください。娘は魔女の嫌疑をかけられ、明日にも処刑されるかもしれません」
「わかりました。わたしに任せてください」
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
 本当は夫妻のことが心配で居ても立ってもいられないはずだったが、リカルダはそんな素振りも見せず、人々の願いに快く耳を貸した。そんなリーダーを仲間たちは案じた。
「いいのか、リカルダ。お前には、他にしなければいけないことがあるんじゃないのか?」
 横笛の魔女オーディルベルタが訊ねた。
「心配するな。二人は見つかる。それに助けてほしいという声を無視することはできない。わたしは一人でも多くの者を救いたいのだ」
 リカルダが無理をしていることは皆が知っていた。これまでも風来の魔女集団を率いる者として多大な重圧や責任に耐えてきたが、夫婦がさらわれてからは以前にもまして周囲に気を配り、気丈にふるまうようになっていた。
 仲間たちは、これ以上リカルダに負担をかけまいと、農夫の娘は自分たちだけで助けに行くと提案した。
「……わたし抜きで救出にいくだと? そんなに気を使ってくれるな。皆の気持ちはありがたいが、許可できない」
 リカルダは頑なに拒否する。仲間たちのことを思えばの判断ではあるが、拒否されればされるほど、そんなに自分たちが頼りないのかと不満やもどかしさを覚える者もいた。
「リカルダの方こそ、少しはわたしたちを信用したらどうだ? わたしたちは、いつまでもひよっ子じゃない。戦いや救出を何度も経験して、みんな成長してるんだ」
 そういわれては返す言葉がなかった。
「分かった……」
 リカルダは感謝し、農夫の娘の救出は仲間たちだけに任せようと考えた。
 そこへ、夫妻の行方が判明したと声を上げながら、エメリーネが駆け戻ってきた。
「二人の居場所がわかったよ! シュトロメックのやろう、ライヒェンバッハに逃げてやがったんだ。やっぱり二人を人質にして、リカルダをおびき出そうとしてたんだよ!」
 魔女たちは驚き、さらに詳しく話を聞いた。
「近くの村に、高札が掲げられてたんだ! 風来の魔女集団に係わった夫婦を捕えたから、アルンアウルトで公開裁判を行うって。異議のある者は訴え出ろって、ライヒェンバッハ家の紋章付きで書かれてたんだよ!」
「ライヒェンバッハの……」
「つまり二人を返してほしければ、実力で奪い返しにこいと言っているわけだな?」
 確認するように、オーディルベルタが訊ねた。
「たぶん、そうだと思う」
「で、シュトロメックはどうした?」
 さらに、別の魔女が訊ねた。
「わからないよ。でも、あいつが関係してるのは間違いないんだ。何が公爵だ! こんな汚い真似するなんて、ライヒェンバッハもシュトロメックと同じ卑怯者じゃないか!」
 エメリーネは大声で詰った。仲間たちも同じように続ける。
「そうだ! やつらはわたしたちを怖れている。だから、こんな汚い手に打って出たんだ!」
「シュトロメックの野郎も、ただではすまさんぞ! わたしたちを裏切ったらどうなるか、その身に思い知らせてやる!」
「ちょうどいい。ライヒェンバッハもろとも、薄汚い人間たちを始末してやろう!」
 魔女狩りの急先鋒である公爵家と脱獄囚たちへの怒りは結束となり、女たちの闘志を駆り立てる。
 誰もが夫妻の救出に向かうことで一致団結するかに思われた。
「ダメだ。これはライヒェンバッハとシュトロメックによる罠だ。うかつに挑発に乗れば、彼らの思うつぼだ」
 リカルダだけが反対した。
「じゃあ、二人を見殺しにするっていうの?」
 驚くように、エメリーネが訊ねる。他の仲間たちも、信じられない様子だった。
「そうではない。二人は助ける。ただし、アルンアウルトへ行くのはわたし一人だ」
「バカなことをいうな。いくらお前でも、一人でライヒェンバッハやシュトロメックに敵うはずがない。来るなといわれても、わたしたちはどこまでもお前についていくぞ!」
 オーディルベルタがいった。他の魔女たちも同意見である。
 リカルダにとって、その気持ちはとても有り難いものだった。だからこそ、余計に彼女たちをこれ以上危険に巻き込むわけにはいかないと思った。
 リカルダは、この戦いの先のことを考えていた。
「聞いてくれ。わたしは何も、無謀に飛びこもうとしているのではない。帝国も、わたしたちが集団で乗り込んでくると考えているはずだ。だったら、そこにこそ付け入る隙がある。一人の方が、自由に行動できることもあるだろう?」
「なるほど……」
「それに、皆で行っては、誰が農夫の娘を助けるんだ? 今しがた、わたし抜きで助けに行くといったばかりじゃないか」
「たしかにそうだが……」
「心配するな。巧く、やつらの目を欺いてやるさ」
 リカルダは簡単なことのようにいってみせた。
 仲間たちはリーダーを信用し、すべて委ねることにした。
「分かった。二人のことはお前に任せる。だが、一つだけ約束しろ。無理はするな。最悪の場合、二人は諦めて、お前だけでも戻って来い。これからも、わたしたちにはお前が必要だ」
「ああ、一人で死にはしないさ……」
 仲間たちが経験を積み、自信を深めていく一方で、リカルダはこのあたりが潮時ではないかと考えていた。
 助けを求める声は、今後も治まりそうにない。だが、これ以上戦い続けても、救える命よりも、失う命のほうが多くなるのではないか。そんな予感がしていた。
 リカルダは、もしもライヒェンバッハ公を討つことができたなら、それによって今後の仲間たちの犠牲を減らし、公爵に追従していた諸侯の魔女狩りも止めることができるのではないかと考えた。もちろん、相応の対価を支払う必要はあったが。
 リカルダの腹は決まっていた。自分の命で、この不毛な戦いに終止符が打てるのなら悔いはない。それでも、不安や思い残すことが何もなかったわけではない。
 行方不明となっているルートヴィナのことが、片時も心から離れることがなかった。
 運が良ければ、自分が斃れた後に仲間たちが見つけてくれるだろう。そして戦い疲れた人と魔女が、今度こそ講和をむすんでくれるのではないか。そんな期待を抱かずにはいられなかった。
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