第17話 最強の剣と楯 Ⅱ
文字数 3,061文字
金髪の魔女が乗り越えた城壁の反対側へまわり、ヴァルトハイデが追跡を開始する。とはいっても手がかりになる物は残されていない。
時間的に考えて、そう遠くへは行っていないはずである。あるいは裏をかいて近くに潜伏している可能性もあった。
ヴァルトハイデは精神を研ぎ澄まし、気配を探った。すると大きな魔力が近づいてくるのを感じた。
「待っててね、リッヒモーディス。ボクがいくまでハルツの魔女なんかにやられないでよ!」
すでにシェーニンガー宮殿に金髪の魔女はいなかったが、リントガルトは何かに引き寄せられるように路地裏を急いだ。
「こっちか!」
ヴァルトハイデは気配の方角をたどった。
落ち着いて考えれば逃げた相手が戻ってくるなどあり得なかったが、ヴァルトハイデもまた運命に導かれるように、自分へ近づいてくる大きな魔力の方へと駆けだした。
「許さないぞ、ハルツの魔女! もしリッヒモーディスに何かあったら、帝都の人間も皆殺しだ!!」
リントガルトの心に、仲間を思いやる気持ちによって敵意と殺意が満たされていく。
「どこへ行こうとも逃がしはしない。お前たちの真の目的、フレルクの正体、そしてリントガルトの行方を聞き出すまでは!」
ヴァルトハイデも一途に、与えられた使命を果たすため、引き返すことのできない暗闇を突き進んだ。
そして過去と現在によって分たれた二人の道が、まるで宿命によって結び付けられるかのように、夜の帳の中で交わった。
「……リントガルト!」
「また、お前か!」
立ちつくした姉と妹。二人とも、なぜ相手がそこにいるのか理解できなかった。それでも、呼び合う声の正体に出会えた気がした。
「リッヒモーディスはどうした!!」
「……逃げた。お前こそ、なぜ戻ってきた?」
「決まってるだろ、お前を殺すためだ!!」
「待て、リントガルト! わたしの話を聞け!」
「黙れ! 気易くボクの名前を呼ぶな!! ちょうどいいや、ここでお前を殺してやる。今度は、誰も邪魔する奴はいないよ!」
リントガルトは冷たく斧を光らせると、ヴァルトハイデに襲いかかった。
万全の状態なら、七人の魔女の中でも最大の魔力を持つリントガルトの方が優勢に闘えただろうが、オトヘルムに背中から刺された傷が斧の切れ味も威力も鈍らせていた。
ヴァルトハイデは苦もなく攻撃を躱す。リントガルトの動きに精彩がないことも、その理由も十二分に看破していた。
「やめろ、そんな状態でわたしに勝つことはできない!」
「うるさい! お前なんかボクの足下にも及ぶもんか!!」
リントガルトはむきになって斧を振るったが、その刃がヴァルトハイデに届くことはなかった。むしろ無理をするあまり、身体への負担が自分へのダメージとなって跳ね返る。塞ぎかけていた傷口が開いた。
「うっ……!」
眼帯の魔女は胸を押えてうずくまった。
「リントガルト!」
妹の身体を案じて姉が呼びかける。
「甘いね……今だったら、ボクを殺せたかもしれないのに…………」
心配するヴァルトハイデを見ながら、リントガルトは苦悶の表情を浮かべてせせら笑う。
「もうやめろ! お前も分かっているはずだ。なぜ、そこまで意地になる?」
「意地になんかなってない! ボクが闘うのは、お前が敵だからだ!!」
「リントガルトも覚えているだろう? わたしたちが育った、小麦畑の広がる小さな村を……」
「うるさい! ボクにお姉ちゃんなんかいない。ボクにいるのは六人の仲間だけだ……苦しい時も、辛い時も支え合ってきた、それがボクの家族だ! ぬくぬくとハルツで過ごしてきたお前に、ボクらの気持ちが分かるか!!」
