第7話 空へ(フリーゲン)! Ⅱ

文字数 2,363文字

 朝食に誘われたレギスヴィンダたちはヴァルトハイデに案内され、ヘルヴィガの下へ向かった。
 昨夜訪ねた庵へ行くのだと思ったレギスヴィンダだったが、ヴァルトハイデは「こちらです」といって、森の途中で別の道を指し示した。
 着いたのは、緑の中の開けた空間だった。
 朝陽が差し込む草地の上に、テーブルが用意されている。ヘルヴィガとともに、数名の魔女が朝食の準備を行っていた。
「ヘルヴィガ様、客人を案内してまいりました」
 ヴァルトハイデがいうと、ヘルヴィガは準備の手を止め、レギスヴィンダの方を向いて微笑んだ。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「はい、ヘルヴィガ様。今朝は朝食に招いていただき、ありがとうございます」
「どうぞおかけになって下さい。もうすぐパンケーキが焼きあがります。食事にしましょう」
 ヘルヴィガがいうと、ブリュネが椅子を引いてレギスヴィンダを着席させる。
 ジャガイモをたっぷりと使ったパンケーキが運ばれてくると、溶けたバターの匂いが食欲を誘った。
「魔女の料理が口に合えばいいのですが」
 ヘルヴィガがいうと、料理を頬張りながらオトヘルムが答えた。
「とんでもありません。こんなにうまいパンケーキは帝都でも食ったことがありません」
 おどけた口調に一同がなごむ。
 レギスヴィンダは、ちらりとヘルヴィガを盗み見た。
 昨夜会ったとき、その顔つきには近寄りがたい険しさがあった。初対面ということで互いにけん制や探り合いもあったのだろう。それが今朝になり、打ち解けたというわけではないが、少し柔らかな印象に代わっていた。
 これが本来のヘルヴィガの姿なのか、それともレギスヴィンダたちに気を使ってくれているのかは判断できないが、魔女の料理は素朴ながらも味わいよく、客人のために心を込めて作られているのが感じられた。
「それより、内親王殿下はいつハルツを発つ予定ですか?」
 ヘルヴィガが訊ねた。
「できるだけ早く、午後には発とうかと考えています」
「そんなに早く? もっとゆっくりしていけばいいのに」
 ゲーパがいった。
「そういう訳にはまいりません。ハルツの方々が快く要請をお受けしていただいたことを、帝都で待つ母に一刻も早く報告しなければなりませんので」
「そっか、残念……」
 レギスヴィンダは、母がこの世を去っていることを知らないままだった。
「何をいっておるんじゃ。お前も一緒に行くんじゃよ」
 別れを惜しむゲーパに、曽祖母のヘーダがいった。
「え、あたしが!?」
「当たり前じゃ。ヴァルトハイデ一人を行かせるわけにはいくまい」
「でも、あたしがついてったって、何にも出来ないわよ……戦える訳じゃないし……」
「それでもお前は、箒に乗って空を飛ぶのだけは上手いから、何かと役に立つじゃろう」
「わたしもゲーパがついてきてくれると心強い」
「ほれ、ヴァルトハイデもああいっておる。お前には、わしが使っていた箒を貸してやるからの」
「いやよ、あんな古いの」
「何をいうか。あれは長いあいだわしが使い込んできただけあって、嵐の夜にも怯えたりせんぞ!」
 いいあう二人のやり取りをレギスヴィンダはほのぼのと見守る。
 ハルツへ着いて、レギスヴィンダの魔女を見る目はすっかり変わっていた。
 これまで魔女といえば人に害を()す存在であり、絶対悪として滅ぼさなくてはならない対象だった。事実、帝都を襲った七人の魔女は、その概念を実体化させたものであり、一層魔女への偏見や敵意を増長させるものだった。
「ハルツで学べば、わたくしも魔女の術を使えるようになるのでしょうか?」
 誰に問いかけるともなく、レギスヴィンダが呟いた。
「……姫様!」
 驚いたのはブルヒャルトだった。
 まるで自分も魔女になりたいといっているかのような発言だった。
 魔女に勝利した英雄の子孫であるルーム帝国の皇女が、戯れにも口にしていい言葉ではなかった。
「内親王殿下にその気があれば、もちろん可能です。その時は、ハルツは喜んで殿下をお迎えいたします」
 多少の社交辞令を込めて、ヘルヴィガが答えた。
 レギスヴィンダも、本気で魔女になりたいと思ったわけではない。だが、彼女の魔女に対する印象が確実に良い方向へ変化しているのは間違いなかった。
「ヘルヴィガ様の温かなお言葉に、心から感謝いたします。はたして、わたくしに魔女の才能があるかは分かりませんが、わたくしが帝位を継いだあかつきには、今よりももっとハルツと帝国の関係を発展させ、互いの理解が深まるよう、交流を盛んに推し進めていきたいと思います」
「素敵ね……」
 ゲーパが頷いた。
 レギスヴィンダの言葉に偽りはなく、その場に居合わせた魔女も騎士も、皆が同じ思いを共有した。


 食事の後、レギスヴィンダたちは山を下りるための準備を始めた。
 午後になり、すべてが整うと旅立ちの挨拶を行うためヘルヴィガの庵を訪ねた。
「大変お世話になりました。これから、わたくしたちは帝都へ戻ります」
「お気を付け下さい。殿下の敵となるのは恐るべき力と悪意を持った七人の魔女です。どうかわたくしたちの代表であるヴァルトハイデを信頼し、常に彼女をお傍にお置きください。そうすればレムベルト皇太子の時と同じように、必ずや殿下に勝利をもたらすでしょう」
「誓って、そうさせていただきます。本当に、有り難うございました」
 礼を言い、レギスヴィンダが庵を後にしようとした時だった。
 ヘルヴィガをはじめ、その場にいた魔女たちが同時に何かを感じて表情をこわばらせた。
「どうしたのですか?」
 レギスヴィンダが、隣に立つヴァルトハイデに訊ねる。
「巨大な力を持った何者かが近づいてくる……」
 魔女たちが緊張感や警戒心を募らせる。その異変が、姫や騎士たちも伝わる。
 ハルツの上空に、大鷲に乗った三人の魔女が飛来した。
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