「……分かりはしない。だが、フレルクに植え付けられたオッティリアの呪いと戦っていたのはお前だけではない。わたしとて、どれほどの罪をこの身に背負ったことか……それでも、わたしは一日たりともお前のことを忘れたことはなかった!」
「だったら、どうして迎えに来てくれなかったんだ!! あの日ファストラーデがボクの手を掴んでくれなかったら、ボクは今も暗い檻の中に閉じ込められていた……なのに、お前はそのファストラーデを!!」
リントガルトは瞳を見開いてヴァルトハイデを睨みつけた。左目を覆った銀の眼帯が黒く変色していく。
「ファストラーデがボクを救ってくれたんだ……だから、ファストラーデを傷つける奴はボクが殺す……今度はボクがファストラーデの最強の楯になるんだ!!」
リントガルトは銀の眼帯をはぎ取った。爆発的な魔力が周囲にあふれ出す。
その異変はすぐに、リントガルトを捜す二人の魔女にも伝わった。
「リッヒモーディス、いまの……」
「……ああ、間違いない……あのバカ、とうとう始めちまったようだね。ほんとに世話の焼ける娘だよ! でも、まだ間に合うはずだ。急ぐよ、スヴァンブルク!」
「うん……」
二人の魔女はあふれ出す魔力をたどり、姉妹で殺しあわんとする仲間を止めに向かった。
ヴァルトハイデはリントガルトの左目の奥に張り付いた陰を見て恐怖する。かつての自分を思い起こした。
「リントガルト、お前……」
「どう、凄いだろ? これがボクのホントの力さ。ファストラーデとも戦ったらしいけど、ボクとどっちが強いかな?」
相手が怯んだのを見ると、リントガルトは容赦なく襲いかかった。
ヴァルトハイデは右目に魔力を集中させ、ランメルスベルクの剣を抜いた。咄嗟に、あるいは反射的にとったその行動によって手斧の直撃は防ぐことはできたがリントガルトの圧力は凄まじく、押し返すまでには至らない。二人は剣と斧を交差させ、再び息がかかるほど顔を近づけると互いの瞳の奥を覗きあった。
「へーぇ……それがオッティリアの右目か。ホントだね、ボクの左目とそっくりだ。でも、ボクの力はまだまだこんなもんじゃないよ!」
「やめろ、リントガルト! それ以上、呪いの力を行使するな!!」
「うるさい!!」
リントガルトはヴァルトハイデを蹴り飛ばした。
後方へ弾き飛ばされ、背中から民家の壁に衝突する。想像していた以上の力だった。ヴァルトハイデは地面に尻もちをつき、すぐには立ち上がれなかった。
「だらしないね、同じ魔女の目を分け合ったはずなのに、その程度なの? アハッ、そっか、ボクが強すぎるんだ!」
リントガルトは嘲笑い、自分が最強の魔女だという自信を見せつけた。
「ヴァルトハイデ!」
レギスヴィンダの声が響いた。ガイヒら騎士団を引き連れている。皇女は蹲るハルツの魔女へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「殿下、なぜここへ。危険ですから下がってください……」
「いいえ、あなた一人を戦わせるわけにはいきません。ガイヒ!」
「ハッ!!」
ガイヒは兵士に弓を構えさせた。
「なんだよ、一人じゃ勝てないからって、人間に助けてもらうつもりなの? ますます情けないね! 魔女の風上にもおけないや!!」
リントガルトが難詰する。ガイヒは構わず、兵士に矢を射かけさせた。
「こんな物が、ボクに通用するか!」
リントガルトが菩提樹で作った楯を一振りすると、発せられた風圧ですべての矢が吹き飛ばされる。さらに魔力を込めた手斧を地面に叩きつけると、生じた地割れが兵士を襲った。
「なっ……」
一矢すら報いることもできず、騎士団は総崩れになる。ガイヒは力の差を思い知らされ、放心した。
「どうだい? 頼みの人間たちはあの様さ。今度はどうするの。そのお姫様に守ってもらうの? それとも自力でボクと戦ってみる?」
リントガルトは陰惨な笑みを浮かべながら、ヴァルトハイデに迫った。
時間的に考えて、そう遠くへは行っていないはずである。あるいは裏をかいて近くに潜伏している可能性もあった。
ヴァルトハイデは精神を研ぎ澄まし、気配を探った。すると大きな魔力が近づいてくるのを感じた。
「待っててね、リッヒモーディス。ボクがいくまでハルツの魔女なんかにやられないでよ!」
すでにシェーニンガー宮殿に金髪の魔女はいなかったが、リントガルトは何かに引き寄せられるように路地裏を急いだ。
「こっちか!」
ヴァルトハイデは気配の方角をたどった。
落ち着いて考えれば逃げた相手が戻ってくるなどあり得なかったが、ヴァルトハイデもまた運命に導かれるように、自分へ近づいてくる大きな魔力の方へと駆けだした。
「許さないぞ、ハルツの魔女! もしリッヒモーディスに何かあったら、帝都の人間も皆殺しだ!!」
リントガルトの心に、仲間を思いやる気持ちによって敵意と殺意が満たされていく。
「どこへ行こうとも逃がしはしない。お前たちの真の目的、フレルクの正体、そしてリントガルトの行方を聞き出すまでは!」
ヴァルトハイデも一途に、与えられた使命を果たすため、引き返すことのできない暗闇を突き進んだ。
そして過去と現在によって分たれた二人の道が、まるで宿命によって結び付けられるかのように、夜の帳の中で交わった。
「……リントガルト!」
「また、お前か!」
立ちつくした姉と妹。二人とも、なぜ相手がそこにいるのか理解できなかった。それでも、呼び合う声の正体に出会えた気がした。
「リッヒモーディスはどうした!!」
「……逃げた。お前こそ、なぜ戻ってきた?」
「決まってるだろ、お前を殺すためだ!!」
「待て、リントガルト! わたしの話を聞け!」
「黙れ! 気易くボクの名前を呼ぶな!! ちょうどいいや、ここでお前を殺してやる。今度は、誰も邪魔する奴はいないよ!」
リントガルトは冷たく斧を光らせると、ヴァルトハイデに襲いかかった。
万全の状態なら、七人の魔女の中でも最大の魔力を持つリントガルトの方が優勢に闘えただろうが、オトヘルムに背中から刺された傷が斧の切れ味も威力も鈍らせていた。
ヴァルトハイデは苦もなく攻撃を躱す。リントガルトの動きに精彩がないことも、その理由も十二分に看破していた。
「やめろ、そんな状態でわたしに勝つことはできない!」
「うるさい! お前なんかボクの足下にも及ぶもんか!!」
リントガルトはむきになって斧を振るったが、その刃がヴァルトハイデに届くことはなかった。むしろ無理をするあまり、身体への負担が自分へのダメージとなって跳ね返る。塞ぎかけていた傷口が開いた。
「うっ……!」
眼帯の魔女は胸を押えてうずくまった。
「リントガルト!」
妹の身体を案じて姉が呼びかける。
「甘いね……今だったら、ボクを殺せたかもしれないのに…………」
心配するヴァルトハイデを見ながら、リントガルトは苦悶の表情を浮かべてせせら笑う。
「もうやめろ! お前も分かっているはずだ。なぜ、そこまで意地になる?」
「意地になんかなってない! ボクが闘うのは、お前が敵だからだ!!」
「リントガルトも覚えているだろう? わたしたちが育った、小麦畑の広がる小さな村を……」
「うるさい! ボクにお姉ちゃんなんかいない。ボクにいるのは六人の仲間だけだ……苦しい時も、辛い時も支え合ってきた、それがボクの家族だ! ぬくぬくとハルツで過ごしてきたお前に、ボクらの気持ちが分かるか!!」
「……分かりはしない。だが、フレルクに植え付けられたオッティリアの呪いと戦っていたのはお前だけではない。わたしとて、どれほどの罪をこの身に背負ったことか……それでも、わたしは一日たりともお前のことを忘れたことはなかった!」
「だったら、どうして迎えに来てくれなかったんだ!! あの日ファストラーデがボクの手を掴んでくれなかったら、ボクは今も暗い檻の中に閉じ込められていた……なのに、お前はそのファストラーデを!!」
リントガルトは瞳を見開いてヴァルトハイデを睨みつけた。左目を覆った銀の眼帯が黒く変色していく。
「ファストラーデがボクを救ってくれたんだ……だから、ファストラーデを傷つける奴はボクが殺す……今度はボクがファストラーデの最強の楯になるんだ!!」
リントガルトは銀の眼帯をはぎ取った。爆発的な魔力が周囲にあふれ出す。
その異変はすぐに、リントガルトを捜す二人の魔女にも伝わった。
「リッヒモーディス、いまの……」
「……ああ、間違いない……あのバカ、とうとう始めちまったようだね。ほんとに世話の焼ける娘だよ! でも、まだ間に合うはずだ。急ぐよ、スヴァンブルク!」
「うん……」
二人の魔女はあふれ出す魔力をたどり、姉妹で殺しあわんとする仲間を止めに向かった。
ヴァルトハイデはリントガルトの左目の奥に張り付いた陰を見て恐怖する。かつての自分を思い起こした。
「リントガルト、お前……」
「どう、凄いだろ? これがボクのホントの力さ。ファストラーデとも戦ったらしいけど、ボクとどっちが強いかな?」
相手が怯んだのを見ると、リントガルトは容赦なく襲いかかった。
ヴァルトハイデは右目に魔力を集中させ、ランメルスベルクの剣を抜いた。咄嗟に、あるいは反射的にとったその行動によって手斧の直撃は防ぐことはできたがリントガルトの圧力は凄まじく、押し返すまでには至らない。二人は剣と斧を交差させ、再び息がかかるほど顔を近づけると互いの瞳の奥を覗きあった。
「へーぇ……それがオッティリアの右目か。ホントだね、ボクの左目とそっくりだ。でも、ボクの力はまだまだこんなもんじゃないよ!」
「やめろ、リントガルト! それ以上、呪いの力を行使するな!!」
「うるさい!!」
リントガルトはヴァルトハイデを蹴り飛ばした。
後方へ弾き飛ばされ、背中から民家の壁に衝突する。想像していた以上の力だった。ヴァルトハイデは地面に尻もちをつき、すぐには立ち上がれなかった。
「だらしないね、同じ魔女の目を分け合ったはずなのに、その程度なの? アハッ、そっか、ボクが強すぎるんだ!」
リントガルトは嘲笑い、自分が最強の魔女だという自信を見せつけた。
「ヴァルトハイデ!」
レギスヴィンダの声が響いた。ガイヒら騎士団を引き連れている。皇女は蹲るハルツの魔女へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「殿下、なぜここへ。危険ですから下がってください……」
「いいえ、あなた一人を戦わせるわけにはいきません。ガイヒ!」
「ハッ!!」
ガイヒは兵士に弓を構えさせた。
「なんだよ、一人じゃ勝てないからって、人間に助けてもらうつもりなの? ますます情けないね! 魔女の風上にもおけないや!!」
リントガルトが難詰する。ガイヒは構わず、兵士に矢を射かけさせた。
「こんな物が、ボクに通用するか!」
リントガルトが菩提樹で作った楯を一振りすると、発せられた風圧ですべての矢が吹き飛ばされる。さらに魔力を込めた手斧を地面に叩きつけると、生じた地割れが兵士を襲った。
「なっ……」
一矢すら報いることもできず、騎士団は総崩れになる。ガイヒは力の差を思い知らされ、放心した。
「どうだい? 頼みの人間たちはあの様さ。今度はどうするの。そのお姫様に守ってもらうの? それとも自力でボクと戦ってみる?」
リントガルトは陰惨な笑みを浮かべながら、ヴァルトハイデに迫った。